これまでの活動(2010年度)

2010年度HINDAS第5回研究集会

研究ユニット2(都市・農村の発展と社会変動)主催


報 告


日時:2010年11月27日(土)9:30-12:00
場所:広島大学大学院文学研究科 2階 B253講義室(東広島キャンパス)(下部もしくはクリック)


第1報告者:岡橋 秀典(広島大学大学院文学研究科)
タイトル:現代インドの空間構造をどう捉えるか

<発表内容>
 本報告では,現代インド研究においてどのように空間構造にアプローチすべきかを試論的に展開した。最初に,空間構造を地域研究として考察する場合,単なる地域差,地域的多様性ではなく,包括的,総合的な地域性を問題とし,かつその生成メカニズムにも触れるべきであることを述べた。その後,地域格差論,全国スケールの空間構造論,ローカルスケールの空間構造論について順に検討した。地域格差論については,成果が豊富であるが,もっぱら州を単位とした分析であり,また地域格差の要因の検討も未だ十分でないことを指摘した。全国スケールの空間構造論では,佐藤(1994)の『インド経済の地域分析』によるインド経済の地域構造をふまえた上で,空間構造の説明モデルとして地帯構成論と中心周辺モデルの二つを掲げた。インドが都市と農村の分断構造から都市を中心とした求心構造への転換過程にあるとするならば,後者のモデルを重視すべきである。ローカルスケールの空間構造論では,従来の大都市論と産業集積論をより合体的に捉えることを問題提起し,その具体的な形としてメガ・リージョン論に注目した。特に,デリー=ラホール地域はメガ・リージョンとして捉える意義をもつと思われるので,今後検討していきたい。 (岡橋秀典)

<討論内容・座長所見>
 本報告は,現代インドに関して提示されてきた既往の空間構造モデルを整理した上で,そこにグローバル化もしくは経済自由化というダイナミックな状況を新たに織り込む必要性を指摘するものであった。それはまた,大都市の産業集積を推進力として,ナショナルな空間構造が求心的なそれへと転換するメカニズムを,「メガ・リージョン」という認識装置を利用して解明していく意義を示すものであったようにも思われる。そのためか,参加者の関心は「メガ・リージョン」に注がれた。具体的には,1)複数の「メガ・リージョン」間の関係,2)「メガ・リージョン」と,そこからこぼれ落ちる地域との関係について,である。これらはローカル・スケールの空間構造と,ナショナルなそれとの相互関係を説明するうえで見落とせない論点となろう。また,衛星データに基づいて例示された「デリー=ラホール地域」に着目する場合,3)グルガオンなどでの大規模な郊外開発や,4)デリーの持つ「首都性」などの位置づけについても指摘がなされた。いずれにしても,実態把握の進展とともに議論が積み重ねられ,現代インドの新たな空間構造論が展開されることが期待される。(鍬塚賢太郎)





第1報告者:マハラジャン ケシャブ ラル(広島大学大学院国際協力研究科)
タイトル:ネパールインド貿易の推移と問題点


<発表内容>
 ネパールとインドは世界のなかでも他に例が見られないほどに緊密で特殊な関係にある。広い意味ではヒンドゥー教に基盤をもつ同一文化圏にある両国間の約1,600kmにも及ぶ国境は19世紀に既に制定されているとしても,地域住民はそれをあえて強く意識することがなく国境をまたがって生活を営んできた。両国間にある国境では,人,モノ,金は自由に移動できる,いわばオープン・ボーダーである。そのうち約1,000kmに及ぶネパールの南部平野,インドの西ベンガル州,ビハール州,ウッタル・プラデーシュ州間の平野部では人々は山などの地形の障害もなく,実に容易に往来できる。20世紀の半ばごろまではネパールの南部平野は深い亜熱帯森林地帯からなり,定住民が少なく,フロンティア的性格が強かった。その後,同地域の開拓に多くのインド人(北インド系諸民族)が動員され,その定住が促されてきた。そのこともあってネパールからインドへ主に一次産品が輸出され,逆に,インドからネパールに対して一次産品および完成度の低,中,高の製造品が輸出されてきた(Regmi, 1988; Upadhaya, 1992)。その物品流通の構造は,後に両国間の貿易を統計的に把握できるようになった後でも基本的には変わらない。とりわけ,1951年にラナ専制政権から開放されたネパールは国家の財政基盤を固めるため,国境を越えて取引される物品に関税をかけて税収の増大をはかった。国境貿易はネパール国民の生活においてのみならず,ネパールの経済においても重要な意味をもつようになった (Pant and Jain, 1972)。しかし,インド側におけるネパールとの貿易の認識および,その重要性はネパールにおけるものとは異なり,隣接する上記3州以外にはほとんど認知されることはなかった。また,両国の国力,人口,経済等の規模の格差はあまりにも大きいため,両国間の貿易の形態,量,金額いずれにおいてもその意義と経済,社会におけるその役割には大きなずれがある。そのようなこともあいまって,両国の貿易には優遇策も多く講じられた反面,多様な摩擦も頻繁に起きる。これらの優遇策,摩擦は地域住民の生活圏,地勢,時の国際事情,両国の国内政状,社会的気運によって左右されることがある。両国におけるこの関係は,「インドがくしゃみをするとネパールは常に風邪をひくはめになる」と比喩される。「眠りから目を覚めた虚像」といわれるインドの経済発展の明示的な波及効果はネパールには感じられず,むしろ「眠り続ける」BIMARU―ヒンドゥースターンと類似する状況を多く共有している。(マハラジャン ケシャブ ラル)


<討論内容・座長所見>
 討論では,ネパール=インドの貿易について,国境の持つ機能について質疑が集中した。まずオープンボーダーとして人と物と資本が自由に行き来していること,また,通貨はインドルピーと固定相場制であること。ネパールからインドに流通する物資の多くが工業製品であるのに対し,インドからネパールに入るものは食料・工業製品などの生活必需品であるなど,貿易の主導権はインドにあることに議論が集中した。これに対し,小国ネパールにとって対インド貿易は貿易総数の8割を占めており,インドの政策ひとつでネパール経済は大打撃を受けること,インド国境に接したタライ平原はネパールでも有数の工業地帯であるが,その従業員の多くはインド系住民であり,インドの富の恵みよりもヒンドゥスタン平原の貧困を共有しているなどの答えがあった。
 また,発表のなかでは,関税を徴収記録をもとにした貿易数がインド側の記録とネパール側の記録で数値が違うなど,興味深い点が見られた。特に主要農産物の流通事情はまだわからないことが多く,今後の実態調査が必要な分野である。また,近年対中貿易の伸びはどうなっているのか,観光産業による収入は内戦でどれだけ変化したのかなど,この10年間での変化が非常に大きいことが予想できる。今後の研究に期待したい。
(渡辺和之)



戻る