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《全体》
《北海道地方》
《東北地方》(青森県 - 岩手県 - 宮城県 -
秋田県 - 山形県 - 福島県)
- マインランド尾去沢(変更) http://www.ink.or.jp/~mineland/index.html
『ライブラリ』の『尾去沢鉱山入門』および『鉱山なんでも大百科』など。
『マインランド尾去沢誕生−閉山から新生観光鉱山へ−
(1)尾去沢鉱山が閉山した翌年の、昭和54年6月、秋田県・鹿角市・尾去沢鉱山(株)・秋北バス(株)などを中心とする鹿角市尾去沢観光開発調査委員会が発足し、約1年間の討議を経て、地域の活性化を図るため、鉱山跡を観光施設として活用する方策が報告書としてまとめられました。
(2)観光開発にあたっては、まず鉱山跡地は産業遺跡として二度と再現できない貴重な歴史的・社会的な財産であること。そしてこの事業は、鹿角地方における観光振興の核としての重責を担うものであること。この2点が開発の基本認識として確認され、次のような目標が設定されています。
1. 鉱山の特色と素材を最大限に活かし、斬新な観光施設として再生する。
2. 歴史性に重点をおくとともに、見る・触る・遊ぶ・学ぶの要素を備えた施設造りを目指す。また、新しいタイプの総合的観光鉱山遊園地を志向する。
3. 観光坑道は単なる坑道と人形の陳列に終わらせずに、一級の坑内博物館とする。
(3)起業の設立および運営の理念としては、上記のほかに次の点が掲げられています。
1. 官民一体で設立する第三セクターの特色を十分に発揮するとともに、企業存続基盤を早期に確立する。
2. 施設造りにあたっては、お客様の安全を第一に考慮し、円滑な観覧動線の確保とストーリーのある展示ゾーン造りを行う。
3. 施設ブランドは、誰もが気軽に楽しみ、親しめるイメージを込めて、マインランド(MINE=鉱山、LAND=遊園地)尾去沢とする。
4. 尾去沢鉱山の閉山から4年間の準備期間を経た後、昭和57年4月25日にマインランド尾去沢は地域の人々の熱い期待の元にオープンしました。』
⇒史跡 尾去沢鉱山 http://www.osarizawa.jp/
(株)ゴールデン佐渡による。 秋田県鹿角市尾去沢字獅子沢13-5。
- 高玉金山(変更) http://www.takatama.co.jp/
ゴールドマイン高玉観光(株)による。福島県郡山市熱海町にある。
⇒高玉金山(不明) http://takatama.ftw.jp/
高玉金山土地管理組合による。福島県郡山市熱海町玉川字横道15。
【参考】高玉金山 http://www.miharu-e.co.jp/ja7fyg/kouzan/takatama/takatama.html
《関東地方》(茨城県 - 栃木県 - 群馬県 - 埼玉県 - 千葉県 - 東京都 - 神奈川県)
《中部地方》(新潟県 - 富山県 - 石川県 -
福井県 - 山梨県 - 長野県 - 岐阜県 - 静岡県 - 愛知県)
《近畿地方》(三重県 - 滋賀県 - 京都府 -
大阪府 - 兵庫県 - 奈良県 - 和歌山県)
- 丹波マンガン記念館 http://www6.ocn.ne.jp/~tanbamn/⇒http://www.tanbamangan.or.jp/
京都府北桑田郡京北町の丹波マンガン記念館による。
『丹波マンガンは約2億年の昔、深い海の底に沈殿した。その後、海は山に変じ、人々の利用に供するところとなった。
明治28年頃に採掘開始、昭和58年頃まで約90年間、丹波の山々から掘り出された。最盛期(第二次世界大戦中と昭和25年〜45年)には約300箇所もの鉱山が活況を呈していた。
マンガン鉱床は、金・銀・銅や鉄の鉱床に比べてその規模が小さく、そのため大手鉱山会社は、採掘事業にはほとんど参画せず、かわって零細な企業や個人による開発にゆだねられた。
当記念館では、丹波マンガンの生成、開発の歴史、マンガンの利用などにかかわる資料を収集・展示するとともに、かつての坑内の作業を再現することによって、丹波マンガンの全体像を後世に伝えようとしている。』
⇒2009年度に閉館予定⇒NPO丹波マンガン記念館により再開
- 史跡 生野銀山 http://www.ikuno-ginzan.co.jp/
(株)シルバー生野による。兵庫県朝来市生野町小野33-5。
《中国地方》(鳥取県 - 島根県 - 岡山県 -
広島県 - 山口県)
- 柵原ふれあい鉱山公園 http://www.town.misaki.okayama.jp/manabi/sisetsu/kouzan.htm
岡山県久米郡美咲町による。旧・柵原(やなはら)鉱山〔戦後は同和鉱業傘下、1960年代全盛期、1991年閉山:古生代の火成硫化鉄鉱床〕。
- 喜和田鉱山(廃止) http://members4.cool.ne.jp/~kiwada/
(株)喜和田鉱山による。山口県岩国市二鹿にある。
『鉱山が発見されたのは、寛文9年(1669年)。寛文11年(1671年)から銅の採掘が始まりました。その後、錫の採掘も行われるようになりました。
明治44年(1911年)、(株)粟村鉱業所が鉱山を買い取り、銅・錫に代わってタングステン鉱石(灰重石)の生産を始めました。
昭和57年(1982年)に(株)喜和田鉱山として独立し、年間7,000トンの鉱石を出荷してまいりました。
喜和田鉱山の中でも、第11鉱体は約11万トンの当鉱山中最も大きな鉱体(鉱石の塊) です。 さらに鉱体中のタングステン含有率は平均10%、最大50%以上もあり、世界でも最も優良な鉱体の一つです。
ところが1980年代の急激な円高によって、中国産のタングステン鉱石の価格競争力 が強まったため、 採掘は一時休止することになりました。
”休山”は大変残念なことですが、逆にその世界に誇るべき優れた鉱体を広く一般の方々に 知っていただく良い機会と捉え、見学コースを開設する運びとなりました。』
⇒2005年2月に閉鎖。
【参考】喜和田鉱山鉱石資料館(不明)、地球おどろき大自然
《四国地方》(徳島県 - 香川県 - 愛媛県 -
高知県)
- マイントピア別子 http://www.besshi.com/
Mine Topia Basshi Co.,Ltd. による。旧・別子(べっし)鉱山〔住友家(最後は住友金属鉱山)が経営、1973年閉山:キースラーガー鉱床(別子型鉱床、層状含銅硫化鉄鉱床):栃木の足尾と茨城の日立とともに、日本3大銅山の一つ〕
《九州地方》(福岡県 - 佐賀県 - 長崎県 -
熊本県 - 大分県 - 宮崎県 - 鹿児島県)
《沖縄地方》
【鉱山テーマパーク(石炭:石油なども)】
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