「ココ読んDe」(案)「第九」のバリトン・ソロのこと


譜例



 今回は、「ココ読んDe」ならぬ「ココ聞いて」です。上記の譜例は、皆さんご承知のベートーヴェンの第九の第4楽章から、上段がチェロ&コントラバスのパート(8〜16小節)と、下段がバリトン・ソロのパート(214〜221小節)です。上段のチェロ&コントラバスのパートの16小節と下段のバリトン・ソロのパート221小節をよぉ〜く見比べて下さい。

 このレシタティーヴォ的な部分は、チェロ&コントラバスのパートが少し長めにあれこれ経過音が付いているのを別として、基本的に同じフレーズなのです。ただし、最後の部分(上段16小節と下段221小節)が明らかに違う。チェロ&コントラバスは、「G→F」なのに、バリトン・ソロは、「F→F」です。

以前から、いろいろな指揮者(と言っても、最近のはやりのピリオド奏法やオリジナル楽器による演奏は知りません)の第九を聴いて、不思議に思ったのは、バリトン・ソロのパート221小節を譜面に書いてある通りに、「F→F」と歌っている場合と、譜面とは違って、「G→F」と歌っている(つまり、チェロ&コントラバスのパートの16小節と同じに歌う)場合があることでした。

実は、この件については、もう何年も前に、指揮者のエーリッヒ・ラインスドルフが書いた文章(この文献は自宅で引っ越しの荷物の中にまだ埋もれていて詳細な書誌をお知らせできないのが残念)を読んで、自分の中では解決済みの問題なのですが、とあるところで、第九が話題になったとき、知り合いの某氏があまりにも、頑固に、自分が指揮者なら、バリトン・ソロのパート221小節を譜面に書いてある通りに、「F→F」と歌わせる、と主張するので、そのあまりの頑固さに、少々頭に来て(もう年をとったのかもしれない)、筆を執った、否、キーボードを叩いている次第。

私の素人考えは、以下の通りです。

バリトン・ソロのパート221小節は、譜面に書いてある通りに、「F→F」と歌わずに、譜面とは違って、「G→F」と歌うのがよい。

その理由は2つ。
ラインスドルフは、前述の文献の中で、たしかモーツァルトの某オペラのある箇所を引いて、そこでは、声楽とオケが同じ旋律を演奏するのだが、オケの譜面には、appogiaturaが記載されているのに、声楽のほうには、同音が並んでいるだけなので、もし、このまま演奏すれば、オケの前打音と、声楽の始めの音が、全音(1度)で重なり、不協和音になるから、明らかに、声楽のほうが、2つ並んで記載されている同音のうち、始めの音を前打音として、全音(1度)上げて歌うことが当然のこととして要求されている、と述べていたように記憶する。

ところで、テクスト(譜面)を著者(作曲者)の意図した通りに精確に読む、ということは、常に、書かれている通りに受け取ればよいとは限らないということは、テクストが書かれた時代が、現代から時間的に隔たっていればいるほど、その解釈には慎重でなければならないと思われます。

最後に、これを書くために、自宅で発掘してもってきた「第九」のスコアの扉にある書き込みから、これまでに自分が聴いた(持っているLPやCD、カセット・テープ)「第九」の内、問題の箇所をどう歌っているかを、指揮者/オケ/バリトン歌手(他は省略)の順に、一部を載せておきます。(その後,確認できたものも追加)

バリトン・ソロのパート221小節の「F→F」を「G→F」と歌っているもの。
バリトン・ソロのパート221小節の「F→F」をそのまま「F→F」と歌っているもの。こちらのほうが多いようです。残念ながら,わかっていない指揮者や歌手が多いようです.


(Email address: akyah59@hiroshima-u.ac.jp)
赤井清晃の研究室へ