先日(11月7日)学会が徳島市で開かれたので、モラエス館と徳島県立文学書道館を訪問した。小春日和の美しい一日であった。
徳島は初めてであったのでいろいろ見て回りたかったのであるが、学会のために行ったので、市内見物もあまりできなかった。ただ、日曜日の朝、ロープウェイで眉山に登り、モラエス館を見学した。ポルトガル出身の軍人にして外交官、そして文人のモラエス(1854〜1929)は、ハーンと並ぶ日本通の外国人として知られている。モラエス館は展望台に上る途中にある狭い部屋で、写真と遺品と著書などが並んでいるばかりであるが、その一隅には生前の純日本趣味の居間兼書斎が再現されていて、愛用の書画・机・脇息などがあり、窓からは徳島の風景が見える。そして眉山の下にはモラエスと小春の夫婦墓がある。このモラエス館は1976年に作られた小さな記念館ではあるが、徳島を愛し、徳島で死んだモラエスを悼む徳島市民の愛情の一端を感じるものであった。モラエス館の上の展望台からの眺めは素晴らしく、吉野川とその支流やいくつかの小川によって作られたデルタの上の徳島の市街は広島の町にも通じるが、吉野川の河口は雄大で伸びやかなものを感じた。モラエスはこの眉山に登り、吉野川が注ぐ瀬戸内海を見て、はるか遠くの故郷ポルトガルを偲んだこともあったろうかと思った。
学会の後で徳島県立文学書道館を見学した。午後5時で閉館なのに4時半近くになって入館したので、文字通り見学したに過ぎないが、感想を書いてみたい。
この「言の葉ミュージアム」と肩書きをつけた「文学書道館」は、名前の通り文学館と書道館が一緒になった珍しいものである。平成14年に設立されたものだそうで、設立当時話題になった新しい文学館である。
地図を見ると徳島駅からも徳島大学からも徒歩で15分ほどの便利な所にある。徳島駅の北側は徳島中央公園で、もとは蜂須賀藩の城があったところである。公園を越えて、助任川を渡れば間も無くで、徳島中学と鳴門教育大学付属小学校に挟まれた静かな文教地区内にこの文学書道館はあった。
手に入れた小さなパンフレットでは建物の姿が分からなかったが、近づいてみると、モダンな茶色の建物の偉容に驚かされる。なぜか、もっと小さなものを想像していたのである。中に入るとゆったりとしたスペースに再び感心する。東西に2棟の茶色い3階建てのコンクリート建造物を造り、その間の空間をつなぐ透明の建物を造って、その南北に入り口を設置しているのだが、明るい広々としたエントランスの空間は3階まで吹き抜けになっていて、しかも南北がガラスなので外にいるような明るさである。
1階には図書閲覧室と特別展示室、ギャラリーとサロンがある。今回は中林梧竹の特別展をやっており、彼の書ばかりでなく、中国のあらゆる時代の書・書体を研究したと言われる中林にふさわしく、中国将来物や中国の篆刻の拓本なども展示されていて、彼の独特な書の由来を明らかにしている。書道家や書道愛好家ばかりでなく、画家やデザイナー、あるいは日中文化交流に関心のある者も大いに刺激を受けるであろうと思われる展示であったが、時間がないので3階に上った。(2階は実習室、会議室などになっている)
3階には文学常設展示室と書道常設展示室、収蔵展示室のほかに瀬戸内寂聴記念室がある。実は瀬戸内寂聴記念室が一番大きい部屋であり、そこにその他の展示室が付属している感もあるが、いずれの部屋も離れて作られていて、それぞれ大きな部屋なので独立した感じでもある。半時間で走るように見たので、詳しいことは語れないが、徳島の人々の文学や文化を愛する気持ちと、郷土に関係した文学者(小説家、詩人、歌人、俳人ばかりでなく随筆家、翻訳者、評論家、学者までも含む)を誇る気持ちが分かる展示であった。
徳島市出身の瀬戸内寂聴や、海野十三、野上彰、さらには徳島県出身の富士正晴、生田花世、悦田喜和雄などは当然のことながら、徳島県内で育った賀川豊彦、北條民雄、徳島市に疎開した森内俊雄なども大切にされている。その他、多くの歌人、俳人が紹介されている。
また、徳島の場所・人・文化を描いた作家とその作品の一節も大事にされている。その中には林芙美子の『放浪記』や、井伏鱒二の『多甚古村』、吉川英治の『鳴門秘帖』の他に司馬遼太郎の『街道をゆく』の一節までも展示されている。さらには『万葉集』から近代に至る歴代の文学的事象を年表にした大きな壁面もある。
郷土を愛するということは郷土の歴史を知り、郷土の文化に誇りを持ち、郷土を描いた人々を大事にするということであるということを教えてくれる「徳島県立文学書道館」であった。徳島市にはほかにも徳島県立近代美術館、徳島県立博物館、徳島県立文書館があり、隣接する鳴門市には鳴門市賀川豊彦記念館、大塚国際美術館などがある。文学や美術、書道などが好きな人には魅力的な所であるとお勧めしたい。
私も、自然が美しく、人情もゆったりとした徳島にモラエスが晩年に住み着いたのもわかるような気がして、今度はゆっくりと時間をかけて来てみたいと思った次第である。(2004年11月11日記)