これまでの活動(2010年度)

2010年度HINDAS第3回研究集会
(研究ユニット2(都市・農村の発展と社会変動)主催)

 

報 告

日時:2010年7月25日(日)9:30-12:00
場所:広島大学大学院教育学研究科K217講義室(東広島キャンパス)


第1報告者:森 日出樹(松山東雲女子大学)
タイトル:インドにおける分権化の進展とパンチャーヤト政治への住民参加


<報告内容>
 本報告では,まず,インドにおける地方分権化の進展について簡単に紹介した後,住民のパンチャーヤト政治への参加(包摂を伴う民主化)がどのような条件で促進されるのか検討した。事例として,カルナータカ州のK.GP(GP=村パンチャーヤト)と西ベンガル州のB.GPを取り上げた。パンチャーヤト政治への住民の参加を促す条件として,①州政府のパンチャーヤト制度改革への取り組み,②社会経済的格差の不平等が少ないこと,③パンチャーヤト議員の社会経済的属性と資質に着目し,報告者が両GPで実施したアンケート調査の結果をもとに,村民会議の認知度や出席状況を検討した。上記の条件がより満たされていると考えられるB.GPで住民の参加状況が良く,また,B.GPでは開発成果への住民の評価もK.GPに比べ全般的にやや高くなっていた。このことから,草の根の民主主義を促進する上で上述の条件が必要であること,また,草の根の政治への住民の参加は開発の効率性を高めることを指摘した。しかし,B.GPといえども,住民の要求・意見表明や政治への関わりは,フォーマルな場や制度・手続きによることのないインフォーマルなかたちでも展開されてきた(political society)。それはある程度,貧困層の要求の吸い上げや,議員を律する役割を果たしてきたが,そこには透明性・公共性の欠如,パトロン=クライエント関係の形成,女性の排除,党派意識による過度の住民の分断などの問題を指摘することもできる。報告の最後では,開発政策を作成する側(エリート)に代表されるような市民社会的な価値と,開発政策が実施される現場で表出される価値とを仲介し,交渉させるものとしての役割をパンチャーヤト議員や村民会議が果たしていく必要性が指摘された。(森 日出樹)

<討論内容・座長所見>
 当日の発表は,森(2008)「インドにおける分権化の進展とパンチャーヤト政治への住民参加」(近藤則夫編『インド民主主義体制のゆくえ:多党化と経済成長の時代における安定性と限界』アジア経済研究所)とセットとしてとらえると,インドにおける住民参加やローカルな政治に関する全体像が見えてくる。つまり,森(2008)において,インドの分権化と住民の政治参加に関する全体像を示し,本発表ではカルナータカ州と西ベンガル州の村パンチャーヤトを事例として取り上げている。発表内容については,発表要旨に譲り,ここでは当日の議論のまとめと座長のコメントを記す。議論は,①政府系の開発とNGO系の開発との違いや関連性,②民主主義達成の評価の方法,③都市地域と農村地域の違い,④政党の介入方法,⑤ジャーティとの関連性などが中心であった。最後に,地方制度(パンチャーヤト)の改革による地方制度の民主化への取り組みをめざした1993年の第73次憲法改正は,インド国内あるいはグローバルな動きの中で,どのように位置づけるのかを示すことによって,グローバルな動きとローカルな動きとの関連性が浮かび上がるのではないかというコメントを座長から申し上げます。(澤 宗則)





第2報告者:岩谷彩子(広島大学)
タイトル:越境する数珠―商業移動民ヴァギリが切り結ぶインドの都市・祭礼空間の諸相

<報告内容>
 紀元前から現代に至るまで,インドのビーズは交易品として地域や海を越えて人々を結びつけてきた。本報告は,現在,ビーズ製の首飾りや数珠(マーラー)の制作・販売・流通にたずさわる商業移動民ヴァギリを事例として,人とものの移動から空間の生成をとらえることを試みた。1970年代以降,地理学の領域では地図上に描かれる空間をあらかじめ前提とするのではなく,人々の相互行為と想像力によって生成と変容をきたす空間に関心が高まってきた(ルフェーブル,1976; ソジャ,1996)。人類学でも,人間の行為やものの移動から空間の生成をとらえなおす研究が提出されている(Appadurai,1986;Augé,2002; 西井,2006)。
 本報告で論じた商業移動民ヴァギリの生活空間は,彼らの移動によって不規則に規模と形を変えるものである。州政府によって彼らの定住化が進められた1970年代以降も,商品原料の買いつけや行商時に,親族を中心単位としてその時々の利便性に合わせる形でヴァギリはコミュニティの編成と居住空間を柔軟に変えている。また彼らの移動は,行商で扱う物品の変化に左右されている。1950年代以降の巡礼地の勃興を受けて,ヴァギリは農村女性の装飾品としてのビーズから巡礼者用の数珠へと行商の中心を移している。また1990年代以降の市場経済化がもたらした,観光客や海外に住む在外インド人や都市に住む新中間層による新たなビーズの需要に対応して,エキゾチックでトライブ色を帯びるビーズも販売するようになっている。さらに政府による巡礼地の管理やビーズの生産地の成長,他のコミュニティによるビーズ・ビジネスへの参入など,市場を左右する複数の要因がヴァギリに異なるビーズの流通と行商地とを選択させている。
このように,変化する市場とビーズの需要に応じて,異なる主体が参入する新たな商業空間が生起している。そして商品とその社会的な意味の変化に加えて,それを扱うヴァギリに対する社会的な捉え方も変化している。今後は,ヴァギリ自身による異なるビーズに対する意味づけをより深くとらえ,観光地やクラフトフェアなど異なるコミュニティが混淆し,競合する新たな空間の生成とそれぞれのコミュニティの再定義についてさらに実態を解明していきたい。(岩谷彩子)

<討論内容・座長所見>
 本拠点のキーワードの一つである「空間」概念に対して問題提起しつつ,インドで最も周縁的な存在の一つであるヴァギリの生活空間のあり方を論じた岩谷の発表に対して,参加者より多くの質問や意見が寄せられた。なかでも,岩谷のいう「空間」概念は,むしろ「関係」と呼ぶのが適切なのではないか,という意見,ヴァギリの生活をどのような普遍的な議論に結びつけるのか,という質問は,本拠点全体の構成に関わる大きな問題の指摘にもなった。「空間」概念の精緻化,周縁的な生活空間の持つ移動性,柔軟性,混淆性とマクロ空間との関係については,今後も引き続き検討を要すると考えられる。ヴァギリの行商が扱う物品の変化を鍵に,どのような社会空間の変動を描き出していくのか,岩谷の今後の研究の進展と本拠点への貢献が期待される。(橘 健一)





戻る