「原爆文学展」感想ノートより(一部抜粋)
広島を代表する峠、原、大田などの作家の自筆原稿を見ることができて圧倒されました。(T)
広島に文学館ができるよう祈っております。近代文学の資料として、原爆を描いた作品を放置してはいけないと思います。(大阪、M)
大変貴重な資料を見させていただきありがとうございました。彼らの意志を後に続く者として何がしか受け継ぐことを決意す。(Y)
原爆のことに関しては、ずいぶん長い間TVでも新聞でも報道され、もうこの辺で充分と思っていた。しかし、今日ここを訪ねてみて文学の面から見たとき、改めてこうした文学作品を掘り起こし保存すべきだと気がつきました。(K)
「コレガ人間ナノデス」が強烈でした。考えるべきことは、たくさんあると感じました。
昔のいまわしい記憶の歴史の中で命だけは失ってはいけないと強く感じられた。
この被爆建物で、こういう文学展が開かれることは本当に意義のあることと思います。できればここが常設の「文学館」になることを期待しています。(T)
あの日の体験を共にした者のひとりとして、その体験を共にした無数の人たちと逢っている様な心地です。併せて、文学館の実現を願います。(T)
ここに入っていろんなものに悲しんだり、感動したり、いろんな思いが立ち込めました。この日はすごい日だと思いました。(N)
命の大切さを学びました。二度とこんな悲しいことがあってはならないと思いました。語りつづけ、平和な世にならなければいけないと、そう思いました。(L)
戦争は二度とあってはいけないと思います。原爆はとてもとても苦しかったのだということが分かります。
早く文学館が出来るといいですね。市も県もしょうもないイベントや箱物にお金を使わず、広島の魂の記録を残して欲しいです。
平和を祈る広島市にその心を伝える文学館が存在しないのは不思議な思いがする。この建物が文学館として使われることになればそれもとてもふさわしいことと思います。(H)
広島で被爆直後から、文学者たちが、このようにふきだすように、米占領軍の抑圧を越えて、文学的営為をおこなってきたことをはじめて知りました。原爆文学を蒐集し、希望する人が見ること、読むことができるような文学館の設立を望みます。(鹿児島県、S)
昨年の広島の訪問ではじめて峠三吉さんのことについて知り、今日は他の方のことについても学べてよかったです。(S)
地下の金庫というのがすごいですね。(M)
大田洋子さんが投げかけた提起に、今日の私たちがこたえているだろうかと不安です。
時間にして約半世紀前の出来事や知人友人の写真や、残された文書などを前にして、胸の中心を湯たんぽのような母親のようなあたたかさで、ぬくめてもらったような気分になりました。(S)
今回、「原爆文学展」に参加したことによって得た収穫のひとつは作家大田洋子を発見したことでした。(D)
50年前にも人生があり苦労があったという当然のことに気づかない日常生活におわれる私でした。50年後に生きるる私に大きな指針を下さり、ありがとうございました。(S)
広島の街から、原爆の惨事を訴えなくてはいけないと思います。以前から旧日銀に、文学館ができれば、と思ってました。(K)
衝撃でした。偶然ここを通って入ってみて良かったと思う。(Y)
本当にもうこんなことはおきてはいけないと思います。(Y)
ヒバクシャが、ヒロシマ、ナガサキだけでなく、世界中に生まれつつある今、僕らに問いかけられている人類の尊厳の意味を、この五人展は提起しているのでしょう。ヒロシマの果たさなければならない責任の重さを痛感します。(M)
地域での被爆体験の聞き取り調査と重ねながら原爆文学を生徒たちと学び「継承」していきたいと思います。(Y)
戦中、戦後の日本の思想を含め、大田さんの作品には教訓となるものが沢山あるのに、多くの人の目にふれる機会がないのがとても残念です。(H)
なんだかんだと言っても、日米安保がある限り広島に平和は語れない。
広島が世界に向けて強力なメッセージを出すべき。
秋田出身で東京に暮らしている私にとっては「原爆」は全く無縁のものでした。知るチャンスがないため、無関心な人、何が起こったのかさえ知らない人がたくさんいます。私たちは日本人として、知らなくてはいけないと思います。
教育の担っている責任を感じます。「死ぬ時を強要されし」、まさに戦争はそうだと思いました。人は犠牲になってはいけないのだと思います。(熊本、K)
平和な21世紀、核兵器のない21世紀をつくることが、正田さんたちへの生きている私たちの務めだと思います。(佐賀、S)
黄色い水を吐くばかりで何も云わず何も飲まず死んでいった従姉を今つくづく憶います。
自分でもものすごく胸が痛くなる思いの文学展でしたが、この世から早く核をなくさなければということは強く痛感しました。
「ヒロシマというとき」の詩は、何度も読んで、学校でも生徒たちに聞かせました。本日、作者の実像のうかがえる展示を見て、嬉しく思いました。(大阪、高校教員)
展示作品の数々に関係者の血と汗を汲み取る思いで鑑賞しました。深い感銘です。(M)
小生は、シベリア収容所で詩と絵をやっていたので、広島(破壊された)に帰ってやがて住所の近い峠三吉さんと一緒に詩にかかわることになったのですが、この会場で「黒い卵」を手にしてまったく感慨無量でした。
今回「原爆文学展」に参加したことによる収穫のひとつは詩人栗原貞子の全体像がおぼろげにではあるけれどもわかったということだ。(D)
栗原さんの文学展が初めて実現して、いろいろと運動や行動を共にした一人として感慨無量です。栗原さんのお仕事の重要さが改めて多くの人びとに認識されることを祈っています。(K)
栗原さんの息の長いエネルギーに満ちた生き方に触れさせていただきました。(K)
原爆投下と日本の侵略を複眼的に捉える栗原さんの「詩座」の重要性を改めて感じました。(O)
ヒロシマに来ている留学生です。今日原民喜や、他の作家のものや作品にふれて、原爆を経験した人びとの心を生々しく感じることができました。
作品では多く接している作者の直筆を見せていただき、文字から人柄が思い推し量られました。(Y)
全く知らない人びとばかりでした。私は原爆に関してかなり無知だと実感しました。これをきっかけにいくつか作品を読んでみようと思います。
ただ目を見開くのみで声にならぬ被爆者の想いを文学に表現して頂いて多くの人の心に届けて下さる、ただただ有難いと思います。
峠三吉のあの日の、あの時の実相がきちんと日記に書かれているのに感動。
旧日銀の建物を残し、ヒロシマからの平和、文化、希望発信の文学館を! 過去を大切に思い、明るい夢が育つように。(Y)
すごく心を打たれた。もっともっと宣伝してたくさんの人に来てもらえたらいい。
昨8月6日、栗原貞子さんの詩の朗読を聞き、厳粛ななかに強い怒りを再び感じました。文学展で直筆の文字に接し、他の文学者の心の叫びにふれ、私は心を洗われた思いです。(沖縄、K)