これまでの活動(2010年度)

2010年度HINDAS第7回研究集会

主催:研究ユニット1・2合同


報 告

日時:2011年2月5日(土)13:00-17:00
場所:広島大学大学院文学研究科 1階 B153講義室(東広島キャンパス)



第1報告:上杉妙子(専修大学)
タイトル:軍務と市民権—『1997年以前グルカ兵』の英国在留権獲得をめぐる運動・論争の分析


<発表内容>
 軍務と徴兵制は初期の国家市民権概念の構築において重要な役割を果たしたといわれる。新自由主義的政治思想が優勢となった西欧先進国において,市民権についての議論が能力や義務,責任を強調するものに変質したといわれる現在,軍務と市民権との関係はどのようなものとなっているのであろうか。
 本発表では,このことについて検討するために,新自由主義的政治思想の発祥の地の一つである英国を取りあげ,香港返還(1997年7月)より前に退役したネパール人兵士(「1997年以前グルカ兵」)の英国在留権獲得をめぐる運動・論争について,新聞記事や論説,投書ならびに調査データを用いた分析を行った。
 英国政府は,「1997年以前グルカ兵」が英国に在留すると英国人並みの恩給を支給しなければならなくなり,国防省の財政に負担がかかるとして,在留を認めない政策を堅持しようとした。それに対して英国世論は,グルカ兵が生命を賭して英国に貢献してきたことを重視し,退役グルカ兵全員の在留を認めるべきであると主張,政府の政策が道徳性に欠けるとして激しく批判した。結局,退役グルカ兵側を支持する野党・自由民主党が提出した動議が与党労働党議員からの造反もあって庶民院で可決され,政府は世論に屈服することとなった。
 以上の論争の分析から,世論が移民を市民社会に包摂する原理として軍務に就くことを重視していることが明らかとなった。市民権についての議論が能力や義務,責任を強調するものに変質したとする先行研究の指摘は,この事例でも裏付けられたといえよう。また,資産家やエリートでなくても就くことのできる軍務を重視して移民の包摂を認めたということは,市民権概念を大衆化するものであったといえるのではないだろうか。
結論として,新自由主義的政治思想が優勢な市民社会においても,市民権概念の構築に際して軍務が一定の役割を果たすことがあると主張した。(上杉妙子)

<討論内容・座長所見>
 上杉氏の報告は,2008年から2009年の英国社会で見られた,「プレ1997グルカ兵」と称される,在英退役ネパール人軍人による永住権獲得運動に対する政府の応答と,おもにマスメディアに現われた世論を分析するものである。ここに「プレ1997グルカ兵」というのは,香港返還によって旅団本部が英国に移される前に退役したグルカ兵のことをさす。当時の労働党ブラウン政権は,財政的負担などを理由に永住権を認めようとしなかったが,世論は,グルカ兵の忠誠心を称え,彼らに恩義を負っているとして運動を支持,加えてブラウン政権が愛国心に欠けると非難した。結局,庶民院で野党の自由民主党から出された動議が可決され,4年以上勤務したすべてのグルカ兵に英国在留が認められることになった。
 上杉氏は,上述の議論を,西欧社会における市民権と軍務との関連という広大なパースペクティヴの中に位置づけ,ポスト・モダンにおける市民権と軍務との乖離,新自由主義下での市民権概念の変容によって読み解こうとする。かつては,市民の義務であった軍務が,今日では,移民が市民になり得る条件の一つとなったと喝破している。
 報告は全体として緻密に構成されているが,当該の英国社会での論争のすべての局面を「新自由主義」で括ろうとする傾向が否めない。フロアからの指摘にもあったように,国家のとる移民政策と,個々の市民の責任と義務とを同列に論じることの可否,労働党の「第三の道」路線の内実などが検討されるべきであろう。やや分節化されずに使用されている新自由主義という概念を,社会・国家・市場で腑分けして検討することが期待される。
 事実確認として,運動体としての元グルカ兵の人数や組織またネパール政府の対応,他の「マーシャル・レース」の動向などを問う声があった。(安野早己)





第2報告:中條曉仁(静岡大学)
タイトル:インド・ウッタラカンド州におけるヒマラヤ・ヒルリゾートの実態

<発表内容>
 本報告は,インド・ウッタラカンド州のヒマラヤ山麓部に分布するヒルリゾートの実態を,近年開発が進んでいるノークチアタールを事例に観光関連施設と来訪者の地域的特性等を手がかりに検討した。
 ウッタラカンド州のヒルリゾートは,イギリス統治下で開発された「ヒルステーション」やヒンドゥ教の巡礼地を起源とするもの,近年の経済成長に伴い開発されたものとに分類することができる。本報告で取り上げたノークチアタールは,2000年ごろからノークチアタール湖の周辺に観光関連施設の立地が進んでいる地域である。
 ノークチアタールでは,域外資本や地元住民による宿泊施設の開設が進んでおり,特に地元住民の観光関連ビジネスへの参入という意味で注目される。宿泊施設で雇用されている従業員は地元のナイニタール県内出身者が大部分であり,ノークチアタール周辺に居住する地元住民も季節的に雇用されている。宿泊施設における必要物資の調達先は,ハルドワニやビームタールなどの周辺都市に依存していた。宿泊施設における来訪者をみると,その多くはデリー大都市圏に居住する新中間層の人々で占められており,家族や若者のグループであった。来訪者は自家用車で直接アクセスするか,列車とタクシーを乗り継いでアクセスし,1~2泊程度の短期滞在であった。また,湖畔には宿泊施設に加えて地元住民が営む商店やレストランが立地しており,すべてがオーナーとその家族によって経営されていた。また,周辺村落の住民は湖を周遊する貸しボートを営んでおり,ノークチアタールを訪れる観光客の増加が地元住民に対して様々な起業機会を提供していると考えられる。(中條曉仁)

<討論内容・座長所見>
 過去3回にわたる継続的なフィールドワークをもとに,ヒマラヤ山岳地帯の新規リゾート開発が湖畔の村に与えた影響の詳細について報告がなされた。地元住民がゲストハウスや貸しボートを開始する際の資金調達の方法,観光客を呼び込む方法,また宿泊施設における公営宿泊施設の果たした役割,事例地域があるウッタラカンド州がウッタルプラデーシュ州から分離独立したこととの関連性,観光開発が地元の地域経済に与えた影響などについて,活発な討議が行われた。座長のコメントとしては,インドの経済成長に伴い,新中間層の増大が新たな観光需要の増大につながり,従来富裕層のためだけの観光地であるヒルステーション(事例の場合は,ナイニタール)が,新中間層の観光客が増大することにより富裕層に敬遠され,新たなヒルリゾートとして事例地域が開発されたと考えることができる。その際,新たなヒルリゾートはヒルステーションと同様なイメージで商品化されてきたのか,違いがあるのかという点,特にこれら観光地のイメージの商品化に関して,ヒルステーションで認められるポストコロニアルな文化状況から変化が認められるのかという点について,今後の研究の展望があるのではないかと感じた。 (澤 宗則)






第3報告:日野正輝(東北大学)
タイトル:
経済自由化後のインドの都市化:従前の都市化モデルによる説明の有用性と限界

<発表内容>
 本報告は,主に都市化に関する先行研究の議論を整理したものである。それは,1990年代以降安定した経済成長を続けるインドにおいても,東南アジアの大都市が1980年代後半以降に経験したと同様の変化が起こっているのか,あるいはインド特有の動きが存在するのかを尋ねる上で,必要と考えられたからである。
 最初に(I)欧米の都市化モデルおよび1980年代後半の東南アジアの都市化モデルについて紹介した。欧米の都市化モデルについては,都市化のステージの遷移について説明した。また,段階的都市化(Differential Urbanization)の考え方についても要点を説明した。一方,東南アジアの都市化に関しては,過剰都市論に代わって新中間層の成長に特徴づけられる拡大大都市圏モデルについて,FDIによる工業開発が都市成長・拡大のけん引力を果たしたとする小長谷モデルを使って説明した。
 次に,(II)インドの1990年代の都市化の特徴を上記の都市化モデルと対照しながら概観した。インドの都市化水準は1990年代以降の経済成長にも関わらず2005年現在も30%に達していない点を最初に指摘した。それは,インドの経済成長から推察される大都市化のイメージとは異なるものである。このインドの都市化水準の計測に関連して,衛星写真を利用して都市人口を計測するe-Geopolisプロジェクトの取組を紹介した。また,全国規模の流通網の形成が進んでいるが,地方の成長の極として機能する可能性をもつ都市の成長は顕著でない点も紹介した。
 以上の紹介を踏まえて,最後にインドの都市化研究のアジェンダとして10点ほど挙げた。(日野正輝)

<討論内容・座長所見>
 参加者との活発な議論が展開された。質問やコメントの多くは従前の「都市化モデル」とインドの都市化の実態との間に想定できる懸隔を,どのように説明し,また橋渡しするのか,という率直な関心に基づくものであった。こうしたことを背景に議論の範囲は,高度経済成長期の日本,90年代以降の東南アジア,そして中国との比較といった大きな視野から,次第にインドを特徴付ける都市化のあり方へと絞られ,参加者からも新たな論点が提示された。具体的には,1)北インドと南インドとの間にある都市成長の仕組みの違い,2)新州誕生や分権化といった中央政府や州政府レベルにおける政治と都市化との関係,3)膨大な数の中小企業(資本)と都市化との関係,などである。特に最後の論点は,インド中小都市の成長のあり方を理解する上でも見逃せず,FDI主導型モデルとの比較においても重要なポイントとなろう。単一の大都市だけでなく,複数の大都市,そして中小都市,さらに農村地域それぞれの関係を俯瞰することも,都市化の理解において大切だからである。ただし,具体的研究にあたって技術的な課題もつきまとう。報告者の示すGISを用いた先行研究は,その解決のヒントとなろう。(鍬塚賢太郎)

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