劣化ウラン弾という核兵器

御庄博実


 昨年12月、イラク南部の都市バスラの医師でがん専門医のジャワド・アルアリ氏と、バグダッド大学で小児白血病専門医のフサーム・ジョルマクリ氏が広島に来た。

 1991年の湾岸戦争で米・英軍は「もう一つの核兵器」といわれる劣化ウラン弾を大量に使用した。核爆発や、核融合を伴う原爆・水爆とは違う放射能兵器である。戦場となったイラクの軍人や市民は勿論だが、この戦争から退役した米英軍人やその家族に白血病やさまざまな慢性疾患が発生した。

 湾岸戦争では、戦争や飛行機から米・英両軍合わせて95万発(劣化ウラン320トン)の砲弾が発射された。従軍した米軍兵士だけでも43万人が放射能汚染地帯に入り、劣化ウラン粒子の吸入などで被爆した。25万人が治療を求め、18万人が「疾病・障害補償」を請求し、すでに9600人以上が死亡している(00年4月)。(:これらの数字については、田城明「劣化ウラン弾被ばく深刻」『中国新聞』2000年4月3日、および田城明『知られざるヒバクシャ』大学教育出版、2003年に拠った。)症状は白血病や肺がん、腎臓や肝臓の障害、皮膚斑点、関節痛などで、彼らの子どもたちの間には先天性障害を抱えた子も多い。米・英両国政府は、原因不明の「湾岸戦争症候群」として、劣化ウランの被害を認めようとしない。「隠されたヒバクシャ」の全貌を知らねばならん。

 

劣化ウランとは何か

 劣化ウランは、原爆や原子力発電用のウラン濃縮過程で廃棄物として大量に産生される。鉛より比重が重く、鉄の2.5倍、鉛の1.5倍の密度をもち、砲弾の芯にすると厚い鉄板を貫通するので、対戦車砲弾として絶大な威力を発揮する。鉄を貫通するときの摩擦熱と、貫通後の爆発で、放射能を含んだ微粒子が大気中に飛散する。直撃死をまぬがれたイラク兵は勿論、そのあと地上戦に参加した米軍兵士にも半永久的な後遺症を与えることになった。

 ウラン鉱石から、U235を抽出した残渣の劣化ウランU238は放射能半減期45億年ともいわれ気の遠くなる程の時間、α線を放射しつづける。α線は透過度が小さく、紙一枚程度とされていて、ヒロシマ・ナガサキの原爆が透過度の長いγ線で被爆したのとその性質が異なる。原爆では放射線の透過によって身体の内臓・特に骨髄等が被爆直後から、大きな影響をうけた。α線は透過度の低さに逆比例して、その部に壊滅的な打撃を与える。細胞毒性からいえば、これ以上強力な毒物は地球上にない。衣服の穢れや皮膚・毛髪などへの付着では、洗い流せば影響はない。しかし、劣化ウラン弾では、対戦車砲弾として使われて数千度の摩擦熱が微粒子やヒュームとなって、U238を飛散させた。このヒュームを兵士たちは吸入し、肺の中にとり込んだのである。こうして米・英兵士の「バルカン・シンドローム」(バルカン半島でも米・英軍は使用していた)が起こった。しかし、彼らの被爆は、被爆量が大きいとはいえ、被弾したイラク戦車、装甲車輌への接触といった一時的なものであった。一方、イラクは国土に320トンの劣化ウランをまき散らされた。エアゾルとなったウランは風にのって拡散し、土を穢し、水を汚染し、食物のなかに入る。戦闘地域周辺の人々は、微粒子となった劣化ウランを呼吸して肺の中へ、また汚染された水や食物を摂取し続けなければならなかったのだ。ウラン半減期が億年単位の気の遠くなる時間のことを考えれば、一度汚染された土地は決して浄化されない。イラク現地の人々は長期にわたって被爆させれられつづけている。

 1998年12月、バグダッドで、戦場となったイラク南部の「劣化ウラン弾の被害」に関する報告があった。被爆した兵士における発症率は、被爆していない兵士に対して、白血病で4.8倍、リンパ腫で5.6倍と高率であった。戦場で直接被爆していなくても、91年から97年にかけて癌の発生率約3倍になっていた。このことは、戦場で使用された劣化ウランが、イラク南部を広く汚染していることが原因であろうと推論された。

 兵士だけでなく、戦場となった周辺住民の癌発生率も同様で、モスル病院では癌患者が戦争前の約3倍に増加した。

 国連癌統計によれば、イラク南部における癌発生率は89年から94年にかけて7倍に増加(例えばThi-Qar地区では72件から489件まで上昇)していると極めて深刻な実態を伝えている。これに対しアメリカ国防省は「まったくの無根拠」と一蹴「もし子供達に癌の発生率が増加しているならば、それはイランとの戦争でイラクが使ったマスタードガスのせいではないか」と主張する。

 湾岸戦争後に産まれた子供達の間では、眼、耳、鼻、舌、性器などに変形、あるいは欠損といった先天障害が多発している。

 

イラクの被爆者と、広島の被爆者と

 バスラ市の産科・小児科病院は、どの病室も白血病、ガンに冒された子ども達であふれている。呼吸困難に苦しむ我が子に酸素マスクを当てながら涙ぐむ母親、やせ細った我が子を抱きしめる父親、蛙の目のようにまぶたごと目がとび出してしまった少女。アルアリ教授は次々と目をおおうばかりの写真を僕に見せる。ジョルマクリ教授は、白血病の子どもがこの10年で5倍も増えたことをグラフで示してくれた。「ヒロシマの医者ならば劣化ウランの被害が真実か、どうか、解ってくれると思う」と広島を訪ねて来たという。

「私達にはこの子供達に処方する薬がないのです。抗生剤も一患者ずつ国連へ申請して許可を得なければならないのです」

 怒りというより悲しみに溢れた目であった。

 僕は吸入した劣化ウランの放射しつづけるα線という体内被爆が、これ程無惨な人体影響を引き起こすことに驚いた。

 原爆が投下された広島で、その年の暮れから既に白血病患者の多発が指摘されている。しかし1945年9月19日、GHQからのプレスコード指令によって、以後サンフランシスコ条約まで約6年間、原爆報道は一切消えたのである。医学研究も禁止されたが、ようやく3年後に一部の研究が許可された。

 『原爆放射線の人体影響・1992』という500頁に近い大冊が、放射能影響研究所(ABCCの後身)から45年目にしてやっと出版された。巻頭に、責任者の重松逸造氏が「最新の情報が余すところなく盛り込まれていて、いうならば原爆医療白書と呼ぶべき内容…」と自讃している。斬界の権威者、39名の執筆になる書の『白血病』の頁を開いてみる。「広島、長崎における白血病の登録は、1948年にABCC、広島大、長崎大の共同研究として開始された。…1950年以前には白血病発生のリスクを正確に推定することができない、50年以前に増加が始まったことは明らかであり、発生率は50〜54年にピークに達し、その後徐々に低下している」研究が一時禁止され数年おくれて調査が開始された。開始された時は白血病発病は既にピークに達していて、その後徐々に下降線をたどった。「被爆後40年以上経った今日の時点で、被爆による白血病がどれ程存在するのか、というのは関心の的である。解析中の最近のデータによれば、白血病に対するリスクは完全には消失していない」被爆直後からはじまった白血病が、今日猶被爆者をおびやかしつづけている。とはいえ、発病率が右肩下がりに低下して来ている事実も覚えておきたい。だが被爆者は白血病だけではない。10年後から甲状腺がん、20年後から乳がんと肺がん、さらに30年後から胃がん、大腸がん、つづいて骨髄腫と、悪性腫瘍の発生が増加し始めている。被爆者の体内でくすぶりつづけている原爆の火は、いつ消えるのか誰にも判っていないのだ。

 バクダッド大のジョルマクリ氏の報告にかえろう。

 1988年から2000年まで、真っすぐに右肩上がりのグラフがある。白血病患者の数で、その発生は湾岸戦争前の5倍に増加している。「ヒロシマでは白血病患者は何倍まで増加したのか?」と問う。僕はピーク時の実数を知らないが、長崎では7倍にまで増加したことを知っている。しかも先刻ふれたように、被爆後10年経った時点での発病率は、確実に低下傾向にあった。イラクで右肩上がりのグラフが鈍化の傾向もなく略直線状態で発病率の上昇を示していることに異様な衝撃をうけた。

 隣に坐っていたバスラ大学のアルアリ教授が、自分の病院では「1995年から、肺がんと乳がんの患者がふえはじめた。12才の少女の乳がんの発症があった」という。

 被爆後5年目から肺がん、乳がんの増加ということは「原爆白書」にある広島・長崎の20年後からの発病の増加とは明らかに違う。

 この相違は何故か?

 伝え聞いている「湾岸戦争症候群」が、僕の知る被爆患者の病状と可成りな相違があることは知っていた。劣化ウランというのは未知の重金属である。恐らくこの金属毒性──例えば水銀や鉛がよく知られている毒物であり、カドミュウムがイタイイタイ病を起こす様に──が劣化ウランの放射線障害と重複して相乗効果を起こすことはありうるであろう。

 10年間、じりじりと上昇しつづける白血病患者の増加。

 5年という短い潜伏期間で発症する肺がん、乳がん。

 ヒロシマ・ナガサキとあまりにも違うこのデータは、棘となって僕の心を刺しつづけた。

 

劣化ウランの体内被爆とは

 劣化ウラン弾が鉄の2.5倍、鉛の1.7倍の密度をもち、厚い鉄鋼板を貫通することは冒頭に書いた。戦車鋼板を貫通する時の数千度の摩擦熱と、貫通後の爆発で、劣化ウランは粉塵或いはヒュームとなって飛散する。ミクロン単位の微粒子は長く空中に浮遊して肺に吸入される。例えばタバコの紫煙・1ミクロンの煙は肺の最深部──肺胞──まで到達する。20ミクロンの細菌などは途中の気管支に引っかかる。吸い込まれた劣化ウランは気管──気管支──細気管支──肺胞と、肺組織のあらゆるところへ到達したであろう。主要な気管支からは痰となって喀き出されたであろうが、深部に達したものは喀出されない。α線は到達した組織を灼き、細胞を殺す。更に一部は血流に乗って全身の、親和性のある組織に沈着する。甲状腺、骨髄、性腺(乳腺も含む)、全身のリンパ腺などである。

 半減期45億年という気の遠くなる程の時間、到達した場所でα線を放射しつづけ、細胞を狂わせて「白血病」を起こし「がん」を発生させる。

 広島・長崎の原爆は、高度略600米の上空から、強烈な放射線を一瞬の時間(百万分の1秒)に放射した。広島で30万人が、長崎で15万人が灼かれた。これを体外被爆という。α線は地表には到達せず、波長の長いγ線が人々を貫いた。

 イラクでは被爆の様相が全く違う。肺に吸い込んだ劣化ウランがまず肺で、そして全身をめぐって、α線というわずか1ミリにも及ばないが、それだけに強力な放射線を放射しつづけているのだ。劣化ウランを吸入した人は、決して消すことの出来ない極少の原爆を体内にとり込んだのだ。

 放射し続けるα線が、10年間、じりじりと上昇をつづける白血病のグラフになって僕の目の前にある。そして、5年という短い潜伏期を経て、肺がん・乳がんが発症しはじめている。

 アメリカをはじめ、世界中の医学界から拒否されつづけている放射線の恐怖を「ヒロシマの医師なら理解してくれるのではないか」と、祖国の再度の戦乱を心から憂いて、広島を訪ねて来た二人の医学者の目が忘れられない。(2003.1.10)


『新・現代詩』No.8(2003年春号)、pp.15-18.ホームページ管理者から:本ホームページ掲載にあたって、原著者に確認のうえ、誤植を訂正し、参考文献を追記しました。)