開かれた学問(58)

子どもの「心の理論」

文・写真 深田 昭三(教育学部)


 子どもは簡単に見破られてしまうウソをついてしまう。こんな日常的なありふれた風景も、「心の理論」からは子どもが他者をどのように理解しているのかの一例として考えることができる。最近明らかになってきた3歳から4歳への劇的な変化を通して、子どもの心の世界の一端をかいまみてみよう。


うそのつけない年代

 かれこれ四年くらいも前になるでしょうか。小学校1年生の娘がまだ3歳くらいのときのことです。
 お菓子が大好きな娘は、こっそりとお菓子の棚の前まで行ったのですが、見つかってはいけないと思ったようで、「こっち見ちゃだめよ。絶対こっち見ちゃだめ」と、近くにいた私と妻に、大きな声で訴えました。残念ながらこの訴えのおかげで、お菓子の隠れ食いをお母さんに見つけられてしまい、娘はお菓子を食べそこねてしまいました。
 こんなほほえましいエピソードは、子どもを育てた方なら多くの方がお持ちなのではないでしょうか。

自己中心性

 このような小さな子どもたちの独特の思考方法を系統的に調べたのは、ピアジェでした。彼は、年少の子どもたちが、自己中心的な思考をしていると考えました。この自己中心的というのは、利己的とかわがままとかということとは違います。あらゆることを自分に引き付けて考えてしまうために、聞き手や他者の立場から物事を見ることができないということです。
 私の娘の場合、見つからないようにしようということは考えられても、「見ちゃだめ」と言うことで親からはどのように見えるのかということまでは考えられなかったというわけです。この自己中心的な思考は、おおむね7歳頃から始まる具体的操作期段階まで続くとされました。
 このようなピアジェの考え方や彼の提出した証拠には、その後多くの反論が寄せられ、ピアジェが考えていたよりも子どもたちは有能な存在であることが次々と明らかになりました。それらの研究の中から、最近3歳から4歳にかけて、ピアジェの指摘しなかった重要な変化が子どもたちに生じることが明らかになってきました。

標準誤信課題

 ピアジェは主として、子どもの数・量・時間などの物理的な世界に対する理解を探求したのですが、この3歳から4歳にかけての変化は、心理的な世界の理解についてのものでした。典型的には、他者が誤った信念(belief)を持っていることが理解できるかどうかを実験的にテストします(そのため誤信課題と呼ばれています)。誤信課題では、具体的には次のような課題が用いられます(イラストを参照しながら読んでみてください)。
 「マクシは、後で食べようとチョコレートを『緑』の戸棚にしまって遊びに出かけました。マクシがいない間にお母さんは『緑』の戸棚からチョコレートを出して使い、『青』の戸棚にしまいました。その後、マクシが遊びから帰ってきました」という物語を聞かせたあと、子どもに「マクシは、チョコレートがどこに入っていると思っていますか」と問います。
 もちろん正解は、『緑』ですが、この実験を行ったヴィマーとパーナーによると、3歳の子どもの多くは、『青』の棚と答えてしまうようです。一方、4歳の子どものほとんどが『緑』の棚と答えられるようになります。この結果は、同種の課題で繰り返し確かめられており、標準誤信課題とも呼ばれています。

3歳から4歳へ

 3歳から4歳へかけて標準誤信課題以外にも、いろいろな点で変化が生じることが確かめられています。たとえば、過去に自分が考えていたことも3歳児は思い出せないようです。パーナーらは、子どもにスマーティーズ(チョコレート菓子)の箱を見せて、「何が入っていると思う」と尋ねます。当然子どもは「スマーティーズ」と答えます。しかしふたを開けて見ると、そこには鉛筆が入っています。そこで鉛筆を箱の中に収めてから「最初に見たときには、箱の中に何が入っていると思った」と尋ねると、3歳児は「スマーティーズ」ではなく「鉛筆」と答えてしまうのです。「別の子どもがこの箱を見たら、何が入っていると思うかな」と尋ねても、またしても「鉛筆」と答えてしまいます。
 また、3歳児はうそをつくことも難しいようです。ソディアンは、子どもと泥棒に金貨を取られないように、しかし王様には金貨を取らせるようにするゲームをしました。子どもの目の前で2つの箱の中のどちらかに金貨を入れ、その後、泥棒の人形や王様の人形がやってきて、「金貨はどこにある」と尋ねます。四歳児では、泥棒には空の箱を教え、王様には金貨の入っている箱を教えることができました。しかし3歳児は、どちらの人形にも金貨の入っている箱を教えてしまうのです。

心の理論

 これらの課題が4歳になると一斉にできるようになることを、どのように考えたらいいのでしょうか。最近の発達心理学者は、これを子どもの「心の理論」の成立に求めます。
 この「心の理論」とは「ある人が、自分や他者に心的状態を帰属する」ことです。たとえば、いつも挨拶をしてくれる人が、今日に限って挨拶もせずに急いで通り過ぎたとしたら、私たちはどう考えるでしょうか。「今日は何か急ぎのことでもあるのかな」とか、「怒っているのかな」などとその人の行為の原因を、相手の心の働き、もっと詳しく言うと、相手の信念や欲求、情動、意図などにその原因を求めます。つまり、直接外からは見えない相手の心を仮定して、その働きに原因を求めるわけです。
 理論というとおおげさな感じがしますが、それに基づいて行為を説明したり予測したりできる点では、科学的な理論と同じ働きを持っています。科学的な理論と対比する意味では、素朴理論とも言います。ですから、「心の理論」は、人々が常識的に持っている素朴心理学と言ってもいいのです。
 このような「心の理論」を生まれながらにして持っているとは考えにくいので、子どもが成長していくにつれて獲得されてきたものでしょう。誤信課題ができない3歳の子どもたちは、マクシの心を仮定して、彼の立場では『緑』の戸棚にチョコレートがあると思うはずだということが理解できなかったわけです。その意味でまだ十分に「心の理論」が発達していないということができます。標準誤信課題は、「心の理論」のリトマス試験紙にあたると言われるゆえんです。
 ただ、4歳を「心の理論」の始まりと考えることについては、異論もあります。たとえば、「ふり」の理解のできる1歳半台から認める立場や、願望や信念などを手掛かりにして人の行為を推定できる3歳台に求める立場もあり、論争になっています。

自閉症児と心の理論

 この「心の理論」の研究の適用がもっとも成功したのは、自閉症児の理解についてでしょう。自閉症の原因はまだはっきりと明らかにされている訳ではありません。かつては母親の育て方に問題があるのでは、と疑われた時期もありましたが、これははっきりと否定されて、現在では情緒的あるいは認知的な障害であろうといわれています。
 バロン=コウエンらは、誤信課題を、自閉症児・ダウン症児・健常な4歳児を対象に行ってみました。その結果、たいていのダウン症児、健常な4歳児は誤信課題ができるのに対して、自閉症児はできませんでした。さらに研究を進めると、スマーティーズ課題もできませんでしたし、金貨の課題のように他人をだますこともできないことが明らかになりました。これらを根拠に、バロン=コウエンらは、自閉症児を「心の理論」を持たない子どもたちではないかと考えました。
 もちろん、自閉症児が健常な3歳児と全く同じ訳ではなく、健常な子どもたちではもっと早くからみられる「ふり」を理解することができないなど、多くの違いがあります。「心の理論」だけで自閉症を説明するのは難しいのではないかと思いますが、新しい視点を提供したことは確かでしょう。

「心の理論」研究の展開

 この刺激的な「心の理論」の研究は、紹介してきた研究以外にもthinkやknowなどの心的動詞の使用の問題や、見かけと本当の区別の問題など、多くのトピックの下で日々数々の論文が書かれているところです。
 私たちの研究室で行われた研究でも、表情の偽装を見破って本当の気持ちを言い当てる能力が、「心の理論」の成立と深く関わっていることが明らかになりました。また、「心の理論」が十分に成立していない3歳台の子どもたちは、子ども同士でスムーズに会話が進めることも難しいようです。このような点に注目して、現在もさらに研究を進めているところです。

最後に

 心の理論に多少とも興味を持っていただけたでしょうか。アスティントン・J・W・の書いた本が翻訳されて、新曜社から『子供はどのように心を発見するか』として出版されています。わかりやすく紹介されていますので、さらに詳しくはこちらを参照してみて下さい。
 最後になりましたが、掲載したイラストは、広島大学教育学研究科幼児学専攻の博士課程前期1年の真宮美奈子さんによるものです。記して感謝いたします。



広大フォーラム28期6号 目次へ戻る