長津功三良自選詩集

(一部旧仮名で発表したものがありますので修正してあります)


白い壁の中で

 

白い壁の中で、俺は一匹の小蛇を飼っている。そやつが俺の方をそっと窺う時、俺は動けなくなる、書けなくなる。考えなくなる。そうなんだ、かって少女(おまえ)の眼にも、時折そのような毒の匂いがした。

 

かすか、夜の匂い。それは小蛇の白い腹に似ている。俺は、街を歩き乍ら、少女(おまえ)の唇の、冷たい触感を想った。

 

白い壁の中で、一匹の小蛇と俺は生きている。蛇は俺を喰らい、俺はそやつを喰らう。その時、俺達は生きている事を信じる。

 

地上の何処かで不幸があると、俺は、ポケットにそやつを入れて海へ出る。黯い潮の荒れるさまを見るために。

 

──そして俺は昏い、とても昏い、夜を呑み込む。

    (第一詩集『白い壁の中で』より)


広島にて

 

 橋上に立てば、対岸のドームが見える。

 赤い落陽を受け、聳り立つ不吉な鉄骨と、散り敷いた煉瓦の影、さびれた貸しボート屋の桟橋と安バラックのペンキを嗅ぐ。

 その時、俺やおまえ達の、予約された死の意味を聴いた。河底の砂と、砂に埋もれる白骨の群れに。

 

 俺の生まれた家の記憶、隣家の可愛い少女の記憶。それらはすでに辿るべき形態(すがた)の破片(かけら)すらすらも無く、ただ足下に満潮の川があるばかり。

 

 間近い夜の中へ傾斜してゆくドームの、虚しい記憶の重みが、俺の心を冷たく、呑み込む。

 

 ああ橋上を風が吹く。

 はげしく地軸の揺れる日の予告(しらせ)であるのか、対岸のドームは、俺の視界で、次第に妖しい燐光を放ちはじめていた。

    (第一詩集『白い壁の中で』より)


喪服の女

 

夜になると

朽ち果てた肋骨の階段を

黒い

喪服の女が

下りてくる

  (おまえの冷たい素足が触れると

   風化した白骨の階段は ぐらり揺れ乍ら

   青い燐光を放つのだ)

 

秘めやかなその跫音

喪服の女の

淫らなこころを知っているのは

肋骨の間にぶらさがった

鉛色の

心臓だけであるか

ああ なんと蒼い決意を孕んだ

おまえの顔であるか

  (岬を風が渡ると

   海峡は夜の中へにぶく傾斜していく)

 

クリストが

おまえの神であるならば

おまえがかって

男たちの神であったならば

もはや

俺に 神は不在だ

 

黒い銃弾と

風化した冷房装置の中の頭蓋のしろさと

塗りつぶされた風景と

火薬と

  (その時

   俺は

   川底に耀る砂をかっさらい やせた掌に 透かし

   すでに昏い夜を呑み込む)

 

自らの冷たい骨のふれれ合う音に

耳傾け

喪服の女は

悲しい地球の襞目の内側で

何時しか

透明な石になり

 

俺は

明日

汚辱にあふれた落陽(にし)の巷に

童貞を捨てに行こう

 


七月

 

たとえば、狂った太陽が、自らの暑さゆえに、季節の裏側へ逃れようとしても、硬い、耀りを孕んだ、空に、衝突するのだった。

辷っている地球は、太古の甦る記憶の中で、睡りたがった。

苦悩の内側で、真っ黒な烏が羽を濡らし、俺の肋骨を一つ一つ、ついばんでいた。

 

その時、俺は、淫らなおまえの、全てを欲しいと思った。

 


晩夏

 

 熟れた夕日の中で、少女の乳首は固い。

 茫漠の地平に、耀るのは、二つのランプであるか。青の時計は、現在俺の乾いた肋骨の距離を計っている。遠去かりゆく風景。銜えた煙草の白さの中で、俺はふと、荒れさわぐ海峡の、海鳴りを、聴いた。

 


広島にて

 

風に飛ぶ砂と、砂の影と、

赤茶けた雑草の繁みと。

私は夏の午後、その川原で、

白骨の、群れ、唱うさまを聴いた。

 

煙草と、焼ける砂の匂いと、

青い惑眩(めまい)の中で、

私は、静かな、死者達の踊りを聴いた。

 

白く風化した頭蓋の半ば、

砂に埋もれ、

彼と、彼女と。

いかなる地異のかたみか、

青く静かな、死者の時刻(とき)を、私に、

つげるのであった。

    (第一詩集『白い壁の中で』より)


夜の海峡

 

海が見える。昏い海が。

 

   燃エロ女ヨ。間近イ夜ノ匂イノ中デ。ソノ、白イ裸身ヲ孕ム青イ炎ノ、カスカナユラメキニ、俺ハ暗イ痛ミノ走ルノヲ覚エタ。

 

潮鳴りの海峡は昏く、

遠い対岸の航空灯台の光軌が見える。

 

   生ト死ト。俺ト女ト。ソノワズカナ隔タリスラ、今ハ無イ。虚シイ情事ノサナカ、俺ト女ハ、愛ノ没落ヲ知ッタ。

 

風が吹く。風が吹く。

潮鳴りの海峡を、風が吹く。

 

   思ウママ語レトイウ。アリフレタ神話ニ似テ、俺ト女モ、純情ナ発端ト、荒涼タル結末ノ物語シカ出来ナカッタ。

 

星のない夜。帰りくる漁船の灯のみが赤い。

倒れゆく夜の、響き。

 

   俺ガ女ヲ愛シタノモ女ガ俺ヲ恋シタノモ、他人ノ真似事ガシテミタカッタノカモ知レナイ。又俺ニトッテ女ハアマリニモ美デアリ過ギタカラカ。女ニトッテモ俺ハ嘘ツキデアリスギタノカモ知レナイ。

   ソシテイマ、女ガ俺デアリ、俺ガ女デアルコトガ、互イニ苦シクナリ始メテイル。

 

海峡の夜は重い。

 

   別レルトハ、何処カデ女ガ生キルコトデアリ、ソシテ又、俺ガ何処カデ生キテイルコトデアル。

 

俺は、

吹きまくる風の中で、

季節はずれの夜鳥の叫びを聴いた。

    (第一詩集『白い壁の中で』より)


わが基町

 

横浜の元町

神戸の元町

文明開化の光茫と異国情緒の港の匂い

わたしのモトマチは

広島市基町五五

廃墟の瓦礫に 悲しみの影を刻む旅程への 門であった

 

   ソレハ四畳半ト六畳ニ小サナ土間の玄関がツイタ簡易(ばらっく)建物デシタ 垂木ト隙間ダラケノ薄イ小板ヲ重ネ張リ天井ハアリマセン 旧陸軍ノ輜重隊跡ニ急造サレタ被災者用公共住宅群デシタ 爆心地カラ五六百メートル 戦後父トワタシハ有力者ノ手ヅルデ疎開先カラ戻ッテキマシタ ソノ頃 七十年間ハ草木も生エナイトノ噂デシタ

 

透明な空の蒼さと 空腹の記憶

戦争とは わたしにとって

父親の不在と

疎開先で見上げる白い飛行機雲の軌跡

だが……

 

   住ミツイタ人達ハソレゾレ家ノ回リヲ占拠シテ畑ヲツクリマシタ

   早イ者勝チデス

   ワタシ達ハかぼちゃヲ植エマシタ 土ヲ堀リ起コスト 馬ノ骨ガ沢山出テキマシタ

   水道管ハ二十戸デ一本ヲ共同シヨウシテイマシタ

   夏 汲ミオイタばけつノ水ハ金錆ガデテ生ヌルクナッテイマシタ

   雨漏リヲ防グとたん屋根ハ照り返シガ強ク 疲レテ午睡ナドスルト背形ガソノママ汗ニナッテ畳ニ侵ミ込ムノデシタ

   広島ハ大田川ノ河口ニ堆積シタ三角州(デルタ)街デス

   少シ歩クト川ニブッツカリマス

   暑イ日ハヨク泳ギニ行キマシタ

   干潮ニナルト対岸ノ流レガ急ニナリ 時折川底カラ 白骨ガ洗イ出サレルノデシタ

   毎日 家ノ商売ノ新聞配達ヲ手伝ッテイマシタ 新聞ハタブロイド版デ 配達サン達ハ裸足カごむ草履デシタ

   アル日 父が駅前ノ闇市デ中古ノ編上靴ヲ買ッテクレマシタ 履イテミルト右ガ十文半デ左ガ十文三分デシタ ソレデモ裸足ヨリハマシデシタ

   相生橋ノ欄干ハ永イ間コンクリートの塊ガ鉄骨ノ先ニブラサガッテタレテイマシタガ モウ市電は走ッテイマシタ

 

一瞬の火球

暗黒世界(ブラックホール)か 多元宇宙への強制転移(テレポート)

八月六日午前八時十五分

熱線と爆風 ひとらは 悲惨な死へ飛んだ

でも彼等は 彼女等は 白い形骸(かたみ)を残した

 

   転入シタ新制中学校ハ 産業奨励館(げんばくドーム)ノ対岸ニアル本川小学校ノL字形校舎ノ一角ヲ間借リシテイマシタ窓がらすハ吹飛ンダママ

   こんくりーとノ床ハ剥キダシデシタ

   冬 生徒ガオ金ヲ出シ合ッテ教室ノ間仕切りト板囲ヲシマシタ ドノ部屋モ煙デ一杯ニナリマシタ

   雨ノ日ニハ一部デ傘ヲササナケレバナリマセンデシタ

   ソレデモ 洗イザラシノしゃつヲ着テ 少女達ハ

   素晴ラシク 美シク 輝イテイマシタ

 

軍都の消滅

たかだか一箇の爆弾

それが

幾千万の生命の重量に比し得るのか

生き残ったものの沈黙の重量に比し得るのか

 

   新聞配達ノ途中

   八丁堀デ立小便ヲシマシタ

   白イモノニシブキガ飛ビ散ルノデ

   ヨクミルト人ノ頭蓋骨デシタ

   キレイニ形骸ヲ保ッテ縫合部マデ鮮明デシタ

   タダ 他ノ部分ハ見当タリマセンデシタ

   男ノカ 女ノカ

   公共物ノ陰デ 未ダ取片付ケニ手ガ回ラナイ処ノヨウデシタ

   翌日モ ソノママ ソコニアリマシタ

   人達ハ食ベルコト自分ガ生キテユクコトニ精一杯デシタ トテモ放射能(プルトニュウム)ノ半減期ノコトナド考エルユトリハアリマセン

   ソシテ

   何時カ

   ワタシモ 忘レマシタ

 

この街では

夕凪があり

紫色の黄昏がくると

影達は 陰に重なり

静かな

死者達の踊りを

おどりはじめるのだ

     (第二詩集『影まつり』より)


広島にて

 

橋のたもとを河原へ降りると

橋上をゆく子等の顔が見える

おかっぱや 丸坊主の

ちっちゃな

首から上だけが

飛んだり跳ねたり

 

   ──手をつなぎ

     手をつなぎ

     赤い唇

     赤い唇

 

   ──手をつなぎ

     手をつなぎ

     白い歯並び

     白い歯並び

 

   ──手をつなぎ

     無心の子等がゆく

     チョコレートやミルクでお腹が一杯の子等がゆく

 

その時

俺は

澄明な秋のさなか しろい石の群れ唄うのを聴いた

いかな遠き日の 夢のかたみか

赤茶けた雑草の そこいら辺り

俺が おまえ達の年齢であった時

この街を 黒く熱い死の花が覆ったため

ゆめはたされぬまま化石した ひとらのいのちのかけらが

河原いっぱいに散らばり

重たい声をそろえて

唄うのを 聴いた

 

すでに契約された俺やおまえ達の

死の冷たさの匂いの中で

この河原からはるかA.B.C.C.の白い建物が見える

 

──だが

  手をつなぎ

  無心の子等はゆく

  橋を渡って

  おまえ達だけの 新しい世界の内側へ

  澄明な秋の中へ

 

 (A.B.C.C.は戦後米国に依って広島市の比治山中腹に建てられた放射能の研究所である。そこでは当時診断はしてくれるが決して治療はしてくれなかった。日本人の医師や看護婦が、そこで多勢働いていたけれど……。捜せば多分私の写真も、米国の本部の何処かの資料室あるかもしれない。しなびた陰茎を生えはじめた恥毛の中にちじこまらせたまま気弱な微笑を浮かべている正面や側面などの写真が……。当時年何回か、朝ジープで基町のバラックに迎えに来た。原爆の被害、放射能の影響の追跡調査の統計資料のひとつとして。A.B.C.C.に入ると裸にされ、三角巾(きんつり)と白衣だけ支給されて精密検査を受けるのだった。すでに色気づいていた私は、その頃好きであった少女もここで裸にされるのであろうか、と思った。学校は出席扱いである。当時まだ二台しかないという言う大型レントゲン設備もあった。

 私は、銀行の入社試験で胸に陰があるのではないかと言われ、ここのレントゲン写真を提出して、受かった……。)


影たちの証言

 

繁華街の入口に近いあたり

紙屋町交差点から宇品に向かって一つ目

市電本通り停車所斜め前に

S銀行広島支店の古びた建物が在った

爆心地から二百六十メートル

 

御影石の三段になった入口の前

石段の上端に 薄黒く 人影が刻印されていた

いま 幾つもの暑い夏が過ぎて

雨と風に打たれ 消えはじめている

 

  ソレハ決シテ俺デハナイガ

  ヤハリ 俺デアル影

  黄昏ニ風ガ止マリ

  蒸シ暑イ夕凪ノ刻ガハジマルト

  俺ハ ソノ影ノ中カラ立チアガリ

  フラフラト 儚イカゲロウトナッテ

  街ヘ 女ヲ

  捜シニ 行カネバナラナイノダ

 

銀行の開くのを待っていたのであろうか

それとも 軍需工場へ出勤の途中 ひと休みに腰をおろしていたのであろうか

それまで一度も空襲のない街の

ある晴れた日

突然 異次元空間から 原爆投下機がやってきて

爆弾を投下するのを

ぼんやりと眺めていたのであろうか

配給の紙巻煙草を喫いながら

白い落下傘の開く瞬間を見たのであろう

そして それに続く 赫い閃光を……

 

  遠クハルカナ 生ト死ノ 埋メキレナイ距離ト断絶

  不条理ナ実在 夢ノ中ノ不在

  俺ハ モウ決シテ女ニメグリアウコトハナイノニ

  ソレデモ

  暗イ夜ヘ向カッテ傾斜シハジメタ街ノ

  ホノ灯リヲ求メテ 吸イ寄セラレテユク

 

子供の頃の かすかな記憶であるが

その場所には柵囲いがしてあり

説明を書いた板札が立っていた

永い間酸性雨に晒され いまは影も判別出来ない

慥かな時間の堆積していくなか

半世紀前の単なる歴史として

繁栄の向こう側へ 押しやられてしまったのか

 

  夜毎 白骨タチノ唄ウサマヲ聴キナガラ

  俺ハ カゲロウトナッテ

  影カラ立チ上ガル

  ダガシカシ 次第ニ石ノ重サニ

  耐エラレナクナッテクル

 

多分即死状態であっただろう

赫い閃光を受け 強烈な爆風を浴びて

何処へ消えてしまったのか

一九四五年八月六日

この街にも 多くの人生が在ったはず

それら ささやかな夢の破片は 何処へ飛散したのか

 

  多元宇宙ノ並行異次元世界ガアッテ

  ソコデ

  俺ト女ガ暮ラシテイルトシテ

  彼等ニハ 幸セデアッテ欲シイ

  コチラノ時間ノ俺タチニハ モウ決シテソレガ無イ

 

もはや終戦は規定の事実であったのに

広島と長崎を 実験室とした人間が居たのだ

錯乱した神にも許容されない なんと傲慢な指令

時間は 停まりもせず流れてゆき

石影にに在る 薄れはじめた一つの刻印

 

  ソレデモ俺ハ 黄昏ト夜ノ境目ガ来ルト

  ウスバカゲロウニナッテ

  傾斜シテユクネオンサインノ光ノ中ヘ

  ヒラヒラト サマヨイ歩ク

  陰ニ 影ガ重ナルトキ

  俺ハ ドウシテモ

  イルハズモナイ女ヲ 捜シダサネバナラナイ

 

政令都市に在る 大通りに面した

旧S銀行の前は 車の往来も激しい

忘却の時間の沈黙を抱いて

いま

影は

ひとり石の中へ 降りてゆくのだ

 

   ──S銀行広島支店は既に建て直され、人影を刻印した御影石の部分は現在「広島平和資料館」に収納されている──

  (第三詩集『影たちの証言』より)


三年六組

 

おんなはね 男のひとと 被爆の意味が少し違うんょ

うちらァね 結婚の年頃になるでしょォ

いいお話があって お見合いなんかするでしょォ

すると 当時は必ず興信所が近所をきいてまわるんョ

男の人にも影響はあったろうに 生むのは女じゃけぇね

話が壊れるんよ うちらの時代にゃァ

恋愛結婚でなきゃァだめで 恋愛なら一緒になるならんは 自由じゃけぇねぇ

と まこちゃんはいう

 

  わたしの転入した新制中学校は旧産業奨励館の対岸

本川と元安橋の分岐点相生橋の袂

本川小学校のL字形校舎の一角に間借りしていた

窓ガラスは吹っ飛んだまま雨の日は雨漏り

教科書は 何ヶ所も墨で消してあり

ひとクラス何冊もない

 

まこちゃんは 何年も前 旦那さんを癌で亡くしてしもぉて 子供は生まれんかった

いま パッチワークの先生をしちょるそうな

でも とても若こうて 逞しくいきちょる

 

  三年になって今度は江波にある元県商跡の校舎に移転

  みんな机や椅子を担いで歩いたそうな

  わたしは トラックのうえだった記憶しかない

  今度は校舎が大きく少ない生徒では全部は使いこなせなかった

 

あんときゃ 国民学校の五年でしょ

わけもわからんとやけだされて

御幸橋の袂で ふた晩過ごしたんよ

焼け爛れた人らぁが 目の前を殆ど裸で ぞろぞろ 宇品の

方へ 歩いていくんを 見ちょった

あおうと何人が いま 生きちょいでるんかね

うちらァ 原爆のことなんか とても書けりゃァせんよ

どうにか 忘れようとして 生きてきたんに

思いだしとうないけんね

 

  あれから五十年 担任の先生から声がかかって

  Hテレビ近くのおでんやで一杯飲んだ

  一緒の六人 直接被爆の被害を受けていないのは

  わたしだけ

  直後の街に入ったとしても

  なんとなく 屈折した負い目がある

 

いくつもの手で 積み重ねてきた 怨念の小さな黒い化石群

ときおり 薄青い影のゆらめきが たちのぼる

あえて 目つむり

忘却の時間に 流した灯籠の 赤と青と黄

呟きもせず 涙もせず

おのがこころの内側で ひっそり生きている もの

 

その夜の わたしは ひろしまの曇ったそらに

うす黒い化石の

溶けかけた おぼろげな影たちの

しずかな おどりを

みた

   (第四詩集『頭蓋の中の廃墟』より)


 

金色の粗いうぶ毛の生えた 腕が 伸びる

汗が 滴り落ちる

爆弾倉を開く投下ボタンに 指が かかる

  「合衆国陸軍戦略空軍総司令官カール・スパッツ将軍宛

   1 第二〇空軍第五〇九爆撃隊は、一九四五年八月三日頃以降、天候が

     目視爆撃を許す限り、なるべく速やかに、最初の特殊爆弾を次の目

     標の一つに投下せよ。

     (目標)広島・小倉・新潟および長崎。

      中略

   2 特殊爆弾計画者による諸準備完了次第、第二発目を前記目標に投下

     するものとす。前記以外の目標を選定する場合は別に指令す。

      以下略。

参謀総長代理トーマス・ハンディ発」

 

一九四五年八月六日午前八時十五分十七秒

エノラ・ゲイや観測機などの三機編隊の爆音の中

目標上空

投下 の 指令

指のうぶ毛も 汗で金色に光る

ボタン

一瞬の 力の伝達

 

   トルーマン大統領はポツダムの帰途、巡洋艦オーガスタで至急報を受け

   る「八月五日午後七時十五分(ワシントン時間)広島に大型爆弾が投下

   された。最初の報告では、先のテストの場合よりも、さらに顕著な、完

璧な成果をあげたことを伝えている」。

 

この日 広島の空は

裂け

燃えた

時間は 停まり

宙空へ 翔んだ

 

  第二報

  「広島を目視爆撃す。雲量十分の一。戦闘機の迎撃ないしは対空砲火の抵

  抗なし。結果はあらゆる観点から見て完全に成功す。肉眼観測では、その

  成果はどの実験より大にして、投下後の機内の状況は正常なり」

 

爆弾は その日40万人ぐらいいたはずの 市街の中心部で 爆発

摂氏数百万度 圧力数十万気圧

火球は急速に膨張 一秒後半径二三〇メートル

三秒後まで特に強烈な熱線を放射 約十秒輝く

そして壁のような圧力の衝撃波 と 猛烈な強風

(爆心地の風圧 一平方メートル当たり三五トン)

 

  午後二時五八分(現地時間)エノラ・ゲイ号はテニアン島北飛行場帰投

  十二名の乗組員は数百人の将兵により祝福を受け

  戦略空軍総司令官スパッツ少将により

  機長チベッツ大佐は栄誉十字章、ほかのものは銀星章を受章

 

わたしが長い勤め人生を終え 広島へ戻ったとき

暫く三滝本町に住んだ

前を 三滝の観音様への参道が通り

すこし辿ると 原爆での

無縁仏の 墓が ある

花を 供えるものもなく

ただ 雨 風に 曝されて いるだけであった

 

  <参考文献「被爆50周年図説戦後広島市」広島市。「原爆投下前夜」戦史研究会。「日本の一番長い日」戦史研究会。「平和学習のしおり」平岡才二郎。「国破れて」村上兵衛。などなど>


八月・ひろしまにて

 

ひろしまでは

八月が 白い刃物を振りかざし

深い蒼空を切り裂きながらやってくる

怨念の かぎりない焦げ茶色放射光石の重さ

緑濃い風景が 一瞬 反転し停止する時間

 

  全面降伏 戦ガ終ワッテ

  生活ノタメノ新聞配達少年ノ頃見タ

  野晒シ 白骨頭蓋ノポッカリ開イタ 暗黒空洞(ガランドウ)

  眼窩ノ 向コウニ見エル

  灼熱閃光ノ 記憶

 

爆心地を立ち退かせ 平和公園に整備した

いま そこで

原爆死没者慰霊式・平和記念式典がある

マイクを通した 偉い人のお話

しらじらと虚空に消えていくのは何故か

 

  旧産業奨励館ヲ眺メナガラ

  毎日 相生T字型橋ヲ渡ッテ 対岸ノ学校ヘ

  図工ノ時間ハ ドームノ写生

  雀ヲ捕ルヤツモイタ

 

河口から 遡行する満潮の 潮の匂い

流される 赤・青・緑・黄

舞い揺らめく 色とりどりの 鎮魂の灯籠

誰かが トランペットを吹いている

 

  光線ニヤラレ 爆風ニ飛バサレ

  煙ニ巻カレ 水ヲ求メテ溺レ

  死体ハ 校庭ニ集メテ 焼カレタ トイウ

  何処ノ 誰デ アルカモワカラナイママ

 

風化する記憶の その向こう

無限暗黒に 群れ燃える 影たち

灼熱の 火箭に 身もだえ 燐光を放ち

倒壊していく 旧県立産業奨励館(ゲンバクドーム) よ


変わったか

 

ひろしまは

変わったか

 

変わった

あれから

生き残った人たちが

ピカドンに

ついて

なんも いわんようになった

 

ひろしまは

変わったか

 

変わった

若いもんは

原爆(ピカ)のことなんか

興味ありゃ

せん

知ろうとも せんわい 

(「変わったか」一〜四連)


HP管理者より:2002年11月24日に開催された朗読会「広島在住の詩人が自作を語るB 頭蓋の中のひろしま」で配布された資料に掲載された詩を収録しました。なお、本HP掲載については著作権者本人の了解を得ております。(コンピュータ入力については福田真紀子さんの助力を得ました。)