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【目次】
1 はじめに 1
2 事故の概要 1
3 事故発生後の政府諸機関の対応の問題点 2
(1)原子力災害現地対策本部の問題点 2
(2)原子力災害対策本部の問題点 3
(3)残された課題 4
4 福島第一原発における事故後の対応に関する問題点 4
(1)1 号機のIC の作動状態の誤認 4
(2)3 号機代替注水に関する不手際 5
(3)1 号機及び3 号機の原子炉建屋における爆発との関係 6
5 被害の拡大を防止する対策の問題点 6
(1)初期モニタリングに関わる問題 6
(2)SPEEDI 活用上の問題点 7
(3)住民避難の意思決定と現場の混乱をめぐる問題 8
(4)国民・国際社会への情報提供に関わる問題 9
(5)その他の被害の拡大を防止する対策についての考察 9
6 不適切であった事前の津波・シビアアクシデント対策 10
(1)不適切であった津波・シビアアクシデント対策 10
(2)東京電力の自然災害対策の問題点 12
7 なぜ津波・シビアアクシデント対策は十分なものではなかったのか
13
8 原子力安全規制機関の在り方 14
9 小括 15
10 おわりに
1 はじめに 【T章1、4、6】
当委員会は、東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という。)及び福島第二原子力発電所(以下「福島第二原発」という。)における事故の原因及び当該事故による被害の原因を究明するための調査・検証を行い、被害の拡大防止及び同種事故の再発防止等に関する政策提言を行うことを目的として、平成23年5月24日の閣議決定により設置された。
当委員会は、同年6 月7 日の第1 回委員会以降、調査・検証を進め、福島第一原発及び福島第二原発を始めとする現地視察、福島第一原発の立地自治体の首長からの意見聴取、主として事務局を通じた関係者のヒアリング(同年12月16日現在で456名)等を行った。
この中間報告は、調査の途中段階のものであり、当委員会が調査・検証の対象としている事項の全てを取り上げたものではなく、また、中間報告で取り上げた事項であっても、事実関係の解明が未了のものもある。
当委員会は、今後も更に調査・検証を進め、平成24 年夏頃に最終報告を取りまとめて公表する予定である。
この概要は、中間報告のうち、問題点の考察と提言に当たるZ章の記述を中心に、必要な範囲でT章からY章の記述を加えた上で簡略化したものである。提言に相当する部分は太字で表記している。
2 事故の概要 【U、W、X章】
平成23年3月11日、福島第一原発及び福島第二原発は、東北地方太平洋沖地震とこれに伴う津波に見舞われた。地震の規模はマグニチュード9.0であった。津波は、福島第一原発において、15mを超える浸水高(小名浜港工事基準面からの浸水の高さ)が観測された。福島第一原発には、1号機から6
号機までの6基の原子炉が設置されており、地震発生時は、1号機から3号機までは運転中、4号機から6号機までは定期検査中であった。福島第一原発では、地震後、運転中の1号機から3号機までの自動スクラムは達成されたものとみられるが、地震と津波により、外部電源及び発電所に備えられていたほぼ全ての交流電源が失われ、原子炉や使用済燃料プールが冷却不能に陥った。1号機、3号機及び4号機においては、炉心の損傷により大量に発生した水素が原子炉建屋に充満したことによると思われる爆発が発生した。また、調査未了ではあるが、2号機においても炉心が損傷したと考えられる。福島第一原発からは、大量の放射性物質が放出・拡散し、発電所から半径
20km圏内の地域は、警戒区域として原則として立入りが禁止され、半径20km圏外の一部の地域も、計画的避難区域に設定されるなどして、これまでに、11万人を超える住民が避難した。現在もなお、多くの住民が避難生活を余儀なくされるとともに、放射能汚染の問題が、広範な地域に深刻な影響を及ぼしている。
3 事故発生後の政府諸機関の対応の問題点
(1)原子力災害現地対策本部の問題点 【V章5、Z章3(1)】
a オフサイトセンターの機能不全
原子力災害対策特別措置法(以下「原災法」という。)や政府の「原子力災害対策マニュアル」(以下「原災マニュアル」という。)の予定する災害対応においては、原子力災害が発生した場合、緊急事態応急対策の中心となるのが、事故現場に近い場所に設置される原子力災害現地
対策本部(以下「現地対策本部」という。)とされている。現地対策本部の設置場所として想定されているのが、現地の緊急事態応急対策拠点
施設(以下「オフサイトセンター」という。)である。福島第一原発のオフサイトセンターは、発電所から約5kmの場所に設置されていたが、今回、十分にその役割を果たすことができなかった。今回の事故においては、地震による交通機関の寸断・交通大渋滞等により要員のオフサイトセンターへの参集に支障が生じたこと、地震による通信インフラの麻痺、停電、食糧・水・燃料の不足等が生じたことのほか、施設に放射性物質を遮断する空気浄化フィルターが設置されておらず、放射線量の上昇により退去せざるを得ない状態となった。すなわち、@原子力災害が地震と同時に発生することを想定していなかったこと、A原子力災害を想定した施設であるにもかかわらず、その構造が放射線量の上昇を考慮したものになっていなかったことが、オフサイトセンターの機能発揮を妨げた。Aについては、平成21年2月の総務省の「原子力の防災業務に関する行政評価・監視結果に基づく勧告(第二次)」の中で既に指摘されていたが、経済産業省原子力安全・保安院(以下「保安院」という。)は、エアフィルターの設置等の具体的措置は講じなかった。政府は、オフサイトセンターが大規模災害にあっても機能を維持できる施設となるよう速やかに適切な整備を図る必要がある。
b 現地対策本部への権限委任の問題点
原災法では、原子力災害対策本部(以下「原災本部」という。)長は、その権限の一部を現地対策本部長に委任することができることとされて
いる。しかし、今回の事故においては、権限の委任に関する告示等が行われず、現地対策本部は、必要な措置を漏れなく迅速に行うため、権限の委任手続が終了しているものとして、避難措置の実施等に関する種々の決定を行い、かつ、実施した。当委員会は、なぜこうした事態が生じたのかについて、解明を続けることとする。
(2)原子力災害対策本部の問題点 【V章2、Z章3(2)】
a 官邸内の対応
原子力災害が発生した場合、緊急事態応急対策を推進するため、内閣総理大臣を本部長とする原災本部が官邸に設置される。また、緊急事態が発生した場合には、各省庁の局長級幹部職員が、緊急参集チームとして、官邸地下の危機管理センターに参集することとされている。同チームは、各省庁が持つ情報を迅速に収集し、機動的に意見調整を行うことが期待されている。今回の事故の際は、事故対応についての意思決定が行われていたのは、主として官邸5
階においてであった。ここには、関係閣僚のほか、原子力安全委員会(以下「安全委員会」という。)委員長等が参集し、東京電力幹部も呼び出され、同席していた。しかし、ここでの議論の経緯等を地下に詰めていた緊急参集チームは十分把握し得ず、政府が総力を挙げて事態の対応に取り組まなければならないときに、官邸5
階と地下の緊急参集チームとの間のコミュニケーションは不十分なものであった。
b 情報収集の問題点
原災マニュアルでは、今回のような事態が発生した場合、原子力事業者は、経済産業省緊急時対応センター(ERC)に事故情報を報告し、ERCを経由して官邸に情報が伝達されることになっていたが、今回の事故においては、このような情報の入手・伝達ルートが十分に機能しなかった。ERCに参集していた保安院等のメンバーは、情報の入手・伝達に迅速さが欠けていると認識しながらも、東京電力が活用していたテレビ会議システムを設置することに思い至らず、職員を東京電力に派遣することもなく、積極的な情報収集活動を行わなかった。正確で最新の情報の入手は、迅速かつ的確な意思決定の前提であり、国民への情報提供という点も含め大きな課題を残した。
(3)残された課題 【V章4(2)、Z章3(3)】
原子力災害が発生した場合に、迅速かつ的確に事態に対応するため、原災法や原災マニュアル等が整備されている。しかし、今回の事故においては、既存のマニュアルや想定されていた組織が十分に機能しなかったことから、マニュアル等には定めのない福島原子力発電所事故対策統合本部が設置された。なぜマニュアルどおりの災害対策が進まなかったのか、官邸の危機管理対応のどこに問題があったのか、そもそも現行の原災マニュアルが想定する原子力災害対応の在り方が現実的だったのか、といった問題点については、今後、関係者からの聴取を続け、最終報告で取り上げる予定である。
4 福島第一原発における事故後の対応に関する問題点
(1)1 号機のIC の作動状態の誤認 【W章3(1)、Z章4(1)】
1号機については、津波到達後間もなくして全電源を喪失し、フェイルセーフ機能によって、非常用復水器(IC)の隔離弁が全閉又はそれに近い状態になり、IC
は機能不全に陥ったと考えられる。しかし、当初、ICは正常に作動しているものと誤認され、適切な現場対処(その指示を含む。)が行われなかった。その後、当直は、制御盤の状態表示灯の一部復活等を契機に、IC
が正常に作動していないのではないかとの疑いを持ってICを停止した。このこと自体は誤った判断とはいえないが、発電所対策本部への報告・相談が不十分であった。他方、発電所対策本部及び本店対策本部は、当直からの報告・相談以外にも、ICが機能不全に陥ったことに気付く機会がしばしばあったのに、これに気付かず、IC
が正常に作動しているという認識を変えなかった。かかる経緯を見る限り、当直のみならず、発電所対策本部ひいては本店対策本部に至るまで、IC
の機能等が十分理解されていたとは思われず、このような現状は、原子力事業者として極めて不適切であった。ICが機能不全に陥ったことから、1号機の冷却には一刻も早い代替注水が必須となり、加えて注水を可能とするための減圧操作等が必要となった。ICの作動状況の誤認は、代替注水や格納容器ベントの実施までに時間を要し、炉心冷却の遅れを生んだ大きな要因となったと考えられる。
(2)3 号機代替注水に関する不手際 【W章4(2)、Z章4(2)】
3号機については、原子炉圧力が低い状態下で運転範囲を下回る回転数で長時間高圧注水系(HPCI)を運転していたため、当直は、HPCIによる十分な注水がなされていないことを懸念し、平成23年3月13日2時42分頃、HPCIを手動停止した。この時、当直は、十分な代替注水手段が確保されていないにもかかわらず、バッテリー枯渇リスクを過小評価しており、結果として代替注水のための減圧操作に失敗した。これらの措置に関する判断は、当直及び発電所対策本部発電班の一部のスタッフのみで行われ、幹部社員の指示を仰いでいなかった上に、発電所対策本部発電班から幹部社員に対する一連の経緯に関する事後報告も遅れた。かかる経緯は危機管理の在り方という点で問題であり、また、結果的に13日9時25分頃まで代替注水が実施されなかったことは、極めて遺憾であったと言わざるを得ない。また、全交流電源喪失の下では、HPCI等の作動に必要なバッテリーの枯渇について懸念してしかるべきであった。そうした懸念があれば、発電所対策本部としては、消防車等を利用した早期の代替注水に取り掛かることも可能であったと思われる。しかし、発電所対策本部は、電源復旧によるほう酸水注入系からの注水という中長期的な対処については準備・検討していたものの、3号機当直からHPCI手動停止後のトラブルの連絡がなされるまで、消防車を用いた代替注水に動くことはなかった。発電所対策本部に3号機代替注水に係る必要性・緊急性の認識が欠如していたことが、こうした対応の遅れを生んだと言わざるを得ない。
(3)1 号機及び3 号機の原子炉建屋における爆発との関係 【W章4(1)、(2)、Z章4(3)】
より早い段階で1 号機及び3 号機の減圧、代替注水作業を実施していた場合に原子炉建屋の爆発等を防止し得たか否かについては、現時点で評価することは困難である。
5 被害の拡大を防止する対策の問題点
(1)初期モニタリングに関わる問題 【X章1、Z章5(2)】
モニタリングによる放射線量測定データは、住民の放射線被ばく防止と避難の対応に不可欠である。しかし、今回の事故においては、モニタリングポストが津波で流失したり停電で使用できなくなるなど、先行する地震・津波の影響により、十分なモニタリングができない事態となった。また、初期の事故対応において、モニタリングデータの活用に混乱が見られ、特に、モニタリングデータの公表については、政府には速やかに公表しようとする姿勢が欠けており、公表する場合でも、一部を断片的に示しただけであった。今回の問題点を踏まえて、関係機関に対し、早急に以下の改善措置を講じることを求めたい。
@ モニタリングシステムが肝心なときに機能不全に陥らないよう、地震、津波等の様々な事象を想定してシステム設計を行うとともに、複合災害の場合も想定して対策を講じておくこと。また、モニタリングカーについて、地震による道路の損傷等の事態が発生した場合の移動・巡回等の方法に関して必要な対策を講じること。
A モニタリングシステムの機能・重要性について、関係機関及び職員の認識を深めるために、研修等の機会を充実させること。
(2)SPEEDI 活用上の問題点 【X章2、Z章5(3)】
緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)も、地域住民の放射線被ばく防止と避難の対応をする上で重要な役割を担っているが、今回の事故において避難指示が出された際、SPEEDI
が活用されることはなかった。今回の事故においては、地震の影響によりデータの伝送回線が使用できなくなったことなどから、SPEEDI
の計算の前提となる放出源情報が得られず、放出源情報を基にした放射性物質の拡散予測はできなかった。しかし、SPEEDI により、単位量放出(1Bq/h
の放射性物質の放出)を仮定した計算結果を得ることは可能であり、現にこのような計算結果が得られていた。この計算結果は、放射性物質の拡散方向や相対的分布量を予測するにすぎないものであったが、仮にこの情報が提供されていれば、各地方自治体及び住民は、より適切な避難経路や避難方向を選ぶことができたと思われる。
今回の事故では、現地対策本部が機能不全に陥っていたことから、原災本部又は保安院がSPEEDI を活用した国民への情報提供の役割を果たすべきであったが、原災本部及び保安院は、SPEEDI
情報を広報するという発想を有していなかった。SPEEDI を所管する文部科学省も、自ら又は原災本部等を介してSPEEDI
情報を広報するという発想はなかった。また、3月16日以降、SPEEDI の活用主体(計算結果の公表主体も含む。)について、同省と安全委員会との間で整理がしきれないままに事態が推移し、このことはSPEEDI
による試算結果の公表が遅れた一因ともなった。
今後は、被害拡大を防止し、国民の納得できる有効な情報を迅速に提供できるよう、SPEEDI システムの運用上の改善措置を講じる必要がある。また、地震等の様々な複合要因に対して、システムの機能が損なわれることのないよう、ハード面でも強化策が講じられる必要がある。
(3)住民避難の意思決定と現場の混乱をめぐる問題 【X章3、Z章5(4)】
国の避難指示は、数次にわたって行われたが、その内容は、官邸5階に集められた一部の省庁の幹部や東京電力幹部の情報・意見のみを参考にして決定された。これらの決定に当たり、SPEEDI
の所管官庁である文部科学省の関係者が官邸5階に常駐した形跡はなく、SPEEDI についての知見が生かされることはなかった。実際には、SPEEDI
を完全な状態で活用することはできなかったので、避難範囲についての結論は同じであったと思われるが、避難対策の検討を行う際、SPEEDI
の活用という視点が欠落していたことは問題点として指摘しておかなければならない。国による避難指示等は、避難対象区域となった地方自治体全てに迅速に届かなかったばかりか、その内容もきめ細かさに欠けていた。各自治体は、十分な情報を得られないまま、住民避難の決断と避難先探し、避難方法の決定をしなければならなかった。こうした事態を生んでしまった一つの背景要因として、原子力災害が発生した場合の避難の問題について、政府や電力業界が十分に取り組んでこなかったという事情があると考えられる。今回のような事態に対して備えておくべきことを列挙すると以下のとおりである。
@ 重大な原発事故が発生した場合に、放射性物質がどのように放出・拡散し、地上にはどのように降ってくるのかについて、また、放射線被ばくによる健康被害について、住民が常日頃から基本的な知識を持っておけるよう、公的な啓発活動が必要である。
A 地方自治体は、原発事故の特異さを考慮した避難態勢を準備し、実際に近い形での避難訓練を定期的に実施し、住民も真剣に訓練に参加する取組が必要である。
B 避難に関しては、数千人から数万人規模の住民の移動が必要になる場合もあることを念頭に置いて、交通手段の確保、交通整理、遠隔地における避難場所の確保、避難先での水食糧の確保等について具体的な計画を立案するなど、平常時から準備しておく必要がある。特に、医療機関、老人ホーム、福祉施設、自宅等における重症患者、重度障害者等、社会的弱者の避難については、対策を講ずる必要がある。
C 以上のような対策を地元の市町村任せにするのではなく、避難計画や防災計画の策定と運用について、原子力災害が広域にわたることも考慮して、県や国も積極的に関与していく必要がある。
(4)国民・国際社会への情報提供に関わる問題 【X章8、9、Z章5(5)】
事故発生後の政府の国民に対する情報提供の仕方には、避難を余儀なくされた周辺住民や国民の立場からは、真実を迅速・正確に伝えていないのではないか、との疑問や疑いを生じさせかねないものが多く見られた。炉心の状態(特に炉心溶融)や3
号機の危機的な状態等に関する情報提供方法、また、放射線の人体への影響について、「直ちに人体に影響を及ぼすものではない。」といった分かりにくい説明が繰り返されたことなどである。どのような事情があったにせよ、急ぐべき情報の伝達や公表が遅れたり、プレス発表を控えたり、説明を曖昧にしたりする傾向が見られたことは、非常災害時のリスクコミュニケーションの在り方として決して適切であったとはいえない。当委員会は、この問題について更に調査・検証を続け、最終報告において必要な提言を行う予定である。また、国外への情報提供に関し、周辺諸国への事前説明をしないまま汚染水の海洋放出を決め、直ちにこれを実施したことは、条約に違反するとはいえないにせよ、我が国の原子力災害対応についての諸国の不信感を招いた側面があり、今後の重要な教訓とされるべきである。
(5)その他の被害の拡大を防止する対策についての考察 【X章4(5)、(6)、5(2)、Z章5(6)】
当委員会は、スクリーニングレベルの引上げの問題、校庭汚染に伴う利用基準の問題、緊急被ばく医療機関に関する問題についてもなお調査・検証中である。
6 不適切であった事前の津波・シビアアクシデント対策
(1)不適切であった津波・シビアアクシデント対策
【Y章3、4、Z章6(1)】
a 津波想定の問題点
(a)規制関係機関
安全委員会は、平成13年7月、耐震指針検討分科会において、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(以下「耐震設計審査指針」という。)の改訂作業に着手したが、同分科会の委員に、津波の専門家は含まれていなかった。このことは、安全委員会の津波問題の重要性についての認識が必ずしも十分でなかったことの表れといえよう。耐震設計審査指針の改訂作業は、5
年の歳月を要して平成18年9月にようやく完了した。最終的に指針に津波対策が明文化されたことは評価できるが、新たに具体的な津波対策が打ち出される契機とはならなかった。
津波評価手法や津波対策の有効性の評価基準を提示するのが規制関係機関の役割であるが、当委員会の調査によれば、関係機関においてそのような努力がなされた形跡を確認できていない。保安院は、平成14年に、東京電力から、「原子力発電所の津波評価技術」(以下「津波評価技術」という。)に基づく安全性評価結果の報告を受けたが、特段の指摘や指示は行わなかった。保安院は、平成21年8月から9月及び平成23年3月にも、東京電力から、津波波高の試算結果等の報告を受けていたが、対策工事等の具体的な措置を講じるよう要求するなどの踏み込んだ対応は行わなかった。
(b)東京電力等
福島第一原発は、昭和41年から47年にかけて、設計上の津波想定波高を3.1mとして設置許可がなされた。この想定波高は、1960(昭和35)年のチリ津波の際に、小名浜港で観測された最高潮位に基づくものであった。
平成14年2月、社団法人(現在は公益社団法人)土木学会原子力土木委員会津波評価部会は、津波評価技術を取りまとめた。津波評価技
術は、おおむね信頼性があると判断される痕跡高記録が残されている津波を評価対象にして想定波高を算定するものであり、記録の残って
いない古い時代により巨大な津波が発生していたとしても、そのようなものは評価対象として取り上げられない方法となっていたが、この
ことに関する適用限界や留意事項等の記述はなかった。東京電力は、津波評価技術に基づき、福島第一原発の想定波高を5.7m(後の算定では6.1m)へと見直した。
東京電力は、平成20年に津波リスクの再検討を行い、福島第一原発において15mを超える想定波高の数値を得た。また、東京電力は、同
年、佐竹健治・行谷佑一・山木滋「石巻・仙台平野における869年貞観津波の数値シミュレーション」(以下「佐竹論文」という。)に記載された貞観津波の波源モデルを基に波高を計算し、9mを超える数値を得た。しかし、東京電力は、前者については、三陸沖の波源モデルを福島沖に仮置きして試算した仮想的な数値にすぎず、後者については、佐竹論文において波源モデルが確定していないなど、十分に根拠のある知見とは見なされないとして、福島第一原発における具体的な津波対策に着手するには至らなかった。
当委員会は、自然現象は大きな不確実性を伴うものであり、特に津波については過去の文献等により再現できる既往津波の範囲も限られ
ること、原子力発電所が設計上の想定を大きく上回る津波に見舞われた場合、共通的な要因によって安全機能の広範な喪失が一時に生じることがあることからすると、原子力災害を未然に防止するという視点からは、シビアアクシデント対策を含め、具体的な津波対策を講じて
おくことが望まれたと考える。この点で、国や専門家を含め原子力事業に関係する者は今回の事前検討の経緯を自らのこととして把握し、今後の教訓としなければならない。
b シビアアクシデント対策
設計上の想定を大きく上回る津波の場合、共通的な要因によって安全機能の広範な喪失が一時に生じることがあり、直ちにシビアアクシデントに至る可能性が高い。しかし、これまで、設計基準を超える事象を扱うシビアアクシデント対策においては、津波のリスクが十分には認識されていなかった。
平成4年7月、通商産業省(当時)は、「アクシデントマネジメントの今後の進め方について」を発表し、我が国でもシビアアクシデント対策
としてのアクシデントマネジメント(AM)の検討が始まった。しかし、AM として実施されたのは、機械故障、人的過誤等の内的事象への対策
のみで、地震、津波等の外的事象は具体的な検討の対象にならなかった。しかも、AM は、規制要求ではなく電力事業者が自主保安の一環として実施するものとされた。
シビアアクシデント対策は、事業者の自主保安に委ねれば済む問題ではなく、規制関係機関が検討の上必要な場合には法令要求事項とすべきものであることを改めて示したのが今回の事故であった。
(2)東京電力の自然災害対策の問題点 【Y章4(6)、(7)、Z章6(2)】
東京電力はAM 策としての津波対策は実施しておらず、自然災害によって炉心が重大な損傷を受ける事態に至る事故の対策は、極めて不十分であった。今回の事故を通じて明らかとなった具体的問題点として、以下のようなものが挙げられる。
@ 不十分な全電源喪失対応策
設計基準を超える津波が来襲する可能性を考慮していなかったため、「同時多発電源喪失」や「直流電源を含む全電源喪失」という事態への備えがなかった。このような事態が発生した場合を想定した計測機器復旧、電源復旧、格納容器ベント等のマニュアルも未整備で、社員教育も行われておらず、こうした作業に備えた資機材の備蓄も行われていなかった。
A 消防車による注水・海水注入策の未策定
今回の事故対処では消防車による注水・海水注入が行われたが、これらがAM 策として位置付けられておらず、具体的な方策が未策定で、作業に手間取ることになった。
B 機能しなかった緊急通信手段
緊急時における発電所内の通信手段の整備が不十分で、全交流電源喪失によりPHS が使用不能となり、情報共有が円滑を欠く事態となった。
C 緊急時における機材操作要員手配の問題点
緊急時・異常事態時の機材の取扱い方に関する具体的な取決めがなされておらず、消防車や重機の操作要員の手配に手間取ることになった。
7 なぜ津波・シビアアクシデント対策は十分なものではなかったのか
【Z章7】
@ 自主保安の限界
東京電力が想定を超える津波に対する対策を盛り込むことができなかったことは、自主保安の限界を示すものといえる。
A 規制関係機関の態勢の不十分さ
研究の深化のスピードや関連する知見の日進月歩状況に鑑みると、直ちには結論の出ない学術的な議論等は学会等に任せ、指針・基準の策定・改訂はその時々の採用可能な最新知見を取り上げて、速やかに進めていく必要がある。そのためには、規制関係機関の態勢の充実が不可欠である。
B 専門分化・分業の弊害
津波対策は、異なる分野の知識や技術を必要としており、異なる文化を持った専門家・技術者集団が協働して問題解決に当たることが重要である。専門分化の壁を超えた組織となり得るような仕組みを作ることが必要である。
C リスク情報提示の難しさ
より安全性を高めるための改良を加えようとすると、これまでやってきた過去を否定することと受け取られてしまうというパラドックスが生じる。絶対安全が存在しないことを認め、リスクと向き合って生きていくことは容易ではない。しかし、伝えることの難しいリスク情報を提示し、合理的な選択を行うことができるような社会に近づく努力が必要である。
8 原子力安全規制機関の在り方 【Y章7、Z章8】
政府は、平成23年8月15日、保安院を経済産業省から分離し、安全委員会の機能も統合して、環境省の外局へと改組するなどの改革案を閣議決定した。当委員会は、政府に対し、以下の事項に留意しつつ、新組織の設置に向けた検討を進めることを要望する。
@ 独立性と透明性の確保
独立性と透明性を確保することが必要であり、自律的に機能できるために必要な権限・財源と人員を付与すると同時に、国民に対する原子力安全についての説明責任を持たせることが必要である。
A 緊急事態に迅速かつ適切に対応する組織力
災害発生時に迅速な活動が展開できるよう、平常時から防災計画の策定や防災訓練等を実施しておくことのみならず、緊急事態において対応に当たる責任者や関係機関に対して専門知識に基づく助言・指導ができる専門能力や、組織が有するリソースを有効かつ効率的に機能させるマネジメント能力の涵養が必要である。また、責任を持って危機対処の任に当たることの自覚を強く持つとともに、大規模災害に対応できるだけの体制を事前に整備し、関係省庁や関係地方自治体と連携して関係組織全体で対応できる体制の整備も図った上、その中での安全規制機関の役割も明確にしておく必要がある。
B 国内外への災害情報の提供機関としての役割の自覚
情報提供の在り方の重要性を組織として深く自覚し、緊急時に適時適切な情報提供を行い得るよう、平素から組織的に態勢を整備しておく必要がある。
C 優秀な人材の確保と専門能力の向上
優れた専門能力を有する優秀な人材を確保できるような処遇条件の改善職員が長期的研修や実習を経験できる機会の拡大、原子力・放射線関係を含む他の行政機関や研究機関との人事交流の実施など、職員の一貫性あるキャリア形成を可能とするような人事運用・計画の検討が必要である。
D 科学的知見蓄積と情報収集の努力
関連学会や専門ジャーナル(海外も含む。)、海外の規制機関等の動向を絶えずフォローアップし、規制活動に資する知見を継続的に獲得していく必要がある。また、その意味するところを理解し、組織的に共有と活用を行うとともに、それを組織として継承・伝達していく必要がある。
9 小括 【Z章9】
これまでの調査で明らかになった諸事実からすると、この事故の発生及びその後の対応について生じた問題の多くは、以下の三つが大きく影響していると考えられる。
@ 津波によるシビアアクシデント対策の欠如
東京電力は、今回のような津波によりシビアアクシデントが発生することを想定した上で、それに対する措置を講じるということをしなかったし、規制関係機関も同様であった。今回の津波のように、確率的にその発生頻度が低いと評価された事象であっても、発生した場合には被害規模が極めて大きくなると予想されるものについては、リスク認識を新たにし、それを無視することなく、必要な対策を講じておくことが必要である。
A 複合災害という視点の欠如
原発事故が複合災害という形で発生することを想定していなかったことは、原子力発電所それ自体の安全とそれを取り巻く社会の安全の両面において、大きな問題であった。複合災害を想定した対応策の策定は、今後の原子力発電所の安全を見直す上で重要なポイントとなる。
B 全体像を見る視点の欠如
これまでの原子力災害対策において、全体像を俯瞰する視点が希薄であったことは否めない。そこには、「想定外」の津波が襲ってきたという特異な事態だったのだから、対処しきれなかったという弁明では済まない、原子力災害対策上の大きな問題があった。
以上から指摘できるのは、一旦事故が起きたなら、重大な被害を生じるおそれのある巨大システムの災害対策に関する基本的な考え方の枠組み(パラダイム)の転換が、求められているということである。
10 おわりに 【Z章10】
何かを計画、立案、実行するとき、想定なしにこれらを行うことはできない。しかし、同時に、想定以外のことがあり得ることを認識すべきである。今回の事故は、我々に対して、「想定外」の事柄にどのように対応すべきかについて重要な教訓を示している。当委員会は、現在も、長期間にわたる避難生活を強いられ、放射能汚染による被害に苦しみ、あるいは、被ばくによる健康への不安、空気・土壌・水の汚染への不安、食の安全への不安を抱いている多くの人々がいることを銘記しながら、更に調査・検証を続けていく。
東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会(HP/2011/12)による『中間報告(概要)』(2011/12/26)から |