栗原貞子詩集『黒い卵』をよむ

―原爆以前の反戦詩―

伊藤眞理子 


(要旨)わが広島の詩人栗原貞子さんは、資料年譜の通り1913年現広島市可部町に出生、今年米寿を迎えられた。1945年8月6日原爆被災。外傷がなかったので夫妻で近隣の救援活動に従事。その時の仄聞を基に書いた「生ましめんかな」の詩を始めとする反原爆反戦反核の作品群は、教科書に採用されたり世界各国語に翻訳されたりして、地元広島を超えて世界の詩人として知らしめた。

 従って世間一般は、彼女を手っとり早く「原爆詩人」と原爆の冠をつけて呼ぶが、彼女は原爆で急に反戦反核の詩人になったのではない。まだ十代の若い日から、夫唯一氏の影響もあって、戦時下の過酷な思想弾圧の中に生き、アナキズムを中心とするヒューマニストであり、自由平和の希求者であった。

 その戦時下に書き留めた詩歌は、戦後いちはやく詩歌集『黒い卵』として出版しようとしたが、新らたな弾圧があった。GHQの「プレスコード」であった。削除されたり、自主規制したりして辛うじて私家版『黒い卵』は生まれた。1975年、メリーランド大学のプランゲ文庫に眠る検閲資料の中から『黒い卵』のゲラが発見され、これを機に1983年完全版『黒い卵』が出版された。

 私たちは、故国にも戦勝国にも圧迫された自由と平和を希求する志の作品群を、改めて読み継ぎ、栗原貞子の反戦反核の抵抗の精神の強靭さに触れる。


講師紹介:1970年「ヒロシマ会議」で初めて栗原貞子さんと会う。 以来、当時の広島県詩人協会会長大原三八雄氏と共に文学関係の平和活動に参加。その中には常に栗原さんが在り、大いに鼓舞される。1982年中野孝次氏らの呼びかけによる「核戦争の危機を訴える文学者の声明」に署名。1991年、『日本の原爆の記録』(日本図書センター刊)の19巻「原爆詩・広島編」を共同編集するに至る。