2011年度HINDAS第2回研究集会

2011年度HINDAS第2回研究集会

「新興経済大国インドにおける地方の発展―山岳州ウッタラーカンドの挑戦」
主催:HINDAS 研究ユニット1・2・3合同

 

報 告



2011年度HINDAS第2回研究集会
 「新興経済大国インドにおける地方の発展―山岳州ウッタラーカンドの挑戦」
日時:2011年7月2日(土),3日(日)
場所:広島大学大学院文学研究科1階大会議室(東広島キャンパス)


<1日目>7月2日(土)
○第1報告
友澤和夫(広島大)「工業化の新たな展開—ウッタラーカンド州設立以降の工業開発ー」
【要旨】本発表は、近年工業化の進展が著しいウッタラーカンド(UK)州を事例として、以下の諸点を明らかにすることを目的に報告を行うものである。1)近年のインドにおける工業立地の変化、2)特別カテゴリー州であるウッタラーカンド州における工業化の特性、3)近年開発された2つの大規模工業団地̶IIE ハリドワールとIIE パントナガール̶の概要と立地企業、4)「新しい工業労働市場」の構造、である。2000 年代以降のインドでは工業立地が進展しているが、従来の特徴であった大都市郊外での立地のみならず、これまで工業化とは無縁であった特別カテゴリー州もその受け皿となっていることが特筆される。特別カテゴリー州の工業生産額は、2000 年から2008 年の間にインド全体に占めるウェイトを2.37%から5.45%に高め、一定の生産基盤が形成されつつあるといえる。UK 州はその中でも最大級の工業立地が相次いでおり、それには州が近年開発した工業団地が重要な役割を演じている。2つの工業団地では、土地買収の相手が単独であること、最大の工場が自動車工業であること、それに加え医薬品や電機・電子機器が主導工業であること、首都圏地域からの進出が主体であることなどの共通性がみられる。こうした工業化は、従来同州ではみられなかった「新しい工業労働市場」を発達させている。その構造について、「70%ルール」、コントラクター経由ワーカーの2つをキーワードとして、IIE パントナガールで実施している調査に基づき接近を試みる。

【報告での討論,所見】
 「特別カテゴリー州」として高い工業成長を実現しているウッタラカンド州の工業化の進展とその労働市場を2つの大規模工業団地を例に報告した本発表の内容に関して、州内雇用、賃金、州間競争、州内格差などの観点から以下のような様々な質問・意見が出された。
 1)州内から70%雇用しなければいけないという「70%ルール」が守られていることはどのように確認するのか、また、配置転換でもそれは可能ではないのか。2)州間の競争といった観点からは、そうしたルールがあることは不利になるのではないか。3)ウッタラカンド州の工業成長において付加価値(=産出-投入)が高くなっているのは、低賃金や政府補助金による投入の減少にあるのではないか、もしそうであれば、非正規雇用者の低賃金によって地域間格差が助長されている可能性もあるのではないか。低賃金の問題も否定できないが、雇用が生みだれているということ自体を重視する必要もある。4)90%が山岳地帯という同州の地形上の条件を考えると、工業団地の立地している平野部と山岳部との間の州内格差が広がる可能性もあるのではないか。
 ウッタラカンド州の工業成長とその労働市場の詳しい現状報告と討論から、広くインドの経済成長の内実やそれがかかえる問題を考える際の重要な視点が示された討論であった。(森 日出樹)

○第2報告
鍬塚賢太郎(龍谷大)「州都デヘラードゥーンへのICT産業立地とボトルネック」
【要旨】本報告では,ウッタラーカンド州都デヘラードゥーンにおけるICT産業立地の現状について報告するとともに,当該産業が「地方都市」で成長する可能性について検討した。
 インド情報通信技術産業(以下,ICT産業)の立地については,当該産業集積の形成が先駆けて起きたバンガロールに典型をみるように,大都市のそれが注目されてきた。しかし,既存の集積地での立地コスト増大と相まって,ICT産業は「地方」を新たな立地場所とする成長も模索しはじめた。これに呼応するように,インド各州は当該産業の誘致に乗り出した。ウッタラーカンド州も例外ではなく,州政府は2003年の新経済政策でICT産業誘致にふれ,さらに2006年に策定された包括的なICT政策において雇用創出を念頭に当該産業振興を謳った。また州開発公社を通じ州都デヘラードゥーンに「ITパーク」も造成した。こうした取り組みのもと,もっぱらデリー首都圏に拠点を置くICT企業の立地がみられる。ただし「大規模」な雇用を生み出したのはインド国内向けコールセンター業務やデータ作成業務などを請け負う企業の事業所であり,給与水準の高い国際コールセンターやソフトウェア開発業務を行う事業所ではなかった。デリー大都圏からの分散を指向する当該産業は,限定的な業務をデヘラードゥーンに立地させる段階にとどまっている。インフラ整備の遅延,ICT産業誘致に対する州政府の消極的な姿勢などが新規立地のボトルネックとなっている。

【報告での討論,座長所見】
 デヘラードゥーンのICT産業立地の現状と課題を報告した本発表の内容に関して、ICT産業に関する州政府の政策、国際競争、雇用者・経営者の特性などの観点から以下のような様々な質問・意見が出された。
 1)New Industry Policy (NIP)が期待されていたほど積極的に推進されなかった背景にはどの様なことが考えられるのか、州の戦略はどうなのか。2)人件費の高騰からフィリピンにコールセンターが移転するといった事態も起こっているが、そうした影響はどうなのか。コールセンターが国際向けか、国内向けかで違いがあることも念頭に置く必要がある。デヘラードゥーンの場合、国内向けが多く、国際的な影響は比較的少ないと思われる。3)雇用者の学歴と地元企業への就職に関してはどうなのか。かなりの高学歴な人材がデヘラードゥーンに残るほどのICT産業の集積は起こっていない。4)従業員のジェンダーのバランスはどうなっているのか。男女比で言えば男性の方が多いのが実情である。5)会社設立者や投資家とNRIとの関連はどうなのか。NPI系の企業もあり、コールセンターはデリーの会社のブランチでもある。6)地方都市という問題設定であるが、ICT産業などを考えると、教育水準やある程度の機能や規模をもった都市であることが考えられのではないか。
 地方都市でのICT産業の現状と州政府の役割の重要さが示され、インドにおけるICT産業のこれからの展開と課題が浮き彫りにされた報告・討論であった。(森 日出樹)


○第3報告
由井義通(広島大)「ヒルステーション・ナイニタルの発展と課題」 
【要旨】ヒマラヤの山中の標高1938mに位置するナイニタルは宗教の中心都市として発生したが,イギリスによって1815 年に占領され,ヒル・リゾートとして利用されていたが,1845 年には北西州の夏季州都として都市整備が始まった。これにより,ナイニタルは役人の夏季駐在地である高原避暑地(hill station)として役目を果たすようになった。イギリスはナイニタルまでの険しい山間部に道路を建設し,独立後はUP 州の避暑地と利用され,元来,イギリス人やコルカタやデリーなどの富裕層の避暑地として栄えたナイニタルは,近年の経済発展し,大都市部のミドルクラスの観光客が訪れるようになった。
 本研究の目的は,ナイニタルを研究対象として,インドの経済成長がもたらした都市化によって自然保護地域の中での都市開発の実態と都市計画,居住世帯の生活状況の変容を明らかにすることにより,ヒルステーションにおける都市開発実態や人々の生活について観測を試みるものである。
 ナイニタルでは,開発規制がかかる森林地帯の中にある民有地にも都市化の波が押し寄せ、また,急増した観光客に対応できる上下水道の整備など,観光地としてのインフラの整備と湖や森林の環境保護も課題となっており,観光の大衆化がもたらす影響への対処が課題となっている。

【報告での討論,座長所見】
 
イギリス人による避暑地開発や夏季の州都となった経緯を踏まえて,ナイニタールの都市発展とその問題点について論じられた。ナイニタールは,観光資源が乏しいウッタラーカンドにあって貴重な歴史や景観を有する都市である。観光開発が進むなか,同市における都市発展の有様の一端が示された。近年の経済成長に伴う観光客の増大と都市開発の進展に,都市インフラ・都市計画が追い付いていない現状が浮き彫りにされた。討論では,観光開発の資本流入源についてや,観光開発と環境保全とのバランスを行政などがどのように図っているのかについてなどの質問が寄せられた。報告では,都市開発の状況と居住者特性が独自の調査によって詳細に論じられたが,観光開発と都市発展との関係が必ずしも明確に示されなかったため,上記のような質問が多く挙がったように思われる。観光開発と環境保全という2つの相容れない問題をどう地域的に実現していくのか,今後の同市の展開が注目される。(宇根義己)


○第4報告
岡橋秀典(広島大)「経済成長に伴う山岳農村の変貌−就業面を中心に」
【要旨】本報告では,ウッタラーカンド州・ナイニータール近郊の1集落をとりあげ,経済成長にともなう近年の変動を、就業機会に焦点を当てて検討した。この村は,山間地域にありながらも多様な就業機会に恵まれている。これは近隣のナイニータールの労働市場で様々な農外雇用が提供されるとともに、村内で商品生産的な農業が展開していることによる。世帯経済は,農外雇用からの収入に依存する世帯が多く、特に所得の高い世帯は,教員や公務員などの高額の給与所得者に依存する傾向がみられる。他方,多くの世帯が労働集約的な野菜栽培により,世帯経済を補完する収入を得ている。この集落では,農外雇用の拡大と農業生産の発展が並進する形で,世帯経済を向上させてきたといえよう。雇用機会の拡大および世帯経済向上の一因は,高い教育水準に求められる。近隣での教育機会を活かして,高学歴化が男女を問わず進行している。高学歴者の一部には潜在的な失業問題もあるが,全体として高学歴化が安定した職種への就業につながっている。本事例では,インドの低開発地域の1農村が後進的な状態から脱却しつつあることが示された。都市近郊に位置するため,州全体に直ちに一般化できないものの,地域労働市場の展開にともなうインド農村の変化として注目すべき事例といえよう。(岡橋秀典)

【報告での討論,座長所見】
 岡橋報告では,山岳農村における就業構造の変化が論じられ,農外就業や集約的農業生産の拡大,高い教育水準,観光化に伴う地元のコンフリクトなどが示された大変興味深いものであった。
 討論では,高学歴化の要因や出稼ぎなどについて,また,女性が観光業に従事することに対する意識,調査地域における観光業の意義・あり方などについて質問があった。それぞれの質問に通底していると思われることは,観光業が当該地域の持続的発展にどの程度寄与するのかという疑問である。この点を追うには,報告者の岡橋氏が報告の結語で述べていたように,「労働市場の展開と非農業就業(主に観光業と思われる)に着目する必要」があるだろう。 (宇根義己)


コメント1 日野正輝(東北大)
<その1>
 友澤報告は,主にウッタラーカンドの南端の平野部(Terai)において2000年代以降にみられた大規模な工業団地開発を取り上げて,その立地要因と労働市場の特性について説明した.公的機関が所有していたまとまった土地の利用と特別カテゴリー州に付与された優遇措置が立地要因としてクローズアップされた.また,当地域の工業化の特性は,周辺地域における分工場の集積と言うよりもデリー都市圏の工業の外延的拡大と理解された.
 鍬塚報告は,州都デヘラードゥーンにおけるICT産業の集積の発展性に関する議論であった.低コストの人材確保と地方政府の産業誘致が当該産業の集積の主な要因であって,地域振興との関連で期待されるスピンアウトなどによる二次的集積の可能性は低いと言うのが報告者の意見であった.その根拠の一つとして,インドのICT業界では業務の工程間分業と外注化が見られない点が指摘された.
 由井報告は,上記2報告はウッタラーカンドと言っても平野部の動きであったが,山間地域の観光保養地ナイニタルの主に90年代以降の発展と都市開発の問題を論じた.市域のほとんどが湖面と傾斜地からなり,平坦地が少ないだけに,適切な土地利用が求められるが,地元に都市計画を策定する権限・能力が備わっていない点が問題として指摘された.また,傾斜地に立地する住宅の複雑な建築構造とそこに入居する住民構成の紹介があった.
 岡橋報告は,ナイニタルに隣接する1村落の住民の就業構造について,カースト構成,土地所有および農業生産の変化を踏まえた説明であった.当村はナイニタルの地域労働市場に含まれ,すでに農外所得が農家所得の主要部分を占めていること,また,若年層の高学歴化が認められるなど,従来の出稼ぎに依存した周辺地域の農村のイメージはそこには見出せなかった.それは,経済発展の影響を受けて,大きく変貌しつつある村の事例であった. (日野正輝)

<その2>
 今回のシンポの趣旨は,インドの経済発展を国レベルのマクロな議論ではなかなかイメージできない地域変容の実態を,州レベルで分析・検討することで,多様な様相を提示するとともに,発展のメカニズムと問題点を多元的に,しかも具体的に議論する点にあった.上記の4報告はそれぞれに1990年代以降,特に2000年代以降のウッタラーカンドの特徴ある地域変容をインドの経済発展を踏まえながら考察したものであって,趣旨に応えていた.そのお陰で,インド全体のなかでのウッタラーカンドの位置づけと同時に,州内の地域差あるいは地域格差の拡大についても議論できた.州南端に位置する平野部と山間地の経済格差は今回の報告から容易に想像できるが,それが州全体に今後どのような影響を及ぼすことになるのか,興味深い問題であった.
今回の報告を通じて,ウッタラーカンドの地域イメージも揺らぎ始めた印象を受けた. 同州は国境に位置する山間地であり,GDPなどの経済指標からすると,後進地域に位置づけられる.他方で,デリー圏の拡大の勢いからすると,州の平野および丘陵部はすでにデリー都市圏の外縁部として捉えることも可能になっている.さらにナイニタルなどの地域も急増するデリー都市圏の中間層の来客による発展を見せている.この新しい動きからすると,従来のウッタラーカンドのイメージは後退してしまう.それはインド全体のイメージの変化と共通する.しかし,地域差あるいは多様性の大きさからすると,従来のイメージに当てはまる地域も存在すると考えられる.その意味で,ウッタラーカンドの奥地の地域調査が期待される.(日野正輝)


<2日目>7月3日(日)
○第5報告
中條曉仁(静岡大)「山岳農村における観光産業の展開とその意義」
【要旨】本報告は,ウッタラーカンド州クマオン地方の農村における観光開発の実態について検討する。
 近年のインドでは経済成長に伴う中間層の増加により,国内観光が急速な成長をみせている。その流れを受けて,ウッタラーカンド州においてもヒマラヤ山麓を中心に観光開発が進められている。同州では従来からヒルリゾートが形成されており,デリーなどから富裕層を中心に来訪者がみられた。本報告で取り上げるノークチアタールは標高1,000m 地点にあり,2000 年前後からノークチアタール湖の周辺に観光関連施設が立地し,観光産業が展開する山岳農村として位置づけられる。
 ノークチアタールでは,域外資本や地元住民による宿泊施設の開設が進んでおり,特に地元住民の観光関連産業への参入という意味で注目される。宿泊施設で雇用されている従業員は地元のナイニタール県内出身者が大部分であり,ノークチアタール周辺に居 住する地元住民も季節的に雇用されている。宿泊施設における必要物資の調達先は,ハルドワニなどの平地の都市に依存していた。宿泊施設における来訪者をみると,その多
くはデリー大都市圏に居住する新中間層の人々で占められており,家族や若者のグループであった。来訪者は自家用車か列車とタクシーを乗り継いでアクセスし,1~2泊程度の短期滞在であった。また,湖畔には宿泊施設に加えて地元住民が営む商店やレストランが立地したり,周辺村落の住民は湖を周遊する貸ボート業が営まれていたりしていた。こうした実態は,ノークチアタールにおける観光開発が地元住民に対して様々な起
業機会や雇用機会を提供していることを示している。(中條曉仁)


【報告での討論,座長所見】
 中條氏の報告は、インドの急速な経済成長とツーリズムの進展を概説した上で、山岳農村における観光産業の展開とその意義を述べた示唆に富んだ内容であった。各種統計を用いて分かりやすい図表が作成されている点に好感がもたれた。特に、全インドの州別観光客入込客数と、対象地域であるウッタラ―カンド州での県(District)別の入込客数の両者においてインド人観光客数と、外国人観光客数が並置して比較されている点はグローバル化が進んでいるインドにおける観光研究に大いに資する視点である。観光開発はともすれば都市の大資本の参入によるところが大きいが、本研究は、地元住民による観光関連産業への参入に注目している点、特にゲストハウスの開設、経営、宿泊者の形態について詳論されている点が評価される。
質疑では、無認可の施設があるのではないか? 経営者がブラフーマンだったら、彼らは洗い物をするのか? ゲストハウスの受付に女性がいたが、ホテルで働くことは蔑視されないのか? 宿泊客はモンスーン前の4、5、6月に多いのはなぜか? 他の月は何をしているのか? こうした質問に対して詳細な回答はいずれ明らかにされるであろうが、対象地への観光客数はこの数年著しく増加している。本発表で示された多面的な研究視点でもってこの先も継続して調査し、観光地の変貌を記録し続けられることを願う。(溝口常俊)


○第6報告
澤 宗則(神戸大)「インドの山岳地帯のツーリズムと地域社会の変容—グローバル化とポストコロニアルの観点から」
【要旨】グローバル化の進展した現代社会において、流動化したものとして人・商品・資本・情報があげられる。これらに加えて、従来は固定化されて動かないとされていた「場所」そのものも流動化しているといえる。例えば、グローバルシティでは土地が商品化・証券化し、対照的に開発途上国の山岳地帯においては観光化を通じて「場所」が商品化される。いずれの場合においても場所の意味は不断に「社会的に構築」されている。観光地の形成とは、場所の商品化そのものであり、その過程は、場所がローカルな文脈から切り離され(脱領域化)、かつ同時に上位空間に組み込まれる中で、観光客にとり意味のある商品として記号化され、新たな文脈が形成される(再領域化)。ここでは、場所の記憶の単一化・美化・脚色化・捏造・隠蔽が積極的に行われている。さらに、観光に関しては、ゲスト・ブローカー・ホストの間に不均衡な権力関係が形成されるが、開発途上国の観光化に関しては、ポストコロニアルな文化状況が密接に関連しているといえる。本発表においては、ヒマラヤ山岳地帯のウッタラーカンド州の観光の特徴を紹介した上で、植民地時代にイングランドの「湖水地方」と見立てられイギリス人のためのHill Stationであったナイニタールが、独立後富裕層のための場所、その後新中間層のための観光地と変化する過程を考察する。さらに、喧騒化した上記の観光地を避けた富裕層のための新規のリゾート地(N村)における地域社会の変容を考察する。(澤 宗則)

【報告での討論,座長所見】
 報告者の澤氏は「脱領域化」と「再領域化」というギデンズの概念で現代インドの変容を見事に分析している。その成果は2010年の『人文地理』62-2に掲載された「グローバル経済下化のインドにおける空間の再編成」で上梓されたところであるが、今回の報告は、対象地を大都市郊外から山岳地帯に代えても、「脱領域化」・「再領域化」論は十分通用するということを「観光化」に焦点をあてて議論した意欲的な内容であった。地域変容をポストコロニアルな観点から述べ、観光客の主役が富裕層から新中間層へと変化した点を見逃さなかったのは報告者の観察力の鋭さの賜物であろう。
質疑に移って、対象地ナイニタールをインド人はほんとうにイングランドの「湖水地方」と見立てていたのであろうか? グローバルを強調するのはいいがナショナルな視点が欠けているのではないか? グローバル化はイギリスよりもアメリカの影響が強いのではないか? 観光客と地元住民の利害対立はどうか? 植民地時代の遺産が観光客にとっていかに捉えられているのか? 等々の活発な意見が出された。
これらすべてに対して明確な回答がなされたわけではなかったが、それだけ発展性のあるテーマであることは間違いない。澤氏の研究上の「再領域化」に大いに期待したい。(溝口常俊)



○第7報告(13:00-13:45)
石坂晋哉(京都大)「ウッタラーカンドにおける開発と社会運動」
【要旨】本報告の目的は、インド・ウッタラーカンド地方において、よりよい開発のあり方をめぐる幅広い議論が社会運動の展開を通じて生み出されてきたことを、チプコー(森林保護)運動(1973-81)やテーリー・ダム反対運動(1978-2006)を事例として具体的に明らかにすることである。ウッタラーカンドにおける開発と社会運動をめぐる従来の研究においては、(1)自然環境に依存して生きる貧しい人びとが自分たちの生存基盤を脅かす政府や企業による開発に反対して運動を展開していたとする議論に対し、(2)運動を開発のオールタナティヴを求めるものと規定したのはよそ者たちであり、地元住民たちは実際には開発そのものを願っていたのだという批判が出されるようになった。それに対し本報告では、「貧しい人びと/地元住民」の立場なるものは固定的なものとしては存在しないことを指摘したうえで、ウッタラーカンドの運動を「当事者vs よそ者」という図式ではなく「多様な関係者たちのネットワーク」という視角から捉え直す。そして特に、運動にさまざまな人びとが関わったことで開発のヴィジョンをめぐる議論が活性化したことと、運動が単なる地元住民の利害表出ではなく自分たちの社会の改革をめざす側面を備えていたことを明らかにする。

【報告での討論,座長所見】
 本シンポジウムの報告は、山岳州ウッタラーカンドの発展を、主に経済や社会の側面から論ずるものが中心であった。そうした中で、報告者の石坂氏は、地方の発展を考えるうえで不可欠な、政治の領域、とりわけ社会運動や思想に踏み込んで話題を提供された。ウッタラーカンドといえば、海外ではチプコー運動やテーリーダム反対運動、またインド国内では州の独立に至る激しい運動がよく知られている。ウッタラーカンドの地域性を見るには、このような運動への視点が不可欠であり、この点でシンポジウムに対して貴重な貢献をされたと言えよう。
 以下のような質問・意見が出され、報告者の回答を交えて活発な議論がなされた。1)この地域の環境保護運動と政党政治との関係はどうか。2)バフグナーはどういう理由で森林保護に入っていったのか。3)コミュニティ・フォレストの森林保全はどうなっているのか。4)運動の財源はどうなっているのか。運動に対する地域住民の反応はどうか。5)森林伐採と災害の関係を考えるべきである。河川の問題は流域の単位で国際的に捉えることが必要である。
 個人的には、思想面、運動面でウッタラーカンドが外に、グローバルな世界に開かれているとの指摘が大変印象的であった。辺境山岳地域のもう一つの側面が提示されたように思われる。今後の研究の発展を期待したい。 (岡橋秀典)



報告の様子(7月2日)


報告の様子(7月3日)

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