文学館がほしい

大井健地

広島市立大学教授


回顧でなく創造のため

 よく知られた「夏の花」三部作のほかにも原民喜の散文をたどっていると,この地上以外のところへもつつましい道が通じているようで,いつまでも尽きない思いになる。僕がついついと読みふけったのは講談社文芸文庫版『原民喜戦後全小説(上・下)』の2冊。去年かおとどしか,わざわざ見に行った神奈川県立近代文学館の原爆文学展で買った本だ。

 さて,その展覧会のことだが,広島市提供の資料も多かった。他郷でその存在を誇らしくも思ったが,同時にどうして広島に文学館がないのか残念であった。ちゃんとした文学館があれば資料はおのずからもっと集まるだろうに。文学館の活動としての常設展,企画展,そして調査研究の盛行はこれまたおのずから文学への愛好と関心を深めるだろうに。

 現今,この世界に欠けているのは文学的想像力ならびに文学教育だ。

 ある時,電車内を見まわしてびっくりした。座席に坐った人みんなケイタイを操作しているのだ。ある時,バスの窓から外を見てもっとガク然とした。自家用車,宅急便,トラック運転のみなさん十中八九,片手運転で右手はケイタイを耳にあててお喋べり中なのだ!(一部ほおに手をあてる,又は清涼飲料水のカンをもてあそんでいる例もあったかも)。それにしてもおそるべきことではありませんか。

 車を運転中に本を読んではいけない。あたりまえだ。だから一般にモータリゼーションは人を本から遠ざける。TVは,パソコンは,そしてケイタイは,全て人を本から遠ざける条件を一般的に増している。本=文学ではないにしても電子機器の技術的進歩は人間を文学から疎外させるのではないか。回顧のためでなく,創造のために文学館が必要なゆえんだ。

 

文学の役割

 今年の8月6日,小泉首相より秋葉市長のほうが完全に良かった。平和公園の朝の式典スピーチのこと。首相のは実態と裏腹。中味がないし自信もないから聞きとれないほど迫力がない。市長のいうとおり,度しがたいのは「戦争並びに核兵器容認の風潮」である。しかし市長の平和宣言でひとつ気にかかったセリフがある。

 「人類は未だにその惨状を忠実に記述するだけの語彙を持たず,その空白を埋めるべき想像力に欠けています」と。

 これは第一義的には文学の役割ではないか。そうであれば,そんな断定をおっしゃるなら,広島市長さん,すぐにも広島に文学館があるべきだ。議会も市長もよく考え大胆な発想で行動を起してほしい。誤解を恐れず言明すれば橋やトンネルをつくるより,今必要なのは文学館(文学を主柱とした複合的な社会教育施設・文学博物館)でしょう。

 

人間の共有の文学

 しかしなぜ、この件は市まかせなのか。「広島に文学館を!市民の会」はあるが、「広島県に文学館を!県民の会」はなぜ発想されないか。

 以下、県域全体の視野で具体的なことを記す。

@“ヒロシマ”,“ヒバクシャ”が重要。核をとるか人をとるかが問われているのだ。核問題は21世紀において正念場の課題。その意味でこれは郷土文学館ではなく,地球的人類史的である。市専有問題ではなく人間の文学の問題。

A“歴史”が重要。日清戦争,大本営,宇品,侵略,植民地。たとえば「閔妃暗殺」と広島の関わりなど。8・6に到る“歴史”の表現に繊細でありたい。感覚で触れたい。

B“若者”が重要。夏の若人向け,新潮・角川文庫のラインアップと生涯学習の読書とはどうつながるか。漱石『こころ』,鴎外『舞姫』,中島敦『山月記』,梶井基次郎『檸檬』等々は21世紀の文学にどんなかけはしを築くか。日本語で表記された文学遺産を新しい人はどうひきつぐか。コミック,劇画,アニメの領域や大衆文化,サブカルチャーというものへも視野を広めたい。

C近代の物故作家に限らず,思い切って現代ただいま活躍中の人たちや、近世の文人たちも扱ってもらいたい。前者では例えば尾道出身の高橋源一郎。過日岡山の吉備路文学館で原田宗典展を見たが,現存の若い作家ゆえの活力があり,作家本人のサービスぶりが好ましかった。作家を育ててもいる。後者では例えば備後地域の漢詩人たち。

 

文学館は運動だ

 拙文の主題は文学館。市立図書館の検索機で文学館を「主題」で引いてみるが,出てこない。「書名」で引くと十数冊を紹介してくれる。その一冊,榊原浩『文学館探索』新潮選書97年9月刊、の巻末「全国の主要な文庫・文学館」リストに広島県では3館が挙がる。収録300館中3館。これは遅れている。“後進”的だ。

 文学館は運動である。発掘し創造し,価値をつくる住民の啓発的参加型学芸活動。収集対象の文学資料も光をあてなければホゴのままボロのまま朽ちるのだ。

 60年代か,文化会館,文化センターの類を自治体がこぞって建設した。競って建物だけ立派な。いわゆるハコモノ行政。当時,欠けていたのは研究職としての学芸員を擁し養成し専門的研究活動を深める施策と住民に開かれた姿勢。いうところのソフト面が大切なのだ。

 社会教育施設の秘訣は大胆な人材活用である。「広島県に文学館を!県民の会」を考えれば,広島県立図書館友の会こそ達成感のある仕事として文学館設置行動に立ち上ってよい。「広島県立文学館」の名を誇らしく口にできる日はいつか。

 野間宏の遺言は,「文学だ,文学です」だった。


「広島県立図書館友の会ニュース」(2004年9月30日)