詩人の眼

在韓被爆者・「自分史」の意味を考える

御庄博実


(要旨)戦争の世紀と言われた20世紀の歴史の中で、原子爆弾が人間の頭上に炸裂したことは、人類が新しい「核時代」に足を踏み込んだという重い歴史の頁を開きました。被爆者が今日まで、語り続けても語り盡せない無惨さのなかで、これまで幾人かの人が被爆者の「自分史」を含めた出版をして来ました。原爆文学と呼ばれる分野の小説・詩・短歌等、これからも更に書きつづけられなければならない多くのものがあると思います。

 今回、李順基氏という在韓被爆者の末期ガンに立ち会って、被爆者としての「自分史」を書いてもらいました。特に在韓被爆者は、日本帝国主義の侵略のもとでの被害者であり、更に己の民族の出自に関係のない原爆の被爆者にされた、という二重の苦難を負いました。更に、ようやく独立した祖国では、生活の基盤を失っていただけでなく、「半日本人」という蔑視に耐えながら、被爆の後遺症に苦しみました。それにもかかわらず、日本政府も、原爆を投下したアメリカも、救援の手を一切さしのべようとはしません。

 在韓被爆者は、日本の歴史の暗部をそのまま刻印されて、いまも猶闇の世界に放られているのです。李順基氏の「自分史」を、彼の臨終の病床で、録音テープを廻しながら、日本人の(広島の)心の問題としてうけとめました。

 今回は近著『ヒロシマにつながる詩的遍歴』のなかで、最も印象に残っていて、現在猶救済されることなく苦しんでいる人の典型としての李順基氏の「自分史」と、それにかかわる詩「原郷」にふれて話しました。

 僕のなかでこれからも重い課題となってつづいて行くでしょう。

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 原郷

(自分史)

人の一生は

一枚の地図である

山があり 川があり

道がきれぎれに続く

赤いインキの染みもある

いつもたどった道には

手指の脂がしみついている

陝川(ハプチョン)への道だ

 

「五十六年目の原爆症」

あの八月六日の劫火が

いま再び燃えあがる

あなたは いのちを削りながら

ヒロシマの日日からの

「自分史」を書く

焼け焦げた

ぼろぼろのマントにくるまって

歩いて来た道

陝川への傷ついた道は

紙の裏側から血を流す

 

あなたの目は

僕を見つめながら

はるか遠くを見ている

濡れている あなたの視線は

ふるさとの墳墓を射る

泣いているのは山の声

果てしなく

遠祖へさかのぼっている

 

五十六年間

遠い海の底で

あなたは

貝のように孤独であった

 

〈ふるさとに広島を根付かせたい〉と

平和公園のどんぐりの実を拾い

陝川の庭で育てる

〈ビニールを外した今年の寒さが厳しくて

生き残ったのはわずかに数本であった〉と

遠い細い声で伝えてきた

 

きみの「原爆症」は

いまどれほどのいのちを削っているか

 

あなたの視線は

僕を貫いて

あの閃光を凝視する

地底深く水脈は

黙って原郷へ帰る


李順基氏の自分史「陝川で芽生えた広島のどんぐり」はここをクリックすると読むことができます。


(講師・作家紹介)1925年、山口県岩国市生まれ。旧制広島高等学校・岡山大学医学部卒業。東京・代々木病院、倉敷市・水島協同病院を経て、現在、広島共立病院名誉院長、中四国詩人会会長。主な著書・論文:詩集『岩国組曲』(文芸旬報社、1952年)、『公害にいどむ』(新日本新書、1970年)、『大気汚染と健康』(新日本新書、1972年)、『御庄博実詩集』(思潮社、1987年)、『御庄博実第二詩集』(思潮社、1999年)、論文「原爆放射線の遺伝的影響」(『日本の科学者』1996年5月号)。近著に『ヒロシマにつながる詩的遍歴』(甑岩書房、2002年)。


御庄博実自選詩集

 2002年9月22日に開催された朗読会「広島在住の詩人が自作を語るA 詩人の眼」で配布された資料に掲載された詩を読むことができます。