これまでの活動(2010年度)

2010年度HINDAS第2回研究集会
(研究ユニット1(経済発展と空間構造の変動)主催)

 

報 告

日時:2010年7月24日(土)13:00-17:00
場所:広島大学大学院教育学研究科K217講義室(東広島キャンパス)


第1報告者:鍬塚賢太郎(琉球大学法文学部)
タイトル:インドICT産業の大都市集積と地方都市への展開


<報告内容>

 継続的な成長をみせるインドのICT産業に関しては,その集積規模からバンガロールなどの大都市が注目されてきた。本報告では,大都市との密接な関係のもとで展開する当該産業の地方都市での成長について把握することの意義を論じた。グローバル経済下で形成されたICT産業集積が,いかなる影響を既存のナショナルな構造へ及ぼすのかを検討することは,現代インドの空間構造を探る上で見過ごせない課題だからである。
 インドICT産業による「サービス輸出」の殆どは,大都市が位置する州から行われてきた。しかし,近年,当該州以外からの輸出も増加傾向にあり,小規模とはいえ非大都市圏での成長をみてとれる。ICT産業ではコールセンターやバックオフィス業務等のBPO部門が拡大している。こうした動向は,国内向けのサービス提供についても認められる。もっぱら英語を用いる「国際コールセンター」だけでなく,携帯電話や家電などの「普及」に対応して,ヒンディー語などを用いる国内向けコールセンターの設立もみられる。その立地先として注目されるのが,「費用対効果」と「人材」確保を見込める地方都市である。ここで問うべきは,いかなる企業によってそれが行われているのかである。この点にかかわって重要なのが,当該部門の人材獲得戦略と地方都市における人材供給の仕組みであり,両者を結びつける州政府の産業開発への取り組みである。
 「サービス輸出」を基調として成長してきたインドICT産業は,既存集積地での立地コスト増大もあり,地方都市を新たな立地場所とする成長を模索している。その一方,大都市を持たないインド各州では,州政府が当該産業誘致を梃子に産業開発を試みており,地方都市間に競合的な関係が芽生えつつある。ICT産業立地が起動させるナショナル・レベルでの空間構造の変動を理解するためには,国外とインド大都市との関係だけでなく,非大都市圏すなわちインド地方都市をも包含した議論が必要である。(鍬塚賢太郎)

<討論内容・座長所見>
 本報告は,現代インドにおけるICT産業の発展について,空間的な変動に着目して論じたものである。従来,斯業は大都市での集積を指向するものであったが,近年は地方都市への展開もみられている。報告では,具体的な事例を踏まえながら新たな動向が示された。また,大都市におけるICT産業の空間構造についてモデル化し,斯業の空間的ダイナミズムを敷衍する試みがみられた。討論では,モデルの妥当性について,インフォシスなどの外資企業と地場企業などでは企業間連関の差異が異なる点をどう捉えるかについて,零細企業についての実態,そして州政府による立地政策の成否などについて活発な議論が重ねられた。以上から,モデルについて検討を加える必要があること,ICT産業内における企業間連関についての検討が今後の課題として挙げられた。最後に座長所見として,今後は大都市集積から地方都市への展開を包括的に捉えるモデルの提示も,ICT産業の空間論において不可欠ではないかと思われる。(宇根義己)





第2報告者:友澤和夫(広島大学)
インド自動車産業の現状と課題−自動車工場の立地をどう捉えるか−


<報告内容>
 本発表では,①世界の自動車生産におけるインドの位置づけ,②インド自動車産業の成長と立地,③特別カテゴリー州における自動車工場立地の進展,の3項目について報告を行った。
 インドは中国,ブラジルとともに近年自動車生産が増加しており,かつこの3国で世界生産の3分の1弱を構成するという規模からBICsとして注目すべきことを指摘した。BICsの自動車生産は国内市場向けになされており,ここに共通した発展要因が見いだせる。インドに着目すれば,世界の自動車メーカーの中では中堅クラスが生産の主役であり,それらによる立地行動や生産配置に注目する必要性がある。
 インドの四輪車メーカーの立地をみると,ローカル企業が多所立地する傾向が強い点に特徴がある。時系列的には,1970年代までの保護主義下でローカル企業によって初期の立地パターンが形成された。1980年代には,新設工場の多くは政府の立地誘導によって後進地域に立地した。自由化政策が導入された1990年代以降には,政府の立地誘導もなくなり,自動車工場の新規立地は後進地域を離れて大都市の郊外を指向したものとなった。以上の結果,NCR,チェンナイ〜バンガロール,ムンバイ〜プネーの3地域が卓越した自動車産業集積地となっている。
 2000年代以降では,特別カテゴリー州(条件不利地からなる後進州であり,産業立地に特別な優遇措置が適用される)への立地が新傾向である。ウッタラカンド州とヒマチャール・プラデーシュ州では,山岳州という枠組みに与えられた優遇措置を,ローカルにはシワリク丘陵前縁の平坦部での工業開発に置き換えて実行し成果を上げており,自動車企業6社(二輪,三輪を含む)の進出がみられる。(友澤和夫)

<討論内容・座長所見>
 本報告は、近年インドの主要産業として成長著しい自動車産業の発展をメーカー・部品企業の立地・集積パターンという地理的側面からとらえ、さらに近年の新たな動きとして、後発地域である特別カテゴリー州での自動車産業の立地展開を分析した興味深い内容であった。報告後、以下の質問を含め、参加者から多くの質問が発せられ、大変活発な質疑応答が行われた。1)1990年代以降、自動車産業の集積度が高まったことに関連し、なぜ、タタ自動車社の組立工場がインド各地に分散立地している一方、マルチ・スズキ社は、ハリアナ州に一点集中しているのか。2)山岳州であるウッタラカンド州で、近年、優遇措置に誘引された自動車産業の進出が見られるが、自動車産業は、積極的に誘致したい推進産業か、あるいは環境に負荷がかかる産業として、ネガティブリスト掲載の産業として位置付けられているのか。3)生産車種(たとえば、商業車もしくは乗用車)によって立地・集積パターンが異なるのではないか。4)特別カテゴリー州における立地展開に関して、特別優遇措置があるにせよ、企業の集積が可能なのはなぜか? 企業間にどのような競争ないし分業パターンがみられるか。
 近年、先進国・途上国を問わず産業クラスター研究が盛んだが、友澤氏の長年の研究の蓄積に基づき、豊富なデータを駆使して行われた本報告とそれに続く討論は、インドの産業開発における地理的要因の重要性・特殊性、個別企業の立地選択と競争力との関係、地域産業クラスター形成における政府(中央・州)による優遇政策の役割を検討する上で多くの貴重な示唆を提示した。今後、インフラへのアクセス、交通網や販売網の整備・発達の度合いなど企業立地パターン以外の地理的要因の影響、商業車・二輪車や他産業の立地特性との比較などの考察も含め、研究の一層の発展が期待される。(岡田亜弥)




第3報告者:荒木一視(山口大学教育学部)
インドの経済成長と農村への影響


<報告内容>
 成長する都市と取り残される農村という二項対立的な理解ではなく,都市の経済成長が農村にも影響を及ぼしているのではないかという観点からの実証的な取り組みを報告した。一般的に経済成長,生活水準の向上は青果物の需要をふくらませるといわれるが,実際にインドの青果物生産は急速に拡大している。また,青果物の生産の地理的パターンと取引市場のパターン,消費のパターンには地域的なズレがあり,全国的な青果物流通体系が形成されていることがうかがえる。MP州インドール市場の事例からも,当該市場の青果物,特に野菜類ではデリーやムンバイなどの州外との結びつきが強くなるとともに,取引量の増加,価格の上昇が認められた。次にインドール市場が集荷する周辺部の農村を事例として,地方農村の野菜生産・出荷の状況を検討した。野菜のインドール市場への出荷は中規模以上の農家には広く認められるとともに一部の農家は直接デリーやムンバイの市場に出荷しているものも存在する。また,インドール市場での野菜取引が拡大する90年代以降は,農村においても野菜栽培の拡大が認められた。90年第中葉と00年代中葉の比較からは,小麦と大豆を中心とする作付けの骨格はかわらず,両者に比べると野菜栽培面積は大きな差があるものの,野菜作が吸収する労働力は両者を上回り,州外で消費される野菜の生産が農村労働者の雇用機会を牽引していることを指摘できる。機械化の進んだ小麦や大豆作では特定の大規模農家の収益が増えるものの,村内の中小農家や農業労働者世帯への恩恵は少ない。これに対して野菜作は少ない面積ながら,多くの農業労働力を必要とし中小農家や農業労働者世帯への経済的影響が少なくないのである。その一方で,こうした一連の動向が,村内の経済格差に対して,攪乱要因としてはたらいているのか,それとも格差を固定する作用を及ぼしているのか,注意深く検討していく必要がある。


<討論内容・座長所見>
 経済成長下のインドについては,多くの論者が地域格差の拡大を指摘している。しかし,それをローカルなスケールまでおりて実証的に検討したものは意外に少ない。そうした中で,本報告は都市と農村の格差拡大というスタンスではなく,都市の成長が農村にいかなる影響をもたらしているかという観点に立って,村レベルで詳細な実証的検討を行っている。農産物の流通が全国的なスケールに拡大していること,他方,事例農村でも野菜生産の拡大が農業労働力の雇用の拡大に結びつき,中小農家や農業労働者世帯にも経済的影響を与えていることを明らかにしている。この点は発表者独自の成果であり,今後のインド農村の変貌を考える上で示唆するところの多い貴重な成果といえよう。
 発表後、以下の諸点について質問が出された。1)対象村における作付けパターンの変化と農家諸階層への影響,2)広域流通の進展による農民層分化の問題,3)機械化の影響、4)農薬・化学肥料の投入や井戸灌漑の増加などの農法上の変化,5)農業労働者の賃金や農地の貸借の動向,6)農業労働者の地位向上。これらについて報告者から活発な応答がなされ、かなりの程度理解が深められたように思われる。
 最後に、座長所見を述べておきたい。本報告は農産物の商品化や流通という点から近年の農村の変貌を捉えたところにオリジナリティがある。ただし、農村の変化自体については、農業労働者の問題など、さらに深めるべき事項があるように思われる。これに関連して、対象村の位置づけをより明確にする必要もあろう。また、個別農家対応が中心で組織化されない出荷のあり方、複雑な様相を示す卸売市場の制度と機能についても、今後の検討が望まれる。
 今回の討議の結果をふまえて、荒木氏の研究がさらに発展することを期待したい。(岡橋秀典)





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