山口勇子文学の軌跡

--平和運動へ献身した生涯と文学--

三浦精子


(要旨)山口勇子さんといえば、『おこりじぞう』に代表される原爆児童文学作家だと思われている。しかし、その出発は、1950年に創刊された短歌誌『林間』に投稿を続け、1960年には歌集『小さき旗』にまとめられていることは余り知られていない。

 ケロイドを背に負いて園逃げし子よめじるしされていずこにいかん

 その下にケロイドあればつば広き麦わら帽子を子はぬがぬなり

 サラサラと書き込まれゆく子のカード「母原爆死」とインクにじめり

 

など、三百首余りが収録されている。

 自分の両親とご主人の両親を原爆で失い、自らも被爆され、やがて戦後の活動は、原爆で親を失った子どもたちに手をさしのべる精神養子運動に力を注ぎ子どもを守る会結成に加わることから平和活動を始められた。晩年は日本原水爆禁止協議会の筆頭代表理事として、世界の平和会議で活躍する。その間にも、創作活動は衰えず、生涯に四十冊になる児童文学や小説を発表し続けた。

 その中から、山口文学の発端となる歌集『小さき旗』と児童文学の『つるのとぶ日』編集のいきさつ、『おこりじぞう』の経緯もわかる短編小説『青葉のしずく』と、最近日の目をみた短編「本立の犬」(『原爆文学』2003年所収)を読み解きながら、山口文学の神髄の一端に迫れたらと思っている。


(講師・作家紹介)1936年、山形県庄内で生まれ米沢市で育つ。母校の米沢興譲館高校に赴任してきた広島の青年と結婚するが白血病で他界。その後その青年の兄と再婚し広島に在住する。1965年児童文学で山口勇子氏に師事。1970年、広島児童文学研究会を引き継ぎ『子どもの家』を22年間発行する。現在、日本児童文学者協会広島支部長、ぎんのすず研究会代表。著書:創作『ヤン一族の最後』(汐文社)、『広島の童話』(リブリオ出版)他。近著に『はじめて学ぶ日本の絵本史。』(ミネルヴァ書房、共著、2002年7月)など。