この度、原民喜の小説「夏の花」三部作が中国新聞の連載小説(20日スタート)として読めるようになると聞いて、時宜を得た企画であると思った。広島・長崎が原子爆弾という大量破壊兵器によって壊滅して以来60年近く経ったが、核拡散の傾向や、2001年9月の米中枢同時テロ以後の米国の核政策の見直し等により、核の脅威はますます高まっているように思われる。この機会に「夏の花」三部作の現代的意義について私見を述べてみたい。
「夏の花」は、作者の原民喜が広島で被爆したあと、疎開先の五日市(現広島市佐伯区)で年内に書き上げられたものであるから、最初の原爆小説と言っても過言ではなかろう。「夏の花」を読む者は、作者の冷静な観察と表現に驚かされる。そこには「原子爆弾」という言葉は一度しか使われていないのだが、明らかに原爆による惨劇が「私」という語り手の見聞を通して目に見えるように描かれている。
この作品ははじめ「原子爆弾」という題がつけられ『近代文学』創刊号に発表される予定であったが、それが「夏の花」という題名に変更されたのは、当時の占領軍が原爆に関する記事を事前検閲で禁止していたからであるという。このプレスコードと呼ばれる新聞雑誌等の事前検閲は対日平和条約が発効するまで七年近く続いた。
今回の連載は青土社版『定本 原民喜全集』に拠るとのことであるから、「夏の花」(『三田文学』四七年六月号)、「廃墟から」(『三田文学』同十一月号)、「壊滅の序曲」(『近代文学』四九年一月号)という、雑誌に発表された順で掲載されることになる。
時間の流れからなら「壊滅の序曲」、「夏の花」、「廃墟から」の順になり、この順に並べている文庫もいくつかある。定本の順なら実際の時間の流れとは違うことになるが、作者が原爆をどのように描こうとしたかを知るには、定本のように発表順に読んでいった方が分かりやすい。
実は「夏の花」三部作は従来の小説観では分かりにくいものをも含んでいる。たとえば、「私」という語り手の話す一人称体の小説「夏の花」の最後に突然出てくるNの挿話や、同じく一人称体小説の「廃墟から」の最後に出てくる三人称体の槇氏の話がなぜ必要なのか。
この謎を解くためには「鎮魂歌」のような何人もの声が脈絡もなく語る彼の小説を合わせ読む必要があろう。原爆は「私」という近代の個人中心の物語を不可能にしてしまったのである。
また、原家そのものと思われる森製作所の家庭内のゴタゴタを三部作の最後としてなぜ書き加えたのであろうか。
被爆という人類未曾有の体験をした作者は、原爆を投下したアメリカへの「報復」に自分の気持ちを向かわせることなく、原爆ならびに戦争という問題を人類全体の問題として(ということは自分自身の問題でもあるとして)取り組み、「報復」を乗り越える道を模索した。
この「夏の花」三部作を読む人は、被爆の苦しみと絶望感を乗り越え、人類のつくりだした「地獄」に抵抗して生き、そして「報復」を乗り越えるための倫理と論理を築くために、静かではあるが命がけの戦いがあったのであるということを感じ取るであろう。
『中国新聞』文化欄2004年7月16日