浅川 学 教授に聞きました!
 
海の生き物にはいまだ多くの謎がある。中には強力な毒を持った生物も。その毒はどこからきて、なぜ蓄えられるのか。安心・安全を支えるために好奇心に導かれての挑戦は続いていく。
 
海洋生物に含まれる自然毒の謎を解明する。
 
  浅川先生の専門は「毒」である。毒と聞くと、どうしても危険・悪者といったイメージを抱くのではないだろうか。しかし、先生によれば、いわゆる「毒」にあたるものも、ヒトに悪いことをすれば「毒」と呼ばれ、良いことをすれば「薬」と呼ばれているのだという。

「私が扱っているのは、海洋生物に含まれている生理活性天然物質で、なかでも、フグ毒や貝毒について、さまざまな研究を行っています。」
興味深いことに、フグ毒や貝毒を持つ生物はフグや貝ばかりではなく、分類学的にかけ離れた海洋生物にもこうした毒が含まれており、このような事例は多岐にわたるという。

「なぜフグや貝以外の海洋生物にフグ毒や貝毒が含まれているのか?」 ―― この1点が先生の興味の対象だ。
 
「毒をあらゆる角度から調べると、毒のすべてが見えてくる。毒のすべてを知ると、社会に役立つような有用成分なども見えてくるのではないか。そういったスタンスで研究を進めています。」と先生は語る。

毒はなぜ蓄積するのか、毒成分とは一体何なのか、毒の起源は何なのか ―― こうした疑問を解決すべく、機器分析等をテクニックとして活用しながら、“海洋生物毒の謎を探る”のが、先生のライフワークとのこと。近年は、身近な瀬戸内海でのサンプリング(試料収集)のほか、石垣島(沖縄県)を中心とした南西諸島にも出かけてサンプリングを行っている。

「景勝地として世界的にも有名な川平湾付近のリーフでサンプリングを行っています。潮が引くとリーフの上を歩けるので、それから潮が満ちるまでの2時間ほどが勝負ですね(強い日差しであっという間に体は真っ黒になってしまいます)。」

このような海洋生物毒の研究が行われている研究室は、日本では数少なく、先生の研究室は、その数少ない研究室の一つである。
 
 
毒に魅せられてこの道へ。おもしろさは格別!不思議もたくさん。
 
  貝毒には、麻痺性貝毒、下痢性貝毒、記憶喪失性貝毒などがある。このうち、体のあちこちに麻痺症状が出る麻痺性貝毒は、過去に広島湾で深刻な問題になったもので、他方、下痢性貝毒は、東北地方や北海道で問題となっている。また、記憶障害の後遺症が残る記憶喪失性貝毒は、北米(アメリカ、カナダ)で問題となっている。
困ったことに麻痺性貝毒による食中毒は、貝だけではなく他の生き物、例えば、ある種のカニを食べた場合にも発生することがあると先生は言う。

「麻痺性貝毒を持つカニは日本では、ウモレオウギガニとスベスベマンジュウガニが有名です。この貝毒は、フグ毒と同じ作用を持っているため、猛毒です。だから、特に、南西諸島などに行かれたら、種類のわからないカニは自分で取って食べないほうがいいですよ(この地域にはフグ毒を含むハゼもいるんです)。」ときっぱり。

自然が豊かな南西諸島での生活にあこがれて本土から石垣島に移住した人が、海に潜って取ってきたカニを毒ガニ(ウモレオウギガニ)と知らずに、みそ汁にして食べたら、麻痺性貝毒で死にそうになったりと、命の危機に瀕する事故が発生したことがあります。自分の研究活動が、このような事故を防ぐための一助になれば、との思いも先生の中にはあるが、一方で、研究を牽引する力は、 “好奇心”に他ならない。

「微量で強力な生物活性を示す物質には魅力があります。調べていくとワクワクするんですよね。純粋な形で活性物質が取り出せた時には非常にうれしい。実におもしろいですねぇ。」とくったくなく笑う浅川先生。
 
先生は元々、微生物を研究していたが、大学院に入ってから麻痺性貝毒の研究を始めて以来、「海洋生物毒がおもしろくなってしまった」という。

「貝毒の場合、プランクトンが毒をつくって、二枚貝がそれを食べ、さらに、毒を蓄積した貝をヒトが食べる、という図式で説明できるんですが、カニの場合、持っている貝毒の起源がまったく分かっていないんです。リーフの上をあれこれ思い描きながら歩いていると、不思議な現象に偶然出会うこともあるんです。」

この偶然が、問題解決のヒントになったり、社会に役立つ “宝物”の発見につながるのではないかと先生は期待している。
その何かとは。一例として、先生が紹介してくれたのは、リーフに生息するある種の海藻のケースだ。

「よく観察してみると、この海藻に2~3mmほどの虫がたくさん集まっているんです。それで、大学に持ち帰って河合幸一郎先生(当研究科 水族生態学研究室)に調べてもらったところ、ある種のユスリカだと判明しました。この現象を衛生害虫の駆除に応用できないかと考えて、そうした研究も始めています」。
 
 
毒の研究で海外へも進出。地味な作業もいとわない熱意を実感。
 

  さらに先生には、フグ毒に関する研究の一環として、最近取り組んでいることがある。それは、二枚貝に付着する紐形動物に関する研究だ。

「1個体の重さが0.5gぐらいしかない細長い紐状の生き物(“アカハナヒモムシ”と言います)が、フグ毒を持っていて、その量が半端じゃないんです。フグの卵巣や肝臓の毒性をはるかに上回る毒性のある危険生物です」と先生。

この紐形動物の中になぜ多量のフグ毒が蓄積されているのかということも、まだ突止められておらず、これがまた興味深いと言う浅川先生。

「もし、フグ毒の結晶をフグの肝臓や卵巣から精製しようとすると、相当量のフグの内臓を集めてそこから抽出しないといけない。ところが、この紐形動物の場合、試験管1本ぐらい集めればフグ毒の結晶がザクザクとれる。抽出・精製がラクなんです。」と先生は言い、「この僅か1gにも満たない生物のフグ毒蓄積機構をぜひ明らかにしたい。」と目を輝かせる。

また、先生の研究フィールドは海外にも広がっており、フィリピンの大学と毒ガニの食中毒についての共同研究を行っている。そのため、フィリピンにもサンプリングに出かけているそうだ。

「主に行っているのは、フィリピン中部のビサヤ諸島(セブ島、パナイ島、ネグロス島など)で発生する毒ガニによる食中毒の原因究明です。都市部を離れた一部の集落では、漁獲したカニを毒ガニとは知らずに食べ、食中毒が散発的に発生しているんです。」

フィリピンと石垣島の毒ガニに含まれる毒成分を比べてみると、さらに研究は複雑になる。そうしたこともあり、毒の起源を明らかにするのはなかなか困難な道のりだと先生は言う。

その他、後進の育成も課題であるが、「自然毒をはじめとする生理活性天然物質の存在は、良くも悪くもヒトの生活に直接に関わるため、私は学生さんにこうした研究を粘り強くやってもらいたいと思うんですが、生理活性物質を抽出・精製するという作業はけっこう時間がかかる地味な仕事なんです。最近の学生さんは、すぐに結果が出るようなものを好む傾向があるようで…」と、これもなかなか難しい様子。
「自身が抱いているワクワク感や達成感を学生たちにも」と願う先生からは、研究者ならではの飽くなき情熱が感じられた。
 
浅川 学 教授
アサカワ マナブ
海洋生物資源化学研究室 教授

2002年4月1日~2007年3月31日 広島大学大学院生物圏科学研究科 助教授
2007年4月1日~2015年3月31日 広島大学大学院生物圏科学研究科 准教授
2015年4月1日~ 広島大学大学院生物圏科学研究科 教授

2015年8月28日掲載

 

人間と自然の調和的共存への挑戦