これまでの活動(2010年度)

2010年度HINDAS第1回研究集会
(研究ユニット2(都市・農村の発展と社会変動)主催)

 

報 告 


日時:2010年7月4日(日)13:30-17:00(開場13:00)
場所:広島大学大学院文学研究科大会議室(東広島キャンパス)


第1報告者: 由井義通(広島大学大学院教育学研究科)
タイトル:インドの都市発展


<報告内容>
1.過剰都市化とFDI都市-東南アジア都市との比較-
1950~1970年代の東南アジアの都市化は,地方農村のプッシュ要因により,農村人口の向都移動がもたらせた「過剰都市化」であった。このような産業化なき都市化は,1970年代半ば以降,旧ASEAN6ヶ国では海外資本の直接投下による輸出指向型工業化政策によってFDI型新中間層都市の発達へと転換した。FDI型新中間層都市は,メトロポリタン地域の地元の人口を利用した空間的に拡大された都市化といえる現象である。東南アジア諸国における外資直接投資による都市化と比較して,インドの都市化は1990年代の新経済政策による外資導入後に製造業の進出に伴って進展し,東南アジアと同様にFDI型都市と同様の都市化ともいえる。しかしながら,インドの都市化は複数のメガシティへ分散的な人口移動,あるいは外資による製造業が輸出指向型ではないこと,郊外地域の農村の変化形態の違いなどから,東南アジアのFDI型新中間層都市との比較は慎重に行う必要がある。
2.デリーの都市発展と都市計画
激しい人口流入によって都市化の進行が著しいデリーにおいて,都市化を管理するためにデリー開発公団(DDA)が設立され,DDAはマスタープラン(MPD-21)を策定し,バランスのとれた都市開発を追求した。そのために,厳しい土地利用コントロールと土地利用許可制度が実施され,政府は,デリー大都市圏の諸問題について周辺地域を含めた形で対処するために首都圏整備局(NCRPB)を設立し,Regional Plan-2001を作成した。それによってデリー周辺のグルガオン,ノイダなどのデリー周辺のDMA都市に企業や人口の分散をはかった。しかしながら,デリー大都市圏への人口や産業の集中は勢いを増し,デリー大都市圏への機能の集中が進行したが,NCRPBはRegional Plan-2021を策定してデリーの成長を利用した都市整備に取りかかっている。都市計画区域にはアーバンビレッジとして多数の村が残されており、農村開発も課題となっている。
(由井義通)

<討論内容・座長所見>
 本報告は、東南アジアの都市研究から提示された過剰都市論とFDI型新中間層都市論を敷衍しつつ、後者のインド都市研究への適用可能性を、デリーを事例として検討した内容であった。討論では、そもそも成立が新しい計画都市であるデリーが、比較対象の事例として適切かといった議論をはじめとし、都市開発における外資の位置づけ、新しく開発されたゲイティド・コミュニティの特徴とそこに住む中間層の定義づけ、貧困者向けの住宅政策などについて活発な質疑応答がなされた。このように今回の討論では住宅開発が俎上に置かれ、インドの住宅政策や開発主体、居住者の特性が報告者の研究の蓄積に基づいて的確に確認された点に意義があったといえよう。座長個人としては、インフラ開発や産業開発を含めたインドの都市開発の全体的な特性やデリーの特殊性の検討が課題と思われた。とくに後者については、開発規制が厳しく土地利用の高度化を指向していないという大国の首都としては例外的な存在であり、そうした方針が採られる(あるいは採らざるを得ない)背景要因を追求する必要があると思われた。 (友澤和夫)




第2報告者: 澤 宗則(神戸大学大学院人間発達環境学研究科)
タイトル:グローバル経済下のインドにおける空間の再編成―脱領域化と再領域化に着目して


<報告内容>
 本発表は1991年の新経済政策以降のインドの空間変化を、経済のグローバル化による空間の再編成の一環ととらえた。インドの空間の再編成のプロセスを、ナショナル、リージョナル、ローカルのスケールごとに分析し、ギデンズの近代性に関する理論を援用した脱領域化と再領域化の概念の有効性を確かめた。さらに各空間スケール間の相互関係を明らかにする。その結果、空間は上位空間スケールに組み込まれながら、脱領域化かつ再領域化することを示した。
 ナショナルスケールの脱領域化は、インドへの外資・労働力・情報の流動性が高まり、国家の枠組みが緩くなることによってもたらされる。これに対して、外資誘致のためのインド政府による金融市場・労働市場・インフラ整備政策により、必然的にナショナルスケールでの再領域化が生じる。輸送機関の高速化とITの発展、および立地規制の政策的緩和により、空間的障壁が重要でなくなるにつれ、工場やオフィスに関する立地条件に関してリージョナルスケールでの脱領域化が進む。これに応じて、外資をめぐるインド国内での都市間競争が高まり、リージョナルスケールでの再領域化が必然的に進む。外資の誘致に成功した大都市の郊外や都市近郊農村では、グローバル化によって独自の景観や伝統・歴史といったローカルな文脈に埋め込まれた「場所」が剥ぎ取られ、上位の空間における経済的価値によって新しい意味づけをされながら、ローカルスケールでの脱領域化が進行する。同時にその変化のプロセスそのものがローカルな文脈に再び埋め込まれる中で、都市郊外や近郊農村の再領域化が不可避的に進む。
 グローバル化とは、近代性の帰結として、時間―空間の圧縮を加速度的に推し進め、社会的行為を上位の空間の中に位置付けることにより、空間の脱領域化と再領域化をやすみなく続けることである。これらの過程を通じて、ナショナル、リージョナル、ローカルの各スケールの空間はグローバルな空間に次第に組み込まれてゆくことを示した。(澤 宗則)

<討論内容・座長所見>
 本報告は、近年の経済自由化以降のインドの空間変化を、経済のグローバル化による空間の再編成と捉え、ギデンズの近代性の理論を援用した脱領域化と再領域化の概念を用いて、仮説的に、また体系的に明らかにしようとした意欲的研究である。実証性をもたせるために、発表者の農村調査の成果をはじめ、他の研究者の研究成果を多数引用している点も注目される。
 討論では、再領域化を進める主体、反グローバリゼーションを担う主体やそのプロセス、各スケール間の相互参照関係、地理学的単位にとらわれないメディアなどの重要性、脱領域化と再領域化の相互関係などをめぐって活発な議論がなされた。全体として、脱領域化と再領域化を軸とした説明の斬新さに対して評価がなされた一方、社会変化において重要な主体の問題や政治的過程、空間のダイナミズムについては注文がついたように思われる。
 座長所見を述べておきたい。本報告が高く評価されるのは、近年のインドの空間変化に正面から対峙し、しかも、脱領域化と再領域化の概念を用いて地理学的な観点を留保して説明しようとした点であろう。「目から鱗」という声も聞かれたが、確かに大変刺激的な内容であった。ただ、課題もあるように思われる。脱領域化と再領域化のモデルに適合させるように現実を整理した結果、主体や政治的過程が後景に退き、また経済的現象のメカニズムがやや看過されているようにみえる。また、地理的スケールごとに整理した結果、スケール間の関係がわかりにくくなっているように思われる。その意味で、質問にあったように地理学的単位にとらわれない発想も重要なように思われる。現代インドの社会変化、空間変化をトータルに捉えるには、他のアプローチもありえよう。澤氏の努力に倣い、個別の実証研究をふまえながらも、全体に関わるダイナミックな議論が展開していくことを期待したい。 (岡橋秀典)





第3報告者: 佐々木 宏(広島大学大学院総合科学研究科)
タイトル:「私事化」した学校教育と学歴形成―ウッタルプラデシュ州A市における調査から

<報告内容>
本報告では、ウッタル・プラデシュ州東部A市の学校教育の制度的条件(「私事化」した学校教育)とその条件を背景にした子どもの育ちの階層性について論じた。
 ‘「私事化」した学校教育’とは、教育行政の無作為と脆弱さのため、需給両面で公の関与が届きにくい領域が大きいという制度のありようのことを指す。このことは、基礎教育で顕著にみられる。たとえば、A市の基礎教育では、子どもを学校にやるかやらないかの判断や学校選択が親に委ねられ、また政府の規制が及びにくい・及ばない多様な教育機関(無認可を含む雑多な私立学校)が基礎教育の機会の相当部分を占めている。報告では、このような私的性格の強い制度が、子どもが受ける基礎教育の機会の階層化をすすめていることを、報告者が2001-02年に実施したA市調査の結果にもとづき指摘した。
 A市では2006-09年に、基礎教育の機会の階層化が中高等教育や学卒後の職業選択にどのように連関しているのかを確認するために、若者の生活史聞き取り調査を実施した。報告ではこの結果にもとづき、①基礎教育で確認した教育機会の階層性は、その後も基本的に一貫してみられること、②しかし、一定程度の流動性は確かにあることを、指摘した。ただし、②に関しては「私事化」した学校教育によって高等教育までの教育トラックが階層的に分断されているため貧困家族の子どもがアクセス可能な高等教育は、富裕層がアクセスしているそれとは異なること、またA市の労働市場では貧困家族の子どもが獲得した高学歴には必ずしも大きな価値が付与されていない、ことも同時に指摘した。これらのことは、経済発展と教育普及の進展のなかインドでも近年、時にメディアなどを通じて語られるようになった「貧しさのなかから苦学を経て『成功』する」というサクセスストーリーの、北インド後進州の地方都市における「現実」を示唆している。 (佐々木 宏)

<討論内容・座長所見>
 報告の中で用いられたいくつかの視座をめぐって、質疑応答が交わされた。第一に、高等教育を受けてもそれが直接労働の機会の獲得と結びついていない「中途半端な高学歴者」の問題である。これと不就学者との比較、および親の学歴との相関性について質問が出された。佐々木氏は、不就学者の方が中途半端な高学歴者よりも教育にかける費用便益の点で有利になっている現状と、親の学歴は階層化の要因のひとつに過ぎない点について述べ、中途半端な高学歴者の実態を明らかにすることで、不就学者が学歴を得ることのインセンティブにつながると研究の意義を示した。第二に、「私事化した」教育の意味やその背景となるインドの教育制度の変化について質問が出された。佐々木氏は、政府の手が及ばない領域で起きている教育の「私事化」を問題にしていること、また制度が教育をめぐる機会の階層化を助長している点を強調した。第三に、教育や労働環境の地域差についても議論となり、今後の調査に南インドやデリーの都市部を含めたいという見通しが示された。 (岩谷彩子)



 

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