Research

分子クラスターのレーザー分光研究

 気体の水分子は、酸素原子と水素原子の距離が0.958Å、2つの水素原子と酸素原子のなす角度が104.5°とその構造が詳しく調べられています。 しかし、気体の水分子の構造が分かったからといって、液体の水が分かるわけではありません。液体の水を特徴づけるのは、酸素原子側にある孤立電子対と 水素原子に働く水素結合です。水素結合の力で分子量が小さいにも関わらず、水は室温で液体の状態を保つことができます。

 それでは、いったい何個の分子が集まると、気体から液体の性質へと変化するのでしょうか?(図1) このような、素朴で基本的な研 究をできるのが、分子間錯体、あるいは分子クラスターと呼ばれる分子集合体です(図2)。分子クラスターは、水素結合やファンデル ワールス力で結ばれた分子集合体で、気相と凝集相(液体、固体)との中間の性質を持ち、超音速分子線(図3)を用いて発生させることができます。

図1

図2



図3


 気体分子を、数気圧の希ガスに混ぜて小さな口径のノズルから、10-6 torr程度の真空中に噴出すると、 断熱膨張により数Kの極低温になった分子が生成されます(超音速ジェット法)。その超音速ジェット中には弱い 分子間力や水素結合で結ばれた分子クラスターが含まれます。分子密度が極めて低いので、構造や物性の精密な情報 を得るにはレーザー光線を用いた、超高感度分子分光法を用います。ナノ秒からピコ秒の短パルスレーザー を分子クラスターに照射することで、分子クラスターの様々な応答(吸収、発光、散乱、イオン化)を観測し、 それらを解析することによって、幾何構造、化学反応、光エネルギー転換メカニズムを調べることができます。

 液体の水に限らず、水素結合は、溶質-溶媒間相互作用やプロトン移動反応、さらには生体分子の高次構造の構築など、我々の周りの世界でどこでも見られ、 非常に重要な役割を果たしています。私たちは、そのような生命現象を司る水素結合ネットワーク構造や、反応性を分子レベルで研究しています。

 以下に、研究結果を箇条書きします。

(1)中性の水素結合クラスターの構造決定のための超高感度振動分光法(赤外-紫外二重共鳴分光法、誘導ラマン-紫外二重共鳴分光法)の開発(図4)
図4


(2)超高感度振動分光法による中性分子クラスターの構造決定

1. "Size-selected vibrational spectra of phenol-(H 2 O) n   (n = 1-4 ) clusters observed by IR-UV double resonance and stimulated Raman-UV double resonance spectroscopies. " T. Watanabe, T. Ebata,
S. Tanabe and N. Mikami, J. Chem. Phys. 105, 408-419(1996)

2. "Characterization of hydrogen-bond structures of 2-naphthol-(H2O)n   (n=0-3 and 5) clusters by IR-UV double-resonance spectroscopy"
Y. Matsumoto, T. Ebata and N. Mikami,
J. Chem. Phys. 109(15), 6303-6311 (1998)

3. "Mode dependent intracluster vibrational energy redistribution rate in size- selected benzonitrile-(CHCl3)n=1-3 clusters. " R. Yamamoto,
T. Ebata, and Naohiko Mikami, J. Chem. Phys. 114(18), 7866-7876 (2001)

(3) ピコ秒レーザーによる分子クラスターの振動エネルギー緩和の実時間測定(図5)
図5

1. "Picosecond IR-UV pump-probespectroscopic study on the dynamics of vibrational relaxation of jet-cooled phenol I -IVR of the OH and CH stretching vibrations of bare phenol-. ", Y.Yamada, T. Ebata, M. Kayano, and N. Mikami, J.Chem. Phys. 120, 7400-7409 (2004)

2. "Picosecond IR-UV pump-probe spectroscopic study on the dynamics of vibrational relaxation of jet-cooled phenol II - IVR of the OH stretching vibration of hydrogen-bondedclusters ", M. Kayano,
T. Ebata, Y. Yamada, and N. Mikami, J.Chem. Phys. 120, 7410-7417 (2004)

(4)ピコ秒レーザーによるOH振動緩和の量子ビートの始めての観測

 1."Real time detection of doorway states in the intramolecular
        vibrational
energy redistribution of the OH/OD stretching
        vibration of phenol.",
Y. Yamada, N. Mikami and T. Ebata,
        
J. Chem. Phys. 121, 11530-11534 (2004)

(5)電子励起水素結合クラスターの水素原子移動反応の実時間測定

1."Hydrogen transfer in excited pyrrole-ammonia clusters",O David,
        C. Dedonder-Lardeux, C. Jouvet, H. Kang, S. Martrenchard,
         T. Ebata and A. L. Sobolewski, J. Chem. Phys. 120, 10101-10110
        (2004)

(6)プロトン付加水クラスター[H+(H2O)n=1-25]の赤外分光

大サイズ[H+(H2O)n=1-25]クラスターがナノメートルサイズのケージ構造を形成することを発見。

 1."Infrared spectroscopic evidence for protonated water clusters
         forming
nanoscale cages. ", M. Miyazaki, A. Fujii, T. Ebata and
         N Mikami,
Science, 304, 1134-1137 (2004)

現在は、アミノ酸等の生体関連分子やその水和クラスターの安定性の研究を行っています。この研究は、タンパク質や酵素など生体関連物質の高次構造、 機能発現、伝達機能解明のための基礎的な分子レベルでの情報を与えると考えられ、将来の先端研究に貢献するものと期待されます。
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