第11回原爆文学研究会に出席して

水島裕雅


 先にお知らせしましたが、「第11回原爆文学研究会」が7月3日(土)午後2時から九州大学で開催され、私も久しぶりに参加してきましたので、簡単にご報告いたします。

発表1 坂口 博「B29の記憶ー戦争は美しいか」

 発表内容:坂口氏は戦争を直接経験していない者として、母の話として「B29の銀色の機体はきれいだった」と聞かされたいうことから始められ、さまざまな文学作品における「B29」と「空襲」の描写から「美しい」「逞しい」「綺麗」として描かれたものを取り上げ、「倫理的なもの」と「美的なもの」とは一致しないのかと問うた。また日本都市空襲史を新聞報道資料などから丹念に拾い上げ、そこから見えてくるものはなにかについて考察した。また「原爆被災」と「空襲被災」とはどう違うのかと問いかけた。

 質問・意見:「実際に「B29」の編隊と「空襲」による火災を遠くから見たら美しかったのである。また、「他人の痛みは美しい」という人間のエゴイズムが根底にあるのではないか。」「米軍の日本空襲史の前に日本軍の中国空襲史があるのではないか。」「未来主義とテクノロジーが芸術にとどまらずヒットラーに影響を与えたように美しいものが倫理的なものとはかぎらない」など活発な意見交換がなされた。

 

発表2 中野和典「核シェルターという文学空間」

 発表内容:世界の終わりという究極的な極限状況下で人間は何を考え、どう行動するかについて、核シェルターという表彰を通じて考察した。まず、米ソの核競争のなかで、核シェルターはどのように報道されたかということを1961年から1994年までの「朝日新聞」の記事から拾い上げ、また小説や漫画に描かれた核シェルターがどのようなものであったかについて考察した。多くの文学作品が核シェルターは無効だとしているのはなぜかという問題提起もあった。

 質問・意見:「アメリカは実際核戦争にも生き残る方策として核シェルターを考え出したのである」「原爆は使われなくてもイラクで湾岸戦争や今度のイラク戦争で実際使われた劣化ウラン弾で世界はすでに汚染されているのではないか」「核シェルターに入っていても、いつ出たら安全か分からないのではないか」などさまざまな意見が出て、時間が足りなくなったのであとは懇親会でということになった。

 

今後の「原爆文学研究会」の運営について

 発表会の後、発起人でもあり、この会の主宰者でもあった花田俊典先生の急逝(6月2日)の報告があり、今後どうするかということについて協議した。

 事務局案として、会が発足後まだ2年半でしかなく、何もしていないに等しいので続けたいという意見が出て、了承された。代表世話人を長崎純心大学の長野秀樹氏が引き受けられ、事務局を石川巧研究室(九州大学)に移すが中野和典氏が幹事として世話を続けることが認められた。

 次回は9月半ばか後半に野坂昭雄氏(大分芸術文化短大)のお世話で大分(湯布院が候補地)で開くことになった。少し遠いけれど、温泉もありますのでどうぞお出かけ下さいとのことでした。(2004年7月8日記)