地元の文化を大切に

ヒロシマにかかわる本や画集を出版

池田正彦


 広島が生んだ詩人、峠三吉、原民喜、栗原貞子や画家四国五郎さんをもっと大切にしなければならないとの思いから様々な活動にかかわっています。「栗原貞子全詩編を刊行する会」事務局をはじめ「峠三吉没後50年の会」「広島に文学館を!市民の会」では事務局長もしています。

 小さなころ、街にはまだ原爆で焼かれた跡の残った場所がいっぱいありました。バナナや卵が高級品だったころ。物不足でいつも腹をすかせていた世代。安保闘争を見つめて大きくなり、大学紛争のまっただ中が20歳代。ダイナミックに世の中が動いているのを肌で感じ、僕自身も自然と労働運動や平和運動にかかわるようになりました。

 1980年ごろから広島平和研究所で働き始め、平和教育の副読本などの編集に携わったのが、今の出版・編集業「広島ミニコミセンター」につながっています。党派間の争いの醜さを感じて同研究所を退職し、センターを設立したのは90年でした。

 これまで四国五郎さんの全画集(98年)や峠三吉の人生を描いた劇画「風のように炎のように・峠三吉」(93年)など、様々な本づくりにかかわってきました。こうした本の出版は重要なことだけど、採算が合わないから誰もしようとしない。特に四国さんの全画集を出したときは、「僕がやらなければ、もう誰もやらないかもしれない」という使命感でいっぱいでした。

 また。被爆50年に歌手南一誠さんや広島の市民の手で芝居「天神町一番地」の上演にも裏方としてかかわりました。原爆投下で一瞬のうちに消え、今は平和記念公園(広島市中区)になっている旧天神町を舞台に人情のある人々の暮らしを描いた芝居です。原爆が落とされる前、こんなに人情に厚い「ふくよかな」町並みがあったということをたくさんの人に知ってほしかった。

 生計は立てにくいですが、商業的な広告などの仕事はしたくはありません。損得に関係なく、ヒロシマにとって、自分にとって大切なことをやり続けたいのです。大切なこととは、温かい人々のつながりがあり、峠三吉、栗原貞子、四国五郎さんら、地元が生んだ文化を大切にする「ふくよかな」街をつくることです。そのために、まだやることはたくさんあると思っています。(聞き手 阿利明美)


語りたい伝えたい ヒロシマ」第2部(171)、「讀賣新聞(広島版)」、2005年4月21日。


参考

土屋時子「一回きりの人生大切に」(「讀賣新聞(広島版)」2005年8月24日)

成定薫「書かれたものの力信じて」(「讀賣新聞(広島版)」2003年2月5日)

水島裕雅「原爆文学の意義高める」(「讀賣新聞(広島版)」2002年5月8日)