(要旨)ことばは社会的に存在するもので、基本的には個人のものではない。既存のことばもそれ自体は死物、それを働かせるのは人間である。その意味で人間の心のはたらきなくしてことばはないといえる。既存のことばを新しく生命あるものにする営みが、短歌を作るということにつながる。それはまた、経験はことばを定義するということにもかかわる。そのことを願望として作歌している。
短歌と出会う
昭和20年第十一海軍航空廠(呉市)にて動員女学生として飛行機の部品造りに従事。連日連夜の空襲警報という状況下、“馬鈴薯のうす紫の花にふる雨をおもへり都の雨に”(石川啄木)の世界にあそび、現実のきびしさから解放される。
第二芸術論
昭和21年〜23年。短詩型に対し他のジャンルから、情緒性に対する疑問の提示、論理性の欠如に対する指摘など、真摯に論じられた。この問いかけは短歌にとって大きい意味をもつ。その洗礼を受けた先人たちは、1300年の伝統をもつ短歌に、時代のエネルギーを注ぐことに努力した。
実作
昭和29年〜32年。「杜松」(福山市)に作品を。若き主宰山下謙司は〈感傷のべったら漬〉になるな。〈切れば赤い血の出る〉歌を作れと。昭和35年〜「地中海」所属。香川進代表は〈生きるとは、人間とは〉を問うことが歌を作るということ。〈感覚を大切〉に。自分にしかないものだと言い残した。作品を…
雨もりを除けつつ今日も汝は描く花活けて夜の如きアトリエ
霧らうがに野は春愁のきつね雨告ぐべくならね研ぐ息の緒ぞ
山下謙司
花もてる夏樹の上をああ時がじいんじいんと過ぎてゆくなり
空海の生まれしさとの善通寺おだやかにして塔のおもかげ
香川 進
作者の生命の照りとしていまに鮮しいこれらの作品は、前記の言葉を裏切っていない。生命力を失わない作品の魅力は、経験がことばを定義していることによろう。言葉が空しくないことの証し。
そして“反物質の論理”(松永信一)から、終の一節を
わたしは人間じゃあなかった/それが恥ずかしくて/二十五年間/わたしは口がきけなかった
今やっと片ことがしゃべれる人間になった/原爆が悪いっていうのは/そりゃ本当か
この「か」という/ほんの小さな/面じゃない 線じゃない/点だ
この小さな点だけが/戦争を正面から見ている
「本当か」一語によって自分自身に匕首をむけた作品であることを、その詩作と終焉に立ち合った一人として感じている。そして、〈文学の精神はね、どんな場にあっても高く飛翔することだよ〉と遺言のようにのこした。これも、生命の断面を鮮烈にみせていることばであるとおもう。
言葉が経験を説明するのでなく、経験がことばを定義すること、感覚から出発しておのずから一つのことばに出会うことを希い、短歌を作っている。