本年(2007年)10月20日に東京都の「町田市民文学館」を訪ねてきました。
私は初め「町田市民文学館」の名前を聞いたとき、「市立文学館」でなくて「市民文学館」とあったのに感心しました。もしかしたら町田市が造ったのではなく、市民が造ったのかと思ったからです。
実際は、「町田市民文学館」のホームページに見られるように、当時の町田市長であった寺田和雄氏が音頭とりをしてできあがったもので、2003年の基本計画には「町田市立文学館」(仮称)となっていました。しかし、当初から「市民の集う文学館の創造」がテーマとなっていて、市民主体の文学館を造りたいという強い意志を基本計画からも感じられます。そこから「市民文学館」という名称も生まれたものと思われます。この基本計画には市長と教育長のあいさつが載っていますが、「文人市長」と呼ばれた寺田氏の熱意とそれを支える教育長の意向がよく分かりますので、寺田市長の言葉の一部を紹介します。
私は、市長という仕事柄、度々全国の地方都市を訪れます。まちづくりに関心がありますから、時間の許す限りいろいろと見て回るのですが、文学館のある街には、何か一種の風格、風情といったものを感ずるわけです。そんなに豊かでないはずの街でも、地域にゆかりの文学遺産をしっかり守り育てていることに、その街の心意気のようなものを感じます。
こうした市長の文学館創設の提案下に提言委員会、開設準備懇談会などを経て2003年3月に基本計画書が出来、2006年に開設されたのが「町田市民文学館」であるとのことです。そして今年は開設1周年記念の特別企画展として「遠藤周作とPaul Endo――母なるものへの旅」が9月から12月まで実行されたので、それを是非見たいと思い、はるばる出かけました。
文学館は町田駅から歩いて10分ほどの便利なところにあります。通常の企画展は無料、今回の特別企画展は有料(大人:400円)でしたが、内容は非常に充実していました。遠藤周作の少年期から晩年にいたるまでを8章に分けて、彼の多面性を作品、手紙、写真などから明らかにしていますが、とくに家族や師、恩人、友人などとの交流をていねいに追い、解説もていねいになされていて、企画者の熱意が伝わります。年譜や地図も分かりやすく、また15分のビデオもあるので、2時間ほど見て回りましたが、時間が足りません。しかし、この特別展の立派なカタログもできているので、あとでゆっくり読むことができます。また遠藤周作の遺族から寄贈された蔵書の一部(欧文編)が「遠藤周作蔵書目録(欧文編) 光の序曲」として発行されていますので、遠藤周作の研究をしている人や熱心なファンにはありがたいことと思われます。遠藤周作の机や椅子、ランプ、ルオーの絵画「聖顔」(キリスト画像)も展示されていて、創作の現場が再現されており、また彼の著作が書棚に並べられていて、主なき机を見守っているようでした。
1階の受付では昨年の開設記念展のカタログ「ことばの森の住人たちーー町田ゆかりの文学者」も売られていました。江戸時代から現代にいたる町田にゆかりのある文学者が30余人取り上げられ、1人約2ページのスペースに、写真や資料をもちいて要領よく説明されています。「地域にゆかりの文学遺産をしっかり守り育てていることに、その街の心意気のようなものを感じます」という寺田前市長の言葉がしっかり受け止められているようでした。
文学館の建物は3階建てで、1階は資料閲覧室、市民文学コーナー、文学サロンになっています。2階は展示室と大会議室、3階は6つの小会議室ですが、ほとんどの部屋が使われていました。
1階には喫茶室「ぽれぽれ」があり、サンドイッチや手作りクッキーも食べられます。歩き回って疲れたのでコーヒーと手作りクッキーをいただくことにしました。喫茶店の係りの人と話しをしてみると、ここはもと公民館であったが、新しく公民館を駅の近くに造ったので、旧公民館の建物を文学館にしたのであるとのこと、そして利用料が安いのでいつも利用者がたくさんいるとのことでした。またこの「ぽれぽれ」という店の名前はスワヒリ語で「ゆっくり」という意味で、この店の運営や実行は身体障害者を中心になされているとのことでした。クッキーを作ったのも、コーヒーを入れてくれたのも、そうした身障者であり、ていねいに心を込めて作ってくださったものをおいしくいただき、文学館の入り口に植えられた南京ハゼの木のまだ緑で涼やかな葉の向うに見える青空を爽やかに仰ぎながら帰途につきました。
人口40万人の町田市の市長と市民の文学への関心の高さ、企画者の熱意、身体障害者への心やりなど、学ぶべきものが多い文学館訪問でした。(2007年10月29日記)