バイオイメージングの世界を無機に展開 — 超微細なアスベストの蛍光検出が可能になった!

我々は、アスベスト結合タンパク質を発見しました。アスベスト結合タンパク質を蛍光で修飾することにより、簡便な蛍光顕微鏡でアスベストの形態と物性の両方をとらえつつ、光学顕微鏡としてはこれまでにない感度でアスベスト繊維を検出する優れた方法となりました(バイオ蛍光法)。環境省主催の検討会等に積極的に参加して発表を行った結果、蛍光法は環境省アスベストモニタリングマニュアル第4.0版に掲載されました。

バイオでアスベストを光らせる!

アスベスト結合タンパク質の発見 ー超簡単なアイデアから始まったー


 アスベストは、ミクロのケイ酸塩繊維状鉱物で肺がんなどを引き起こすことが知られています。2006年全面禁止になりましたが、1970-90年代に膨大な量を輸入したため、アスベスト含有建材として、4000万トンも日本に残されています。2035年頃までは毎年100万トンもの含有建材が解体の現場で排出されると見込まれています。従って、解体現場でのアスベスト飛散をモニターしないと、またアスベストの問題を引き起こすと懸念されています。いわゆる解体現場でのアスベストリスクが指摘されています。

 アスベストをモニターするために、アスベストに対する抗体ができればいいですが、無機物ですので、抗体の取得は基本的に難しい。そこで、アスベストは肺の病気を引き起こすことから何らかのタンパク質との相互作用があってもいいと考えて、肺組織からアスベストに結合するタンパク質を探しました。方法は簡単で、細胞のタンパク質溶液にアスベストを入れて、一緒に沈殿するタンパク質を探し出せばいいだけです。幾つか見つかりまた。また意外にも大腸菌の中にも結合するタンパク質が幾つか見つかってきました。

アスベスト結合タンパク質と蛍光タンパク質の融合によりアスベストが光る!




 発見したアスベスト結合タンパク質と蛍光タンパク質を遺伝子操作で融合させました。バイオイメージングを適応することによって、本来蛍光を示さないアスベストを光らせることができました。これにより、非常に微細なアスベスト繊維を可視化することに成功しました(トップ写真)。

 もちろん、アスベスト結合タンパク質を抗体に見立てて、ELISA (Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay) を行うことも可能です。その場合には、建材にアスベストが入っている場合、紫色になるような検出方法も作っています。

Q&A アスベスト結合タンパク質とアスベストの結合はどうなっているんですか、とよく聞かれます。アスベストの中でもっとも使われているクリソタイルの表面は特殊な水酸基が規則正しく並んでいます。特殊なという意味は、水酸基が内部のマグネシウムに電子が引っ張られて、電気的に陽性となっています。その水酸基とタンパク質が電気的な結合、水素結合することによって、結合していると推定しています。

バイオテクノロジーでアスベスト検出を進化させる。 特異性の向上とキット化




 アスベスト結合タンパク質は、もちろんアスベストに結合しますが、その他いくつかアスベスト以外の鉱物とも結合することが分かりました。そこで、我々はアスベスト結合タンパク質のアスベスト結合領域を絞り込み、特異性を向上させることに成功しました。さらに特殊な蛍光タンパク質に複数ペプチドを提示させることによって、結合力が上昇した「人工ペプチド」を作り出すことに成功しています。また、ファージディスプレー法という方法で、人工的に特異性と結合性が向上する様に進化させることも行っています。2010年アスベスト検出キット(バイオ蛍光法)を世に出しましたLinkIcon

バイオ蛍光法は、2010年6月LinkIcon環境省アスベストモニタリングマニュアル第4版に紹介されました。

アスベスト検出キットの動画(30秒)です。左をダブルクイックすると始まります。
大気を捕集したフィルターに試薬を数滴たらすことで、蛍光タンパク質がアスベストに結合します。後は蛍光顕微鏡で見るだけです。現在、シリコンバイオ社LinkIconから発売されています。

Professional
バイオ蛍光法を巡るその後の情報

解体現場等における迅速な測定方法に係わる意見交換会(環境省主催)

蛍光顕微鏡法と位相差偏光顕微鏡法との相関



 環境省は、平成23年3月29日、解体現場等における迅速な測定方法に係わる意見交換会を行いました。現在アスベストのモニタリング手法として、位相差顕微鏡で測定し、大気中の総繊維濃度が1本/Lの場合、電子顕微鏡による判定を行うというのが公定法になっております。しかしながら、電子顕微鏡による判定は時間と手間がかかるため、迅速な検出を要求される解体現場では新たな手法の開発が必要であるとされています。

 現在までのアスベストとそれに起因する疫学データの相関は、位相差顕微鏡のデータを基礎に積み重ねられています。基本的に工事中止のための閾値に関しても位相差顕微鏡の感度での大気中のアスベスト濃度1本/Lが重要視されて行くものと思われます。

 位相差偏光顕微鏡法は、位相差顕微鏡で観察した繊維を、同一視野で偏光板を挿入し、光学的な性質である複屈折を利用して、判定するものです。有機繊維でも複屈折を示すものがあるなどのいくつかの注意点や、繊維を視野の中心において、偏光板を回転させるなどの操作が複雑で、技術の習得が必要であったりしますが、位相差顕微鏡の感度が基礎となっているため、最も現実的な方法として注目されています。

 一方、蛍光顕微鏡法は、アスベストの表面を認識して結合する蛍光タンパク質を利用し、蛍光顕微鏡で観察する方法です。蛍光で見えている繊維がほぼアスベストであるため、物理的性質を人が判定する必要がなく、繊維を数えるだけでいいという迅速性に最も優れた方法と言えます。しかし、「感度の面で位相差のデータと比べてどうなのか」、「基準が変わるのではないか」、といった危惧がありました。

 しかし、今回の意見交換会に提出されたブラインドテストのデータ(20検体の実検体、20検体の標準繊維の検体の同一フィルターをいくつかの別機関で計測)を比較した結果、蛍光顕微鏡法と位相差偏光顕微鏡法のデータには相関係数0.83(P<0.01)の高い相関があることが分かりました。すなわち、蛍光顕微鏡法が十分に位相差のデータと相関があり、現在のところ最も操作法が簡単で迅速な現場での浮遊アスベスト検出法になり得ることが示されました。

東日本大震災後のアスベスト飛散をモニター




 震災後のアスベストは1995年の阪神淡路大震災の時にも問題になりました。今回の東日本大震災後の瓦礫からアスベストが飛散することが懸念されます。我々は研究員を現地に派遣し、モニターすることを始めています。

アスベスト自動解析ソフトウエア開発


 バイオ蛍光法は、形態と物性の両方をとらえつつ、しかも簡便な蛍光顕微鏡で、光学顕微鏡としてはこれまでにない感度でアスベスト繊維を検出できる優れた方法です。しかし、現場でのアスベスト検出が可能になったものの、「検出」から「計測」に移行するには、新たな問題が生じています。すなわち、アスベストの定義は、長さ5ミクロン以上、アスペクト比3以上の繊維と定められています。

 また、実際の計測時には、アスベスト繊維に粒子が付着している場合や、枝分かれしているような場合があり、それぞれ計測上のルールに従って判定しなければなりません(ソフトウェア開発目標に記載)。50から100に及ぶ視野(画像)に対して人の目による判定と計測を行うため、計測者によって大きなバラツキを生じています。これがアスベストの計測には熟練を必要とする所以であり、現状では位相差顕微鏡での計測の信頼性を担保するために日本作業環境測定協会による計測者の認定が行われています。

 開発したアスベスト検出キットは解体業者による自らのチェックと、またそれを担保する自治体等による抜き打ち検査への利用を目標としており、利用する者の多くは熟練した計測者ではありません。従って、「解体現場でのアスベストリスク」を回避するためには、どうしても、熟練の計測者以外の誰でもルールに従った一定の信頼性のある値を得るアスベスト自動計測ソフトウェア開発が必要になりました。黒田研究室では、LinkIcon科学技術振興機構先端分析技術・機器開発プログラムに採択され、平成22年度よりアスベスト検出の自動化ソフトウエアの開発をLinkIconインテック先端技術研究所と共同で行っています。

最終局面 ー位相差蛍光顕微鏡法の開発ー 環境省環境研究総合推進費による成果





 通常新しい方法は、従来からの基準となる方法とどのような相関があるのか、どう連続性を担保するかというのが常に問題となります。位相差顕微鏡を用いたアスベスト検出法による数値が、長い間疫学的危険度の相関に使われてきたことから、今も基本的に位相差顕微鏡(+電子顕微鏡による判定)による数値が使われています。蛍光顕微鏡法は、位相差顕微鏡では検出できない微細なアスベスト繊維も検出できることから、蛍光顕微鏡法によって検出されるアスベストの総数は、位相差顕微鏡によって検出される総数よりも多くなるおそれが専門家から指摘されていました。蛍光顕微鏡法を広く一般化するために、如何に従来の位相差顕微鏡による計測、電子顕微鏡法による判定の基準を変えないようにアスベストを計測するかという技術的課題を乗り越える必要がありました。

 位相差顕微鏡に蛍光ユニットを追加して、同一視野を位相差モード(透過型)と蛍光モード(落射型)で切り替えながら観察することが可能です(図中A→B)。このモードの切り替えは光源と光路の切り替えだけなので、レバー1つで簡単に切り替わります。位相差モードで繊維が確認できれば、蛍光モードに切り替えて、その繊維がアスベストかどうかを判定します。この方法では、まず位相差顕微鏡で計測するので、位相差顕微鏡による総繊維数の数値を超えることはありません。しかし、位相差顕微鏡で観察する際にアセトンでフィルターの透明化処理を行った際、蛍光が見えなくなるという問題がありました。そこで、バイオプローブの蛍光の種類と強度を工夫し、透明化処理の際に消えないようにしました。その結果、位相差モードで確認した繊維を、蛍光モードに切り替えることによって、アスベストか、非アスベストかを判定する位相差・蛍光顕微鏡法が確立できました(図中①③⑤は蛍光があるので、アスベストと判定。その他は非アスベスト)。

 位相差顕微鏡で確認できた繊維のうち、蛍光を持つ繊維をアスベストとして計測できるので、従来の電子顕微鏡法による判定に比べると格段に迅速化できています。判定が電子顕微鏡によるX線分析(原子組成による)か、タンパク質による結合選択性を利用する(表面の原子組成や分子状態による)かの違いだけなので、迅速法としては十分であると考えられます。また、位相差顕微鏡の過去のデータとの連続性が担保され、基準が変わるのではないかといった危惧が払拭できました。さらに電子顕微鏡では、位相差顕微鏡で見た繊維と同一の繊維を観察する(探す)ことは非常に困難ですが、位相差・蛍光顕微鏡法では、同一の繊維を確認できることから格段の進歩と言えるでしょう。

 現在、蛍光のある繊維が本当にアスベストであるかを、光/電子相関顕微鏡を使って検討しています。この光/電子相関顕微鏡は蛍光のある繊維の位置を記録しておいて、電子顕微鏡に持っていって同じ繊維をX線分析する装置です。すなわち、蛍光で見えているそのものの分析ができるため、何%の確立でアスベストをとらえているかを見ることが出来ます。その結果、約90%の蛍光繊維がアスベストであることが分かってきています。現在のところ、残りの10%がなぜ光るのかを確かめていますが、現状でも迅速法として十分な確度で判定できていると考えています。

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関連論文
A. Kuroda, T. Nishimura, T. Ishida, R. Hirota, K. Nomura
Detection of chrysotile asbestos by using a chrysotile-binding protein
Biotechnol. Bioeng. 99, 285-289 (2008) doi:10.1002/bit.21588

T. Ishida, M. Alexandrov, T. Nishimura, K. Minakawa, R. Hirota, K. Sekiguchi, N. Kohyama, A. Kuroda
Selective detection of airborne asbestos fibers using protein-based fluorescent probes
Environ. Sci. Technol. 44, 755-759 (2010) doi:10.1021/es902395h

T. Ishida, M. Alexandrov, T. Nishimura, K. Minakawa, R. Hirota, K. Sekiguchi, N. Kohyama, A. Kuroda
Evaluation of sensitivity of fluorescence-based asbestos detection by correlative microscopy.
J. Fluoresc., In press.

黒田 章夫
タンパク質を利用した簡易アスベスト検出技術を開発
セラミックス 12, 1057 (2006)

黒田 章夫、西村 智基、Maxym Alexandrov、石田 丈典、関口 潔、河崎 哲夫、青木 功介
バイオによるアスベスト簡易検出技術
産業と環境 11, 29-32 (2008)

黒田章夫、石田丈典
ナノ分子デザインによるアスベストバイオプローブの作成
ナノ融合による先進バイオデバイス(シーエムシー出版)249-257 (2011)

黒田章夫、石田丈典
蛍光顕微鏡を用いた大気中アスベスト検出
光学 41巻1号(2012)

アスベストモニタリングマニュアル第4版(環境省)、p.64-72
など


分析展2010