2011年度HINDAS第1回研究集会

2011年度HINDAS第1回研究集会

主催:HINDAS 研究ユニット1・2・3合同

報 告

日時:2011年5月28日(土),29日(日)
場所:広島大学大学院文学研究科 1階 B153講義室(東広島キャンパス)


5月28日(土)
○第1報告(13:30-14:40)
幅崎麻紀子(山形大学)
「「塀」とコミュニティ: ネパール都市近郊における「コロニー」の事例から 」

 本報告は,カトマンズ近郊において近年顕著に見られるようになった「塀」に焦点を当て,「塀」をめぐって繰り広げられるコミュニティをめぐる人々の実践について考察したものである。
 従来,地縁血縁コミュニティにおいて,社会空間秩序人々の間で共有されてきた。父系出自コミュニティであるカトマンズ近郊C集落においても,カースト,ジェンダー,キンシップ等と結びついた社会空間秩序は,言語化された知識として教えられると共に,儀礼や共同作業を通して体得されてきたものであり,造作物によって可視化された空間ではなかった。しかし,近年,集落内に壁や柵を設け,コミュニティ内の社会空間秩序を可視化する動きが起こりつつある。
 一方,1990年代以降のプライベートセクターによる住宅開発によって,カトマンズ郊外では「コロニー」と呼ばれる居住空間が偏在するようになった。「コロニー」とは数十軒(数百軒)の同じデザインの住宅群を2m程度の塀で囲んだ空間である。本報告で取り上げたRコロニーは,チェットリ,バフン,ネワール,その他の民族から成る多民族空間であり,そこに居住する人々は,民族・カーストや職業の異なる人々の集団を同質的集団に変え,「良いコミュニティ」とするための様々な取り組みを実践する。共用部分の管理運営を行う「組合」やバザーの開催等のフォーマルなコミュニケーションと共に,出勤前の雑談や帰宅後の晩酌,個人的な贈り物の交換,個人が抱える問題への支援等,インフォーマルなコミュニケーションによって,人々の間に「コミュニティ」意識が醸成されつつある。その一方で,儀礼や共食を行うことはなく,隣家との間の塀や施錠された鉄の柵に象徴されるように,隣人との差異を強調する。
 すなわち,近年カトマンズ近郊において顕著に見られる「塀」の出現は,共有された価値体系を保持してきた伝統的コミュニティにおいて,暗黙の了解であった空間秩序が崩れつつあることを示唆する一方,「塀」で囲まれた様々な民族から成るコロニーという空間では,共有された価値体系を持つ新しいコミュニティを作るための実践が行われているのである。 (幅崎麻紀子)

【討論内容・座長所見】
 都市化に伴い空間秩序がいかに変化したのか,ネパールの首都カトマンズ郊外に位置する2集落を例に報告した。前半では,都市郊外の農村の軒先を通る生活道に隣と塀が出来てFace to faceの関係がどう変わったか,後半では,開発業者による建売住宅が出現して移住してきた人の生活はどのようなものか,紹介した。
討論では,まず,前半部の話ではなぜ柵ができたのかという点に質問が集中した。なぜ子供が通れて成人男性は遠慮するのか,軒先を通る男性のまなざしを避けるなどジェンダーとの関連はあるのか,あるいは単にバイクを買って盗難防止用に柵をつけたのかなどの質問が出た。次に,後半部の話では,前半の住民が囲う話と後半のディベロッパーが囲う話は分けて考えるべきであること,後半の例では,新住民はネパールではかなりの上層階層の人であること,その上で,住民同士に階層差がどれだけ見られるのか,住宅の購入者と居住者が異なり,投機目的に転売するケースはあるのか,住民の共同体意識が希薄というが,むしろないのが普通で,アメリカのGated communityでもトラブルがないと共同体意識は現われにくいなどのコメントがあった。
 いずれの事例も,都市化に伴いプライバシーが出現したのかという,興味深い議論が可能なテーマである。今後のさらなる調査と報告を期待したい。(渡辺和之)



○第2報告(15:00-16:10)
南埜 猛(兵庫教育大学)「インドの空間情報とその活用(「利活用」に向けて)」
 本発表では,研究「ユニット3」の活動目的や計画を確認した後,2010年度において実施した活動内容を,情報通信技術〔インフラ〕,空間(地理)情報〔コンテンツ〕,利活用〔オペレーション〕のコンポーネントに分けて,報告した。情報通信技術〔インフラ〕のソフトウェアについては,本プロジェクトによりEsri社のArc/Viewを購入したこと,あわせてフリーソフト(MandaraやGoogle Earthなど)の活用について検討したことを報告した。ネットワークについては,兵庫教育大学の地図情報教材開発・研究基盤システム内でサーバーの試験的運用を行い,ネットワーク運用のためのノウハウの蓄積を行っていることを報告した。この作業で得たノウハウをもとに,将来的には本プロジェクト内でのサーバーの設置あるいは外部委託を検討することの提案を行った。空間情報〔コンテンツ〕については,本プロジェクトで2010年度に購入した空間データの内容を紹介した。属性データについては2010年度に購入した2001年センサスのデータ,インド・センサス局がホームページで公開している2011年センサスデータ,そしてIndiastatの各種統計データについてその内容等を紹介した。利活用〔オペレーション〕については,フリーソフトMandaraを紹介し,その活用を提案した。具体的にMandaraとGoogle Earthを用いて,2001年センサスデータやIndiastatのデータをどのように利活用するかの実際を実演し,プロジェクトメンバーの活用をお願いした。今後は,プロジェクトメンバーがGISを活用できる基盤を整備するとともに,プロジェクトメンバー全員で種々の主題図の作成し,それに解説を付した現代インドの(デジタル)アトラスの構築と公開を目指してゆきたい。(南埜 猛)

【討論内容・座長所見】
 本報告は,広島大学拠点研究ユニット3「地理情報システム(GIS)による空間情報の基礎研究」のこれまでの活動経過と今後の方針を確認・提示する大きな機会となった。具体的に,南埜氏は2010年度の活動成果を踏まえたうえで,今年度以降は空間(地理)情報の収集,利活用へと重点をシフトしていくことを示し,さらに,メンバー全員がGISを利活用していくことを促した。報告中,実際にMandaraやGoogle Earthを操作して参加者に視角で訴えた点は,とても惹きつけるものがあったと感じた。
 質疑では,購入したデータを共有する際に発生する契約上の問題,今年調査されている2011年インドセンサスと過去のセンサスとの突き合わせで発生する問題,Mandaraなどの使用方法についての質問などがあり,テクニカルな問題に関心が集まった。GISソフトを操作したことのある研究者とそうではない研究者とで「利活用」への期待の程度に大きな差異が表れることが窺える。昨年度の第4回研究集会で,鍬塚氏とコメンテーターは小規模なワークショップを実施したが,メンバー全員が空間情報を「利活用」するようになるために,今後さらに努力・工夫が求められるであろう。コメンテーター含め,ユニット3が検討すべき課題である。(宇根義己)


<2日目>
5月29日(日)
○第3報告(9:30-10:40)
牛尾直行(順天堂大学)「インドにおける無償義務教育法制の施行と教育機会」
 
報告の前提として,2002年インド憲法第86次改正までの,インドにおける教育を受ける機会についての概略的な歴史をまとめた。独立後インド憲法第45条において14歳までの子どもの無償義務教育が規定されてはいたが,事実上空文化して50年以上が経過していた事実を指摘した。
 次に1990年代からの識字運動や児童の権利条約締結,基礎教育の普遍化政策などの基礎教育を基本的な権利であるとする認識を社会的背景として,1997年に憲法第21条に21A条を追加する改正議案が出され,2002年に可決成立した経緯を報告した。この憲法改正により,6歳から14歳のすべての子どもが基本権として無償義務教育を受ける権利を有するとされた。
 さらに2009年には同憲法改正を受けてRTE(Right to Education)Actが制定され,2010年4月より同法が施行されている。同法は中央政府が初等教育の制度に大きく関与していること,ノンフォーマル教育は含めずにフルタイムのフォーマルな学校教育を前提にしていること,私立学校の25%の学籍がweaker sectionに割り当てられること,教員資格の厳格化を明記していることなどが特徴である。
 報告者は上記憲法改正とRTE ACTの争点の一つに,私立学校の学籍留保と自律性の問題があることを指摘した。それは古くは1993年のウニクリシュナン事件最高裁判決や1997年憲法改正議案提出当時の議案変更,さらに2006年憲法第93次改正(私立学校への留保),RTE ACT制定時の無補助私立学校へのWeaker Sectionの25%学籍割り当てなどが議論された経緯等から明らかであると論証した。(牛尾直行)

【討論内容・座長所見】
 現時点では「その可能性がある」としかいえないが,RTE法はインドの教育史における一つの画期になるのではないかと思われる。その理由は,RTE法が独立後長らく空文化したまま放置されていた「基礎教育を受ける権利」の実質化に筋道をつけた法といえるからである。牛尾報告の意義は,この法に着目し,成立の背景と施行後の動きを整理したことであろう。とくに,これまで情報が少なかった法施行に至るプロセスの整理は有益な知見であった。その上で二点コメントしたい。
 まずは,報告では法施行に至る経緯が必ずしも十分に解明されたように思えないことが残念であった。たとえばRTE法の一つのポイントともいえる私立学校に対する公的統制の強化が政府内で1997年に突如示されたという事実の背景は不明なままである。次に,そもそもなぜ私立学校がRTE法をめぐる論点とされているのか?(この問いはインドの教育政策におけるRTE法の位置づけに関わる)について明確な説明がなかったことにも不満が残った。フロアからの質問もこの点に集まった。
 しかし,今回の報告はRTE法の検討の第一歩であり,以上の点は研究の進展のなかで明らかになると受け止めた方がよいと思う。研究の今後に注目したい。 (佐々木 宏)


○第4報告(10:50-12:00)
針塚瑞樹(筑紫女学園大学・非)
「インド都市社会におけるストリートチルドレンの「自己決定」に関する考察
 ―子どもとNGOの関係性を中心に―」

 本発表では,インドのストリートチルドレンがNGOの支援を得て自律するまでのプロセスに着目し,ストリートチルドレンの「自己決定」を検討した。1989年の「子どもの権利条約」を受けて,インド政府はすべての子どもに権利や教育を保障すべくNGOと連携を強化し,ストリートチルドレンの問題にも取り組んでいる。本発表では,ストリートチルドレンを,子どもの権利や教育システムが価値づけられたインド都市社会を生きる一人の子どもとしてとらえ,ストリートに暮らす子どもの「自己決定」と,ストリートを離れたNGOに暮らす子どもの「自己決定」,それぞれの場面を対象として,さまざまに解釈され実践される子どもの「自己決定」を,NGOとの関係性においてその特徴を明らかにした。
 ストリートで暮らす子どもたちはおとなとの安定的な関係性もたない中で,教育を受けることや路上で生活することも「自己決定」に委ねられており,NGOとの関係性においても,その「自己決定」は子どもの自立性という性格によって特徴づけられていた。他方,NGOと関係性構築に自らも参加しながら,NGOの働きかけを受け,施設に暮らすようになった子どもの「自己決定」は,教育を受けるという条件や「自己決定」を推奨される中で行われるという意味で,NGOによる積極的な方向付け,介入を受けながらのものではあるが,その「自己決定」の性格は,NGOとの共同性という性格を帯びるものであった。また,「自己決定」という価値をもつ個人が特定の人々と共同性を有しつつ行う「自己決定」を理想とするようになった路上生活経験のある青年たちは,「自己決定」できない自らの過去や家族の問題に直面し葛藤を抱くことも少なくないため,このような「自律としての自己決定」が個人にもたらす困難もあることが明らかとなった。 (針塚瑞樹)

【討論内容・座長所見】
 インドの都市社会における格差の問題はますます深刻化しており,経済発展によって貧困層のボトムアップが喫緊の課題とされている。そのためにも「万人のための教育(EFA)」が必要となっている。針塚氏の発表は,インドのストリートチルドレンがNGOの支援を得て自律するまでのプロセスに着目し,ストリートチルドレンの「自己決定」を検討し,多様な「万人のための教育」のひとつの担い手としてのNGOの活動とその活動成果としての子ども達の進路決定を解明しようとするものであった。
 貧困が最大の原因とされるストリートチルドレンの問題に対して,さまざまなNGOが支援活動を行っているが,発表者が研究対象としたNGOはストリートチルドレン経験者自らが設立した活動ということに特徴がある。
 「自己決定」という用語は当初違和感があったが,発表者から「decision making」の和訳であるとの説明と,行為主体者であるストリートチルドレンによる最終的な意志決定であることを示すためにこの用語を使用したという説明を聞き,発表者の意図的な用語の使用であることを理解した。発表者はストリートチルドレンのdecision makingに対して,その内面的なコンテキストを中心に議論を進めており,丹念なフィールドワークによるストリートチルドレン自身へのインタビュー調査を行うことによって,かなり奥深くまで内面的なコンテキストをとらえることに成功している。一方,発表後の質疑応答において質問されたように,意志決定は内的コンテキストと外的コンテキストの両面からとらえる必要性があり,ストリートチルドレンを取り巻く経済的環境(地域の労働市場,経済状況など),社会的環境(子ども達のネットワークや教育状況など),あるいは文化や社会規範などの地域独自のローカルな特徴を考慮することも検討が必要かと思われる。特に,NGOの活動を通してみた子ども達への支援ということで視座も固定しているので,子ども達を取り巻く社会的環境において,NGOの活動はどこまで子ども達の進路決定に関与することができているのかについて,NGO以外による子ども達への影響については本研究の課題となったかもしれない。しかしながら,ストリートチルドレンの進路決定にかかわる支援と子ども達自身による自らの意志決定である「自己決定」に着目した研究はオリジナリティがあり,意欲的なフィールドワークの成果について高い評価を与えられる研究であった。今後の研究の発展が期待できる。 (由井義通)


○第5報告(12:10-13:20)
三宅博之(北九州市立大学)
「南アジアの有価廃棄物回収を主とした児童労働に関する一考察―バングラデシュ・ダカを中心として―」

南アジアの有価廃棄物回収を主とした児童労働に関する一考察―バングラデシュ・ダカを中心に                         三宅博之(北九州市立大学)
廃棄物管理の社会配慮的視点のうち,本報告では有価廃棄物回収者のフォーマル部門への包摂,特に児童に焦点をあて,特に児童労働との関わりで調査・分析をこころみた。
バングラデシュでは都市の道路を徘徊する子どもはベンガル語で「トカイ」と呼ばれ,否定的な意味で捉えられる場合が多い。有価廃棄物回収児童も「トカイ」の中に含まれる。調査は,特定の有価廃棄物回収児童の行動調査,聞き取り調査と100名を対象にした質問票調査を行った。その結果,廃棄物回収の行動調査では,廃棄物回収過程で児童はバスターミナルなど物理的に危険な場所を仕事の場として選んでおり,他方,様々な廃棄物関係者とも遭遇,コンテナー近くでは市の清掃人に仕事の邪魔として怒鳴られ,薬局の前では主人が児童の回収用にとわざわざゴミ箱をおいて協力的な態度をとっていることが理解できた。聞き取り・質問票調査では次の結果が明らかになった。3分の1がNGO経営の学校への就学,一日に3~7時間の就労時間,収入は一日50~90タカが多く,この額は他の工場労働児童と比べ非常に高い。収入はそのほとんどを親に手渡している。とはいえ,仕事が可視性のため,嫌がらせや怪我・病気に直面している。他の児童労働に比べ,収入が多い,労働時間を意図的に選択・変更できるなどのメリットの半面,嫌がらせ・怪我・病気に直面しやすいことがデメリットである。彼らの大半が保護者の貧困な経済状況ゆえ,働いているが,この職業を嫌と認識しているものも多く,非常に複雑な心境にある。この実情を知れば,彼らへの単なる否定的な認識では問題の解決につながらないのは明瞭である。
労働法では廃棄物回収といった児童労働は禁止されていても,他にセーフティーネットの制度がない以上この仕事を続けざるを得ない。したがって,一般市民が,街美化や家計支援に貢献しているとの廃棄物回収のメリットを評価するような廃棄物回収児童への見方を変え,学校に通える制度を保障することを含むフォーマル部門への包摂的措置が必要となってくる。

【討論内容・座長所見】
 報告に引き続いて質疑・討論がおこなわれた。その際のいくつかの論点を紹介すると,児童労働をどのように認識するのか,ウェイストピッカーの位置づけ,環境教育あるいはそれについての意識の高低などであった。1点目については直前の針塚報告との関係,2点目については公務員としての清掃夫とピッカーの違いが取り上げられた。また,3点目についてはゴミの分別やコンポスト化の現状と問題点が例示された。また,座長の力量不足で充分な議論に発展させることができなかったが,ピッカーに対する視点は一般社会から好意を持たれていないとされるが,本当にそうなのかという報告者の問題意識をもう少し深める余地があった。また,報告者が解決方法として指摘するフォーマライズ(問題の可視化)の必要性についても,インフォーマル部門とのいたちごっこにならないか。民間の参入がインフォーマル部門の強化にならないかなどの問題を孕むものである。公的部門としてどのように位置づけるか,環境問題や衛生の問題としてどのように位置づけるか,また社会がどのように位置づけるかという中で,明確な解はないのであろうが,最良の妥協点を模索していかねばならない。(荒木一視)



<会場の場所案内>




お問い合わせ先
広島大学現代インド研究センター
東広島市鏡山1-1-1広島大学大学院教育学研究科K313
電話:082-424-4529 hindas<アットマーク>hiroshima-u.ac.jp

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