第16回原爆文学研究会が九州大学で9月10日に開催されました。
今回は九州大学P&Pプログラム(「九州」という思想))が共催になり、3人のパネリストを迎え、「原爆をどのように語りうるか?」というテーマで公開シンポジウムがなされました。いずれ報告書になるということですが、広島からの参加者は私1人でしたので、発表の順を追いながら簡単に報告いたします。
(出席者は約30名でした)
1. 川口隆行(司会/台湾・東海大学)
今回のテーマについて説明があった。戦後60年という時間の経過のなかで、一方には被爆者の高齢化、他方には核問題の多角化、核被害の広域化があり、記憶の継承が問われている。原爆の表象が力(現実性)を持ちえるためには、原爆の何についてどのように語るのかが問われなければならないであろう。
2. 小沢節子(パネリスト/早稲田大学)
原爆の表象が力を持つためには、戦後60年の原爆表象を後世に残すべき遺産(legacy)として、領域横断的に広い視野から捉え直す必要がある。例として、丸木夫妻の「原爆の図」と山端庸介の長崎被爆写真ならびに大田洋子の「屍の町」との関係などが具体的に考察されたあとで、個別の領域を総合して「原爆の表象」として捉えるための方法論としてカルチュラル・スタディーズの有効性と限界について考察した。この方法によれば、国民国家論に収斂しがちな文学・歴史・社会論などによる原爆の捉え方と違って、従来の語りからこぼれ落ちるものや語りえないものを探ることが出来るし、被爆者の沈黙を、知りえないことを知りえないこととして受け止めることが出来るであろう。
3. 直野章子(パネリスト/九州大学)
「原爆被害」をめぐる表象・闘争の場からの考察がなされた。まず「被爆者」という言葉の定義について、法律や政策の面からの定義について説明がなされた。それは「原爆医療法」第2条(1957年制定)による限定されたものであった。しかし、孫振斗訴訟最高裁判決(1978年)により、海外在住者にも被爆者健康手帳が渡されることになる。しかしすぐに厚生省局長通達によって海外では被爆者手帳があっても健康管理手当てはもらえないとされるが、それも郭貴勲訴訟大阪高裁判決(2002年)によって無効とされ、この判決に対して国側は控訴せず、判決は確定した。このように、半世紀近くの間日本では「被爆者」の定義をめぐって議論がなされ、海外の被爆者援護の問題をめぐって訴訟がなされた。また、その間に、「原爆被害者対策基本問題懇親会答申」(1980年)の「戦争という国の存亡をかけての非常事態のもとにおいては、国民がその生命・身体・財産等について、その戦争によって何らかの犠牲を余儀なくされたとしても、それは、国をあげての戦争による「一般の犠牲」として、すべての国民がひとしく受忍しなければならない」という、いわゆる「受忍論」が提唱され、それに対して日本被団協側からは「原爆被害者の基本要求」(1984年)が「ふたたび被爆者をつくらないために」という副題の下に提出され、「核戦争を起こすな、核兵器なくせ」という要求が、アメリカ政府、日本政府、およびすべての核保有国政府に対して具体的に提出された。こうした原爆の被害の実相と政策的定義との争いは法廷闘争の形で行われてきたことをわれわれも知る必要がある。
4. 田崎弘章(パネリスト/佐世保高専専門学校)
まず、ジョン・トリートの『ライティング・グランド・ゼロ』に引用された長崎の原爆文学の分析がなされ、その中では女性作家の作品が多いことが紹介された。また、原爆文学としては広島が早く多くの作家、作品を出したのに対して、長崎は1960年代になってから多くなっているという指摘がなされ、その理由として長崎の場合は隆が示したような原爆とキリスト教の結びつきに長く呪縛されたことが挙げられた。長崎がその呪縛から解放されるためには、ヨハネ・パウロの訪日(1981年)で「戦争は人間の仕業である」と明言したことと、女性の視点からの「語り」が大きな意味を持った。このように、長崎が原爆文学を作りだすためには被爆時点からの時間的距離と、爆心地からの空間的距離を置く必要があったことが説明された。時間的距離に関しては、結婚、出産という過程で被爆者であるがゆえに受ける差別や不安、出産後は自分の放射能後遺症ばかりでなく子どもへの遺伝の問題などがつきまとい、時間とともに解決することのない問題がとくに女性に重くのしかかった。こうした視点から、佐多稲子、後藤みな子、林京子の作品が取り上げられて具体的に考察され、1970年代以降の長崎の原爆文学は被爆女性の「後日談」を書くことで、現代の公害病や環境汚染による未知の病気、エイズなどに通じる現代的不安のありどころを描き出したことを明らかにした。
5. 柳瀬善治(コメンテーター/台湾・靜宜大学)
3人のパネリストの発表の要約がなされたあと、『原爆文学研究』第4号に柳瀬が発表した「原爆文学研究への一補助線――表象不可能性とイマージュをめぐるノート1」からの引用として、representation(再び・現前させる=表象)とimagination(イメージを作りだす力=想像力)の共通点と相違点が論じられた。表象(representation)は「前にあったもの(過去)を繰り返し表す」のに対して、想像力(imagination)は「過去や未来(ありえないもの)を作りだす力」を持っている。それゆえ、原爆やアウシュビッツのような語りえないものをいかに語るかというときに、語り手が「表象」の立場をとるか、「想像力」の立場を取るかという違いが出てくる。また、沈黙の領域(人間の尊厳の場)をどう取り扱うか、人間中心主義を脱却できるのかという問題が現れてくる。
質疑 質問の内容の一部を要約して紹介します。
1 「被爆者」と「普通の人」の定義の違いは何か。
2 被爆した人の死はすべて原爆症による死か・
3 今やヒバクシャの問題は全地球市民的問題ではないか。
4 法律の言葉(役人の言葉)と被爆者の言葉・文学の言葉の違いは何か。
5 イメージの悪用の危険性とは何か。
6 核戦争被害と戦争被害の違いとは何か。
7 原爆文学は女性作家だけの問題ではなく、男性作家も最近多く発言しているのではないか。
8 原爆文学の聖典(正典)とそれ以外の作品の扱いの違いはどこからくるか。
9 山端庸介の写真はどれほど流布していたか。
4時間以上にわたるシンポジウムでしたので、すべてを載せることはできませんでした。詳しくは今年度に作成される予定と聞く報告書をご覧ください。
その後懇親会が開かれ、多くの人が参加し活発な議論がなされました。