研究室で仕事をするのにパソコンが必要不可欠となってからもうどれくらい経つだろうか。文書作成専用機(ワープロ)が幅を利かせた時期もあったが、通信機能をもったパソコンが主流になった。そしてまたたくうちにインターネットが普及した。図書館で蓄積されている情報も電子化されるようになり、研究・教育に必要な情報のかなりの部分をインターネットを通じて入手できるようになった。研究成果をホームページや電子ジャーナルで発表するというスタイルも定着しつつある。
このたび広島大学を卒業・修了される皆さんはよくご存知のように、広島大学では2002年度後期から、「学生情報システム もみじ」が稼働するようになって、シラバスの閲覧から、聴講受付、履修確認、成績情報まですべてパソコン端末からオンラインで処理することができるようになった。IT(情報技術)の発展と普及はまことに目覚ましいものがる。
文学資料の収集・保全
一方、ITとは無縁に見える世界がある。文学資料の収集・保全である。作家が書き残した原稿や私信やメモ、作品の初出掲載誌や初版本などを収集・保全するという地味だが大切な仕事である。これらの資料は、それ自体歴史的・文化的価値のあるものだが、研究者が作家研究、作品研究を行う場合には不可欠の資料となる。
広島に生まれ育った作家はたくさんいるし、広島を舞台にした文学作品は数多い。何よりも、1945年8月6日の原爆による悲惨とその意味を問うた作家と作品は、今後人類が生き延びていくために、広く長く読み継がれ、語り継がれなければならない。原爆文学は人類史的な意義を有しているのである。
ところで、原爆文学を含めて、広島ゆかりの作家や作品にかかわる資料は、体系的に収集・保全されているだろうか。残念ながら、広島にはそのような施設はない。1987年に「広島文学資料保全の会」という市民団体が誕生し、広島市に対して文学館の設立を要請するとともに、文学資料の収集作業に着手した。その結果、多くの文学資料が発掘され収集されたが、未だに文学館設立の目途はたっていない。収集された2万点近い文学資料は、広島市に寄贈され、暫定的に広島市立中央図書館の文学資料室に収納されているが、多くの資料は未整理のままとなっている。
文学資料の電子化------ネット版「広島文学館」
そこでITの利用である。今のところ、文学館設立の展望が見いだせないなら、ITを利用してネット上に文学館を作ろうというアイデアである。かなり以前から研究・教育にホームページを利用してきた筆者が言い出しっぺとなって、ネット版「広島文学館」http://home.hiroshima-u.ac.jp/bngkkn/を立ち上げたのは、2001年の春のことだった。
ネット版「広島文学館」の内容(コンテンツ)としては、「広島に文学館を!市民の会」など広島で文学運動を進めている民間組織の詳細な活動記録、2001年夏に開催された「原爆文学展 5人のヒロシマ」の記録、さらに「文学資料データベース」などがある。著作権の問題などがあって、収録・掲載できる文学資料には限界があるが、原民喜の「原爆被災時のノート」、峠三吉『原爆詩集』の「序詩」(ちちをかえせ ははをかえせ……)の成立をめぐる好村冨士彦氏の論考などを読むことができる。(好村氏は、広島大学文学部でドイツ文学・ドイツ思想を講ずるかたわら、「広島文学資料保全の会」代表幹事として、長年、文学資料の収集・保全に尽力されたが、2002年9月、逝去された。)また、栗原貞子さんの詩「生ましめんかな」をはじめ、現在、広島で活躍している詩人たちの作品も読むことが出来る。
原爆文学は人類史的意義がある、と述べた。インターネットは世界に通じている。ネット版「広島文学館」に英語版(さらに他の言語)ができれば、より多くの人々に読んでもらうことができる。早く英語版を構築したいと願っているが、マンパワーも資金もない現状では残念ながら手が回らない。
ネット上に文学館を構築するというアイデアは、多くの人が考えつくようで、最近「ネットミュージアム兵庫文学館」http://www.bungaku.pref.hyogo.jp/が「開館」した。この文学館は兵庫県が約5千万円の費用をかけて開設したとのことで、さすがにコンテンツは充実している。音が出るし、画像も豊富で動画もある。
ネット版「広島文学館」は、その規模と内容の豊富さでは「ネットミュージアム兵庫文学館」に較ぶべくもないが、志の高さでは、あるいは想いの深さでは決してひけをとらないと自負している。広島大学で学ばれた皆さんの中には、(広島の)文学を愛する方、外国語に堪能な方、IT技術に自信のある方、そして「平和を希求する精神」(広島大学の理念)に富んだ方が数多くおられるだろう。そこで、拙文をここまで読んでくださったあなたにお願いしたい。あなたの知識/技術/情熱を、ネット版「広島文学館」の充実に、そして広島文学館の設立に向けた運動に、ほんの少し振り向けていただけないだろうか。(なりさだ かおる/科学史・科学論)