「広島に文学館を! 市民の会」のこれまでの活動の経緯と今後の改変について

 

「広島に文学館を!市民の会」事務局

201021

 

 

はじめに

「広島に文学館を! 市民の会」は2001年に発足しましたが、広島市に文学館を要求する市民運動は、「広島文学資料保全の会」(1987年から活動、「市民の会」発足により活動休止)の活動を受け継ぎ今年で23年を迎えようとしています。以下に両者の活動の経緯を簡単に述べます。

 

1987年――「広島文学資料保全の会」発足

 「広島文学資料保全の会」は、1987年春に発足して以来、文学館建設を求める要請署名運動(署名数6264人、荒木広島市長に署名を提出、877月)をはじめ、峠三吉資料の発掘(878月)とその後の資料整理、この資料のなかに含まれていた『原子雲の下より』未掲載原稿をまとめ、『行李の中から出てきた原爆の詩』(暮らしの手帖社、908月)として刊行、さらに「文学展」の開催など大きな足跡を残しました。 また、正田篠枝資料は『さんげ 原爆歌人正田篠枝愛と孤独』(社会思想社、957月)に結実しました。原民喜資料(佐々木基一所蔵)は、広島中央図書館への寄贈の橋渡しを行い、資料整理を担うなど積極的役割を果たしました。

 こうした資料は、「文学館」という受け皿がなく、中央図書館内に設置された「広島文学資料室」(「資料保全の会」発足を意識して、急遽8710月設置された)に寄贈されました。

 

2001年――「広島に文学館を! 市民の会」発足

 「広島資料保全の会」の活動を受け、20011月、直接的に「文学館を要求する」市民運動として、「広島に文学館を! 市民の会」が発足しました。

 これは「旧日本銀行広島支店」(原爆遺跡・中区)の保存・活用が広島市から提起され、それに積極的に応え、「文学館として再利用すべき」ことをアッピールするのを一つの目的に出発しました。

 具体的には「旧日銀」の見学、「旧日銀保存活用検討委員会」の傍聴をはじめ、「原爆文学展――五人のヒロシマ」(原民喜・大田洋子・峠三吉・正田篠枝・栗原貞子の五人の文学展、旧日銀)を行い、空調設備などの不備にもかかわらず、3000人以上の多くの人に観ていただきました。

 開催中にも、記念講演、朗読会、バイオリン演奏会など、多彩な取り組みを行い好評を得ました。

   * 旧日本銀行広島支店(中区)「活用検討委員会」は幾度か開かれたが結論は出ず、現在、

貸しギャラリー・展示会場として使用されています。

 

2002

 「原爆文学をつなぐ作家たち<広島在住の作家たちによる自作原爆作品をめぐって>」をテーマに、連続12回の「朗読と市民の会例会」を行い、広島文学の発展のために貢献しました。

 また、現在では恒例の行事となっている「8・15原爆・反戦詩を読む市民の集い」(「広島花幻忌の会」と共催、815日、原爆ドーム東側)の開始はこの年からであり、今年(2010年)で9回目を迎えようとしています。

 

2003

 峠三吉没後50年にあたり、「文学資料展」(4月、市民交流プラザ 8月西条ギャラリー「白壁」)、記念講演会(講師・那須正幹氏)シンポジウム、ギャラリートーク、また、「文学館設立へ向けたアクションプログラム」T・Uなどの活動を展開。

     広島市長選挙立候補者に公開質問状を提出(1月)

     広島市長とのタウンミーティングに参加・発言(5月)

     福岡市文学館・福岡市総合図書館見学(6月)

 

2004

 トヨタ財団からの助成を受け、電子化と英訳プロジェクトを立ち上げ、いくつかの作品を電子化・英訳(詳しくは「広島に文学館を! 市民の会」のホームページ「広島文学館」を参照)。

 

2005

 36日、栗原貞子さん没。「追悼・栗原貞子文学展」(7月、市民交流プラザ、8月、西条ギャラリー「白壁」)、記念シンポジウム(8月、市民交流プラザ)など。

 4月に広島市立中央図書館は「文学資料室」の専属嘱託を1名募集し採用(前年私たち「市民の会」と広島市市民局文化課ならびに広島市立中央図書館との交渉の結果と思われる)。

     レストハウス(旧大正屋呉服店)有効活用に関する懇談会(5月)

     広島市市民局文化課および中央図書館との資料保全・活用方策について折衝(11月)

 

2006

 第1回文学散歩「夏の花をたどる」(6月)、第2回文学散歩「大田洋子の足跡をたどる」(6月)

さらに、「大田洋子文学展」(9月、市民交流プラザ)、大田洋子シンポジウム(12月、女性教育センター)など。

 

2007

 電車でめぐるヒロシマ散歩(4月)、 峠三吉『原爆詩集』最終草稿を甥の峠鷹志氏より寄託されたことにより、「ちちをかえせ ははをかえせ――『原爆詩集』のできるまで」展示会(5月〜8月、原爆資料館)、シンポジウム「峠三吉を語る」(ゲスト御庄博実氏)、6月、広島平和記念資料館)、「みつめなおす峠三吉・原民喜」(7月、広島平和記念資料館)、「峠三吉文学資料展」(11月、広島大学中央図書館)など。

 

2008

 ふくやま文学館訪問(山代巴展の鑑賞、それにともなう朗読会・文学紀行に参加)(2月)、金沢市の五文学館訪問・関係者と懇談(23月)、東京・横浜三文学館訪問(7月)、関西・信州三文学館訪問(11月)など。

 

2009

 「広島に文学館を!市民の会」の仲介で栗原貞子文学資料が広島女学院大学に寄贈されたことにより、栗原貞子記念平和文庫の開設(同大学図書館2階)や、栗原貞子文学資料の整理・開設記念小冊子『生ましめんかな』(全68頁、7月刊)発行協力など。

「栗原文庫、護憲の碑、丸木位里・俊さんふすま絵をめぐるバスツアー」(10月)

 

この間、出版物として次のものを刊行してきました。

*ブックレットVOL1『栗原貞子を語る 一度目はあやまちでも』(067月刊、700円)

*ブックレット   2『大田洋子を語る 夕凪の街から』(077月刊、800円)

*ブックレット   3『峠三吉を語る くずれぬへいわを』(08年7月刊、700円)

*絵はがき『ひろしま文学散歩』(12枚セット・マップ付き 500円)

 

活動の転換をはかります

 

 広島市に文学館を要求する運動は「広島文学資料保全の会」の活動を含め23年になろうとしています。

 前述のとおり、署名運動をはじめ、資料の収集、文学資料展の開催、朗読会、シンポジウム・研究会、ブックレットの発行、文学散歩などさまざまな活動を通じ「文学館」の必要性を訴えてきました。

 具体的には、市民局文化課などとの折衝において、旧日本銀行広島支店やレストハウス(旧大正屋呉服店)の有効活用案、ウェブ上の文学館などさまざまな費用のかからない構想を提示してきました。しかしながら、秋葉市長は「貴会が<文学館>とだけかけ声をかけ、その中味総てを行政が考え、企画するのではなく、是非とも実現可能なより具体的な提案をされることを希望します」(20073月、市長選での公開質問状への返答)と、この間の経緯をも無視した、的はずれの、一方的回答をしてきました。

 現在、文学館にかわるものとして広島市中央図書館に「広島文学資料室」を設けていますが、資料収集予算がゼロであることに示されるように、資料の保存・整理・研究・公開・活用のシステムすら確立する意欲がないと言わざるをえません。

 こうした状況にかんがみ、もはやほとんど現実性の乏しい、文学館を要求するための「広島に文学館を! 市民の会」の活動を停止し、以下のように活動の転換をはかります。

 

1 「広島に文学館を! 市民の会」の活動を20103月末で停止し、今後、文学資料の収集・保全・研究を含めた市民組織「広島文学資料保全の会」として活動します。

2 「広島に文学館を!市民の会」の財政は、そのまま「広島文学資料保全の会」が引き継ぎます。

3 事務局は、広島市中区本川2丁目129301(電話・FAX:0822917615)に置きます。

4 「広島に文学館を! 市民の会」会員の皆さんには、継続して「広島文学資料保全の会」の会員として登録していただけるようはたらきかけます(ハガキを同封しますので、2月末日までにご意見をいただくとともに、会員継続の諾否の判断をいただきたいと思います)。

5 これからの活動については、今後相談して行きます。

6 これまでの活動への支援に感謝し、ブックレットVOL2『大田洋子を語る』、VOL3『峠三吉を語る』を「広島に文学館を!市民の会」会員に謹呈します(なお、VOL1『栗原貞子を語る』は残部僅少のため、必要の方は別途申し込みください)。

 

     休止している「広島文学資料保全の会」の代表は古浦千穂子、事務局長は池田正彦となっており、役員は当面そのまま踏襲し、4月以降役員(運営委員)を補充します。

     会費は、当面年間1000円とします。

     「広島に文学館を!市民の会」ホームページ

http://home.hiroshima-u.ac.jp/bngkkn/index.html
 ならびに、郵便振り込み番号 01390434871はそのまま踏襲します。