杉野 利久准教授に聞きました!
 
担い手が減り、先行きが危ぶまれる日本の酪農。この必要不可欠な産業に少しでも貢献したいと願い、酪農現場が抱える問題に科学的に迫る。目指すは、現場を知る研究者だ。
 
太ることで分娩が危険に。大切な乳牛を守り育てる方法を探る。
 
  「酪農現場で乳牛が抱えている問題に栄養生理学的なアプローチを行い、解決に向けて貢献すること」――自身の研究の目的について、杉野先生はこう説明する。

最近、メインで取り組んでいる研究テーマは、「分娩時の乳牛を太らせないためにはどうすればよいか」といったものだ。

先生によれば、日本で飼育されている乳牛は平均で1頭あたり1年間に約1万kg、牛乳パックにして約1万本分の生乳を生産している。乳を出すには分娩をする必要があるため、種付けをして妊娠させ、分娩後に搾乳を開始する。また、多くの乳を出すにはそれだけエサを食べる必要があるが、分娩後はあまり食べられないので、乳牛は体に蓄えている脂肪を使って乳を生産するという。こうした乳牛飼育の過程で問題となるのは、分娩時に事故を起こしやすい太った牛。酪農現場では、分娩時までいかにして太らせないように飼うかが大きな課題となっているのだ。
 
「いまの乳牛の飼い方の主流は、60から100頭ぐらいを1つの牛群として飼って、それを1つのエサでコントロールするんですよ」と先生。エサの量は、乳量が平均的な乳牛の少し上ぐらいに設計してあるため、乳量が平均以下の牛は食べるほどに太ってしまい、分娩時前後の事故の危険性が高まるという。

これに関連する先生の研究は主に3つある。1つは消化管から出る成長ホルモン分泌促進ホルモン「グレリン」と栄養素に関するもの。2つめは乾乳期(分娩前)の栄養管理について。先生はこれらをうまく使って肥らせず生産をコントロールする技術の開発を目指している。
 
 
乳量を増やして肥満を防ぐ物質の効果的な投与法を解明する。
 
  「グレリン」の研究は、学生時代から続いている。

「グレリンは消化管から出て、成長ホルモンを促進するホルモンなんですが、これは僕が学生時代に、国立循環器病研究センターの日本人研究者が発見したんですよ」と杉野先生。当時の指導教官がこの発見者と共同研究できる体制を持っていたことから、先生もその研究を始めたのだという。

アメリカではbST(組換え成長ホルモン)を乳牛に注射しているが、日本では安全・安心の見地からそれは不可能。そこで先生は、消化管から出て成長ホルモンの分泌を促すグレリンを利用して、なんらかの栄養素でグレリンを動かす、すなわち、食べた刺激でグレリンが分泌される方法をずっと研究している。反芻動物のグレリン研究は、世界的にもほとんど行われていない希少なものだ。
 
そのグレリンの分泌を促す栄養素として「中鎖脂肪酸」にたどり着いた。これを乳牛に摂取させるとグレリンの分泌を促し、連動して成長ホルモンの分泌も促す。それにより乳量が増えることを突き止め、乳牛が太りやすい時期に投与することで、乳量が増えて乳牛が太らないようコントロールできないかという観点から試験を行っている。平成28年度からは農研機構畜産草地研究所・北海道農業研究センター・富山県・千葉県との共同研究が予定されているという。

また、アミノ酸である「リジン」についてもグレリンとの関係で着目している。これは、分娩前の乳牛に食べさせると、食べさせていない牛よりも、分娩後に乳量・摂食量がともに増加するという現象が以前から知られており、その科学的な裏付けを得る目的で、有名企業からの依頼を受けて共同研究しているものだ。
 
 
  同時に、分娩前の栄養を低エネルギーにすることで、痩せることはなくても分娩前後の事故を減らすことが出来る可能性を農研機構畜産草地研究所・北海道農業研究センター・千葉県・栃木県・群馬県・富山県・全国酪農業協同組合連合会との共同研究で明らかにしている。こちらからのアプローチも平成28年度から科研費での実施が予定されている。
これらの研究に取り組むようになった自身の半生を先生は、「ラッキーですよね」と謙遜する。

北里大学獣医畜産学部で学んでいた先生は、ウイルスの研究がしたかったが、志望した研究室から院生は取らないと言われ、空きのあった栄養の研究室に進むことに。そこでグレリン研究に出合い、思いのほか楽しい研究生活を過ごしたという。その後、ドクター3年の時に広島大学の助手となり、“二足のわらじ”を履きながら研究を続けて今に至ったのだそう。

先生の幸運はこれだけではない。それは、血液中などのホルモン量を、自身で測定系を立ち上げて測定までできる技術を研究の過程で身に付けたことだ。市販品に頼ればかなり高価になるため、先生の腕は、さまざまな研究者から非常に頼りにされているという。
希少な研究に携わり、誰も持っていない技術を持つ。そんな杉野先生にとって、研究とはいったいどんなものなのだろう。
 
日本でここだけの研究ができる。日本初の取り組みにも意欲。
 

  「何のために研究しているのかを考えると、やっぱり社会貢献したくなる」――。

先生の想いはいまや、学会内での評価よりも酪農現場の評価に向いている。というのも、世界的に見れば、日本の研究者は現場をあまりにも知らないのだと先生は言う。

「共同研究者の大場真人先生は、カナダのアルバータ大学にいるんですが、彼は日本の酪農家で知らない人はいないというくらいの人。私も彼をお手本に、いろいろ学んだり活動したりしています」。

先生は今年1月、酪農家向けの「酪農技術セミナー」を学内の講義室で初めて開催した。「現場のことを考えてやっている海外の優れた研究などを紹介する場として、大場教授とともに始めました。酪農家さんにそういったものをかみ砕いて紹介していくというのも、大学の教員としては重要な役割だと思うんですよ」とその思いを語る。

また、自身の研究室の特長についても改めて次のように解説してくれた。
「TPPも発効へと動き出すなか、酪農は今後ますます重要になってくる産業と言えます。しかし、酪農についてきっちりとした研究・教育できるところは、北海道大学、帯広畜産大学など北海道にはあっても本州以南にはそう多くありません。さらに搾乳ロボットを持ち、多方面から酪農を学べるとなると、本州以南にはうちしかありません!」。
そして、最後にこう強調する。

「輸入することができないため、日本での牛乳の生産はおそらく未来永劫続きます。だからこそ、酪農現場をいかに改善していくかを考えていきたい。現場ではできないチャレンジを研究で、と思っています。こうした研究に興味を覚えた人はぜひうちへ来てください」。
 
杉野 利久 准教授
スギノ トシヒサ
家畜飼養学研究室 准教授

2003年4月1日~2007年3月31日 広島大学大学院生物圏科学研究科 助手
2004年10月4日~2004年11月3日 独立行政法人 農業・生物特定産業技術研究機構 畜産草地研究所 流動研究員
2008年4月1日~2015年5月31日 広島大学大学院生物圏科学研究科 助教
2012年~ 広島大学Distinguished Researcher
2015年6月1日~ 広島大学大学院生物圏科学研究科 准教授

2016年4月15日掲載

 

人間と自然の調和的共存への挑戦