幹細胞機能学研究分野

 幹細胞機能学研究分野は広島大学原爆放射線医科学研究所・放射線災害医療研究センターに属しており、放射線による急性及び晩発性障害による造血不全や白血病等の難治性疾患に対して、再生医学の観点から先端的な治療戦略を開発することを目指している。造血幹細胞移植療法は再生医療の原型であり、最近ではさい帯血を用いた移植がその半数を占めるに至っている。教授 瀧原義宏は設立以来、京阪さい帯血バンクの適応判定委員を勤めているが、当バンクは開設8年目に当たる平成21年度には供給さい帯血数で全国第一位の実績を挙げるに至った。しかし、充分な細胞数を有するさい帯血は1割に満たず、移植に供することのできる良質なさい帯血の確保が最重要課題である。そこで、当研究分野では、造血幹細胞の増幅法の開発を目指して、造血幹細胞の活性を支持する分子基盤に焦点を当てて研究を進めている。

[1]ポリコーム遺伝子群(PcG)による造血幹細胞制御の解析
 造血幹細胞の活性を制御する分子基盤にアプローチすることを目的として、その内的因子から解析の糸口を見つける方針を採った。ショウジョウバエの遺伝学的解析から発見されたPcGは転写をサイレンス化するとともにそれを維持する細胞メモリー機構を構成していると考えられてきたが、小児の難治性白血病であるmixed lineage leukemiaに好発する染色体転座点11q23から見つかったMll遺伝子が活性化された転写状態を維持するというPcGと相反した機能を有するショウジョウバエのトリソラックス遺伝子のヒト相同遺伝子であることからも、PcGが造血制御においても重要な役割を果たしていることが推測された。そこで、独自にマウス及びヒトの相同遺伝子を単離し(Differentiation 1994, 1999; J. Biochem. 1996; Gene 1999; DNA seq. 2000)、遺伝学的解析と生化学的解析の両面から解明を進めた。まずノックアウトマウスを作製し(Development 1997)、造血幹細胞の活性を維持するにあたりPcGが必須な役割を果たしていることを初めて見つけた(J. Exp. Med. 2002; Eur. J. Haematol. 2004; Int. J. Hematol. 2000)。その後、PcGによる幹細胞制御はES細胞から造血幹細胞、神経幹細胞、神経堤細胞、そして白血病幹細胞にまで及ぶことが他の研究グループから報告されている。

[2]造血幹細胞の活性を支持するPcG複合体1の分子機能

1)従来から知られているPcG複合体1の分子機能と幹細胞制御における役割
 PcGの分子機能についても解析が進み、PcGによる転写のサイレンス化の機構も解ってきた。PcGの遺伝子産物はPcG複合体1と2の2種類の複合体を形成するが、まずPcG複合体2が結合しヒストン脱アセチル化酵素やDNAメチル基転移酵素をリクルートし転写を抑制する。そしてヒストンH3の27番目のリジン(H3K27)をメチル化することによってクロマチンに指令暗号としてヒストンコードを設定する。次にこの指令暗号を認識してリクルートされてきたPcG複合体1が近傍のヒストンH2Aの119番目のリジン(H2AK119)をユビキチン化し転写の開始とelongationを共に抑制することによって遺伝子の転写をサイレンス化する(細胞工学 2004; 実験医学 2004)。では、PcGはどのようにして幹細胞機能を支持する役割を果たしているのであろうか? 今のところPcG複合体1はp16CKIやp19ARFをコードし細胞老化を制御するInk4a遺伝子座の転写を抑制することによって幹細胞の活性を維持すると考えられている。しかし、Ink4a遺伝子座が欠損してもPcGの高発現によって造血幹細胞の活性が誘導される等々の理由によりInk4a遺伝子座の転写制御だけではPcGによる幹細胞の活性制御機構を理解するには充分ではなく、PcGが幹細胞活性を支持する機構には新たな側面があることが予測された。

2)PcG複合体1の分子機能の新しい側面
 研究室では、PcG複合体1がDNA複製の準備状態を形成するライセンス化因子Cdt1の抑制因子であるGemininと直接結合し、DNA複製開始制御に関っていることを新たに見つけた(Nature 2004)。そこで、バキュロウイルスベクターを用いた遺伝子導入系を駆使し昆虫細胞中に再構築したPcG複合体1を抽出精製し、PcG複合体1がGemininに対するE3ユビキチンリガーゼ活性を有することを生化学的に証明することに成功した(図1)(PNAS 2008)。細胞周期においてGemininとCdt1は逆の発現動態を示すが、GemininはCdt1の働きを抑制することによって再複製を防ぎ一細胞周期において一度だけのDNA複製を保証している(DNA複製のライセンス化)(図2)。同様な機構がG0期からG1期への移行にも関わっていると考えられている。またGemininはクロマチンリモデリングを抑制することやコリプレッサーとしての機能を有しており、未分化性を維持する役割も担っている。したがって、PcG複合体1が欠損したマウスの造血細胞においてはGeminin が蓄積し、造血幹細胞活性が廃絶したものと考えられた(PNAS 2008; Int. J. Hematol. 2008)。
 
[3]造血幹細胞の活性を制御する中核因子Geminin
 Hoxb4は自己複製能を含めた造血幹細胞活性を誘導することで最も良く知られている因子であり、Pbx1等と複合体を形成し、転写制御因子として機能していると信じられている。PcG複合体1の欠損したマウスにおいては、Gemininが蓄積することによって造血幹細胞活性が廃絶することは前に述べた通りであるが、興味深いことにPcG複合体1の欠損したマウスにおいて廃絶した造血幹細胞活性をHoxb4の導入によって遺伝学的に相補できることを研究室で見つけた。分子レベルにおいて詳しい解析を行った結果、Hoxb4が結合したRoc1-Ddb1-Cul4a(RDCOXB4)複合体 はPcG複合体1と同様にGemininに対するE3ユビキチンリガーゼとして機能し、Gemininタンパク質の安定性を制御することによって幹細胞活性を調節していることが解った(図1)(PNAS 2010)。さらに、難治性小児白血病をはじめとした各種白血病の発症とそれらの予後不良因子として知られているHoxa9も同様にRDCOXA9複合体を形成し、 RDCOXB4複合体よりもさらに強力なGemininに対するE3ユビキチンリガーゼとして機能することが明らかとなった(PLoS ONE 2013)。興味深いことにGemininの発現レベルはポリコーム複合体1とHoxa9/Hoxb4によって形成される制御ネットワークによって巧妙に維持されている(MCB 2013)。 Gemininは造血幹細胞では高い発現を示すが、分化し造血前駆細胞になると急速にその発現が低下する。一方、Cdt1の発現は逆に造血幹細胞では低く、造血前駆細胞になると上昇する(図3)。このことは、造血幹細胞は未分化性を維持しながら多くの細胞がG0期にあり、一方、造血前駆細胞になると分化を開始するとともに活発な増殖活性を示し造血を担っているという生物活性と良く一致している。これらの発現動態からも、Gemininが造血幹細胞の自己複製と分化の誘導を掛け分ける分子スイッチの役割を果たしていることが強く予測される。そこで、Gemininに焦点を絞り、造血幹細胞の活性を支持する分子基盤を明らかにするとともに造血幹細胞の増幅法の開発やがん幹細胞の制御法を開発することを計画している。さらに白血病発症やその悪性化にも関わっていることが予想され、詳しい解析を進めている

[4]展望
 Geminin を可視化しGemininの発現動態を生細胞中で詳細に追跡可能にするために黄色蛍光タンパク質EYFPをGeminin遺伝子にノックインしたマウスを作製するとともに、レトロウイルスベクターを用いてGemininを高発現あるいはノックダウンする実験系をすでに確立しており、Gemininに焦点を当てて造血幹細胞の活性を支持する分子機構の解明とそれを応用した造血幹細胞の増幅法の開発を目指して研究室を挙げて取り組んでいる。これらの知見及び技術は単に造血幹細胞だけに留まらず、他の正常幹細胞やがん幹細胞をも含めた幹細胞システムの活性操作に応用できることが期待される。
 さらに、原医研血液内科(三原圭一朗 講師)や広島大学医学部小児科(小林正夫 教授)と共同で、白血病(Leukemia 2011; Ann. Hematol. 2011; Cancer Sci. 2011)、骨髄異形成症候群(Blood 2006)、好中球減少症(J. Med. Genet. 2008)、先天性免疫異常(J. Med. Genet. 2007; J. Clin. Immunol. 2011)やβ酸化異常症(Human Genet. 2010)についても分子レベルで病因解析を進めている。

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