2011年度HINDAS第3回研究集会

2011年度HINDAS第3回研究集会

主催:HINDAS 研究ユニット1

報告


2011年度HINDAS第3回研究集会
日時:2011年8月10日(水)13:30-16:10
場所:広島大学大学院文学研究科1階B153講義室


○第1報告(13:30-14:40)
宇根義己(広島大/NIHU)「インドにおける日系企業の立地パターン」
 1990年代以降,インドでは海外直接投資(FDI)が順調に増加してきた。とりわけ,2005年以降から現在までの5,6年でFDIは急増している。一方,日本企業のFDIにおけるインドのプレゼンスが上昇しており,日本ではインドへの投資ブームが起きつつある。こうしたことを踏まえ,本報告はインドにおける近年の対内FDIの動向,日系企業の進出動向とその立地パターンを明らかにした。
 報告で明らかになった点は以下の通りである。1)インドへのFDIは1991年の経済自由化以降,順調に推移したが,2005年頃から急激に増加している。その多くは,モーリシャスなどのタックス・ヘブンを経由したNRIによる投資であるが,日欧米からの投資も増加している。2)日本企業の海外進出について,東洋経済新報社(2011)『海外企業進出総覧』をもとに分析したところ,インドの日系企業(日本企業の出資比率が10%以上)は2010年で407社である。これは国別にみて15番目であったが,企業数の増加率は他国と比べて高い。業種別にみると,製造業とその卸売業が中心であり,とりわけ輸送機械,電気機器・機械器具類が卓越している。卸売業の進出数が多いのは,1960年代頃に日本の製造業が欧米などへ進出した際,工場設立の前段階として卸売業が進出したパターンと類似している。3)日系企業は,デリー周辺のグルガオン(ハリヤーナー州)やレワリ(ラージャスターン州)などへの進出が増加しており,全国的にみてデリー首都圏への集中が顕著になっている。チェンナイやバンガロールへの進出数も増加している。また,2005年以降は地方都市への展開も確認された。

【討論内容・座長所見】
 1991年の新経済政策以降の経済開放によって,インドには外国資本の進出が顕著になっている。外資の進出には地域的な偏りが見られ,進出企業は同様に進出した外資と連携を取って展開するとともに,インド国内の既存産業にも大きな影響を与え,今後のインドにおける産業構造を左右するような要素をもっている。
 本発表は,日本企業の海外進出について,東洋経済新報社(2011)『海外企業進出総覧』をもとに分析した結果を発表したものである。発表内容としては,まず,製造業(輸送機械,電気機器など)とその卸売業の卓越しており,その進出形態が1960年代の日本の製造業が欧米へ進出した際と似ていることが発表され,次に日系企業の進出地として,デリー周辺のグルガオン(ハリヤーナー州)やレワリ(ラージャスターン州)などが増加しており,デリー首都圏への集中がみられることが明らかにされた。また,2005年以降における地方都市への新たな展開も紹介された。発表に用いられた一連の分布図は,GISの手法を用いて視覚的に立地パターンを明らかにできた上で研究の意義は大きい。
 しかしながら,本発表では投資先の都市の分布と時系列的な展開過程は明らかになったものの,その要因については言及がみられなかったことが研究課題として指摘された。連邦の中央政府や州ごとの政策が,日本企業の立地展開にどのように影響を与えているのか,今後の研究として,分布パターンを解析することとともに,それに影響すると思われる諸要因,つまり,インドの政策的影響や欧米の企業立地動向との関係などについても検討されれば非常に有益な研究となると思われる。 (由井義通)




○第2報告(15:00-16:10)
友澤和夫(広島大)
「インド自動車部品工業の成長と立地特性—ACMA刊行Source India 2011を資料として— 」


 本発表は、近年成長が著しいインドの自動車部品工業を対象として、以下の諸点を明らかにすることを目的に報告を行うものである。1)部品企業の特性を踏まえた産業構造の提示、2)Districtsを単位とした空間的ダイナミズムの把握、である。1)については、工場数、売上額、従業者数といった指標において、企業間に明瞭な階層性が看取され、全体としてはピラミッド型の構成を呈することが明らかとなった。また、設立時期でみれば、1980年代以前に生産開始した企業群と1990年代以降に開始した企業群との間で、企業規模に差異が存在することが示された。2)については、以下の3点が重要であった。①インドでは1979年以前に自動車部品工業の3大集積地(デリー首都圏、マハーラーシュトラ州西部、チェンナイーバンガロール)が形成され、それぞれデリー、ムンバイ、チェンナイが企業設立の核としていた。1980年代以降は、前二者において企業・工場設立の中心が各々グルガオン、プネーに移動し、産業集積の外延的拡大が生じている。②branch plantの立地は、企業本社が所在する地域を指向することが最も多いが、main plantに比べるとその程度ははるかに低くは、部品企業は複数立地化と多所立地化を同時に進めている。そして、③3大集積地に本社がある企業のbranch plantの立地は、当該集積地を除けば、他の2つの集積地を指向する一方、ウッタラカンド州のウダム・シング・ナガール県が新しい核として出現している。これは、従来のインドではみられなかった、特別カテゴリー州への立地を意味し、政策的な誘導によって自動車工業の新しい集積地が誕生していることが示された。

【討論内容・座長所見】
 インド自動車産業の成長は企業間の取引構造も変化させるだけでなく,新たな立地戦略の展開を部品企業に促す。ただし,当該企業の全国的な立地動向の把握にあたっては工業統計が整備された先進国でも地道な作業を要する。本報告はこうした課題について,企業名鑑をもとに高い空間解像度からアプローチするものであり,また明快な結果を示すものであった。
 質疑応答では本報告の主題である立地特性から,さらに一歩踏み込んだ議論が交わされた。なかでも次の三点が重要であったように思われた。第一は各集積地の発展経路に関するものであり,第二は部品企業の能力獲得に関するものである。そして,第三は部品企業の行動とそれを方向づける外部的な環境に関するものである。特に最後の論点は特別カテゴリー州への立地との関連において見逃せないものであると思われる。インド自動車産業の全国的な立地展開と,今回は取りあげられることのなかった部品企業の個別具体的なケースとの「すりあわせ」が期待される。 (鍬塚賢太郎)



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