本年(2003年)11月24日に東京・新宿区下落合にある林芙美子記念館を訪ねてきました。
今年は林芙美子の生誕100年に当たるので、日本の各地で記念展示や講演会などがなされました。広島でも「けんみん文化祭ひろしま’03」の行事の一環として12月7日に尾道で「林芙美子生誕100年記念シンポジウム」が開かれました。私もパネリストのひとりとして壇上に並ぶことになっていましたので、かねて訪問してみたかった記念館を訪ねることにしました。
まずJRの東中野駅で降りて彼女のお墓のある万昌院に行きました。お墓の正面にはただ「林芙美子墓」とあるだけの、優美なお墓です。近くには忠臣蔵で有名な吉良義央と吉良邸討死忠臣墓誌(38人)もあり、また浮世絵師歌川豊國や歌舞伎の悪役水野重郎〔十郎〕左衛門の墓などがあり、江戸情緒豊かなところです。『放浪記』の作者林芙美子は永眠の地を東京のかつての郊外に得たのだと感慨深く思いました。
そこから歩いて10分ほどのところに林芙美子記念館はあります。この記念館は林芙美子の旧居です。
彼女ははじめ万昌院の近くの上落合(「上」とありますが、実際は妙正時寺川沿いの低い土地で、下落合は高台の高級住宅街です。ちなみに落合というのは、この妙正寺川と神田川の落ち合うところだからだそうです)に住んでいましたが、文名が上がり売れっ子になったあと、昭和14年に下落合(現在は中井)に土地を求め、昭和16年8月に山口文象による数寄屋風の豪邸を完成させました。彼女は昭和26年に死去するまでの10年間、この家を中心に(戦争末期には長野に疎開していましたが)数多くの後期の名作を書き上げました。彼女の死後夫緑敏氏が住んでいましたが、平成元年に彼も亡くなり、相続した林福江氏から新宿区に寄贈され「林芙美子記念館」になったそうです。
敷地は524坪ありますが、かつてはさらに500坪の庭園が裏山にあり、そこには緑敏氏の自慢のバラ園があったそうです。
この記念館の見所は彼女が200冊もの建築関係書を読んで建てたという建物かと思いますが、それはHPに詳しくありますので、むしろその建物が建っている環境の良さについて述べてみたいと思います。彼女は植物に詳しく、その作品には幾多の植物の名前が書き込まれていますが、実際庭園には数多くの樹木や草花が植えられています。記念館で入手した「林芙美子記念館花ごよみ」には40種類もの花の名前と開花時期が書かれていて、夫婦が愛情を込めて庭造りをしていたことが伺われます。都心に近いところでこんなにも緑が多いところも珍しくなりました。京都風の数寄屋造りの家もこの庭園があってこそ、ゆかしく感じるのだと思いました。
林芙美子の資料の大半は新宿歴史博物館に寄贈されており、記念館では一部しか見られませんでした。しかし、入場料は150円で、新宿に近いところで一休みするには良い場所です。「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」と歌った彼女の人生を思いながらひとときを過ごすのも意味有ることかと思います。実際、つぎつぎと老若男女が団体で、また個人で訪ねていました。
受付で「林芙美子展」を新宿歴史博物館で11月30日までやっており、そちらに資料が展示してあると聞きましたので、そちらを訪ねることにして、最寄りの西武新宿線の中井駅に向かいました。(2003年12月11日記)