2011年度HINDAS第4回研究集会 報告


2011年度HINDAS第4回研究集会
テーマ:南アジアにおける学校教育と職業の接続―人々の教育への期待に経済発展は応えているのか?―
日時:10 月22 日(土)13:30~17:30,
10 月23 日(日)10:00~16:10
場所:広島大学大学院文学研究科2階B204大講義室

主催:現代インド地域研究 広島大学拠点(HINDAS)、学振科研(基盤研究(B))「南アジアの教育発展と社会変容」2011年度第2回研究会、京都大学 地域研究統合情報センター 共同研究「学校のなかの『他者』」2011年度第2回研究会、広島大学 教育開発国際協力研究センター(CICE) CICE特別セミナー

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第一日
○第1報告村山真弓(ジェトロ・アジア経済研究所)
「教育から仕事への移行過程:デリー低所得地域の若者調査から(予備的考察)」


 若者の失業問題は、世界的な懸案事項となっている。今回の報告は、インドにおける若者の教育から仕事への移行過程に関する研究を目標においた、予備的な作業である。
 調査地スンデルナガリは、1976年非常事態期にオールドデリーのスラムを撤去した際に作られた再定住コロニーの一つで、約62000人が暮らしている。この若者調査は、15~29歳の若者を含む世帯214戸、若者317人(男性160人、女性157人)を対象に2010年末に実施した。スンデルナガリのある北東県は、デリー9県の中では識字率が最低であることから伺えるように、社会経済的には遅れた地域である。地域には、衰退著しいハンドルームと様々な製品のリサイクル業がある、また腕輪、ビンディー、刺繍など多様な在宅労働が主に女性によって行われている。
 若者サンプルの平均年齢は21歳、8割近くは未婚である。前期中等教育(secondary)レベルの学歴保持者が最も多く、全体の4分の1に上る。また、大学在学以上は全体の17%と高い。調査時点では、最も多い3分の1が過去1年間勤労していた(男性半分以上、女性は10%未満)の次いで、20%が学業のみに従事していた。女性の場合、学業のみ(24%)と、ほぼ同じくらいの割合が家事に加えて在宅で何らかの収入獲得仕事に関わっていた。
 彼らの学校経験を概観すると、初等中等教育では9割が公立校に通っていた。大学は85%が通信教育である。進学ならびに学校を選択するに当たって誰が主たる意思決定者であるか尋ねたところ、初等教育段階では父親よりも母親の声が重要であるという結果だった。他方高等教育への進学は大多数が自己決定によるものである。教育言語は9割がヒンディー語である。その割合は、後期中等(higher secondary)レベルで若干低下している。彼らの3割弱は初等教育から塾通いを経験しており、その割合は前期中等で最も高く(55%)、大学レベルでも4割近くが塾・専門学校に席をおいている。一方、学校に通いながら仕事するという経験も初等教育の時点から12%近く(ただし8%は家族の仕事を手伝うもの)を占めており、大学生では6割近くに達している。スンデルナガリの若者にとって仕事をするという経験は幼い頃から身近であると言える。
 学歴と所得の関係をみると、確かに学歴が高いほど所得も高くなる傾向は見て取れる。しかしその職種は、少数の公務員、教員(家庭教師も含む)、セールスマン、NGOのフィールドワーカー、調査補助員など限られており、また就労の場所もスンデルナガリ周辺を中心としている。聞き取りからは、学校や職業選択における情報アクセスや動機付けをしてくれる人が不足していることが大きな問題点として指摘された。 (村山)




○第2報告:木曽順子(フェリス女学院大)
「インフォーマル・セクターにおける労働とモビリティ  ―アフマダーバード調査報告を中心に―」

 2009~2011年にインドのアフマダーバードで行った調査の結果に基づき、インフォーマル・セクター就業者が多いスラム労働者の現況、その教育と職業のモビリティに焦点を絞って報告を行った。ここでのモビリティ分析は、現在スラムに居住している労働者に関するものであり、「上向」移動を遂げてスラムから流出した労働者の状況はわからない点が、この分析の限界であろう。報告では、最初に調査方法をやや詳細に説明した。次に、10スラム地区で行った2016世帯の概要を明らかにし、スラム間の差異についても確認した。第三に、詳細な面接調査を行った215サンプル労働者の個人属性、仕事・労働の内容と生活水準、教育と職業の「世代間」モビリティ、転職による個人のモビリティ、生活水準の変化に関する認識、自営業者の経営状態変化の認識について、調査結果を簡単に説明した。また第四に、ごく簡単にではあったが、モビリティのイメージを具体化すべく、個人が経験したモビリティの事例を幾つか紹介した。
 こうしたデータの第一次的な分析から明らかになったのは、(1)社会集団間であまり差のない全般的な教育水準の低さ、(2)教育・職業モビリティの今日の低迷、他方で、(3)転職による賃金面での「上向」移動の実現、(4)子ども時代より生活水準が上昇したとの認識、等であった。(5)モビリティに影響を与えうる要因のうち、社会集団や教育レベルよりも、「従業上の地位」が一定の影響を持つのではないかとの推測については、 時間の制約から説明を省略した。この点を含めて今後さらに分析を詰めていく必要がある。 (木曽)



○第3報告:弘中和彦(九州大・名誉教授)
「21世紀インドの教育政策における卓越性追求の構造的特質」

 マンモハン・シン首相率いる会議派連合政権(UPA)は2004年以来、「卓越教育」(excellence of education)政策を鋭意、推進し今日に至っている。 本発表はその実際的状況に措き、主にこの政策の内容、背景、目的、意味、教育段階別特色等にわたり考察したものである。
 これにおいてはまず、「卓越教育」の語で表現されるその願望が独立来いかに早期に現れ、80年代に入りインド経済の国際化・自由化の進行を背景に、国家教育制度の確立発展の緊要性の自覚のもとに強力な施策となるに至ったかを、教育政策の形成に影響する初心議会報告や諸「国家教育政策」決議、さらには初等から高等に至る全教育段階における国として、特に重視する諸分野、諸事項への国の支出による「中央責任計画」(Centrally Sponsored Scheme)等によって明らかにした。
 続いて、その過程を経て新世紀が「知識社会」、「知識経済」の段階に至っているとの認識のもとに、2005年に任命された「国家知識審議会」(National Knowledge Commission)の2009年の最終報告を待つ間に出された数々の提言が、各その教育段階別施策並びに2007年に始まる11次5カ年計画に、どのように反映しているかを中心に検討した。
 教育段階に即して最近の施策を見るならば、初等教育段階における義務教育規定の強化に見る憲法改正(2002)、まさに歴史的快挙と評されるその法制化(2009)、6歳~14歳の「皆就学戦略(Sarva Siksha Abhiyan, SSA)(2001)から6歳~16歳のSSA2への進化、中等教育段階における各県1校の、主として農山村の社会的弱者に配慮し英才を対象とする、全寮制の「新興学校」(Navodaya Vidyalaya)によるモデル・スクールないし「先導的学校」(Pace Setting School)の設立、中等学校の半数の職業教育化、産業訓練校(ITI)の拡充、高等教育段階における世界最先端を標榜しかつ社会的弱者に配慮した中央大学(Central University)、工業大学(IIT)、経営大学(IIM)の増強、等に集約されるであろう。 その施策は国民の全てを対象としかつ全教育段階に及ぶ、まさに11次5カ年計画のアプローチが示す「インクルーシブな発展」を特徴としている。(弘中)




第二日
○第4報告:宇佐美好文(東京大)
「教育と就業構造-NSS雇用失業調査結果の予備的分析-


 近年,インドの教育水準は顕著に向上した。しかしながら教育は貧困の削減,格差の縮小につながっているのか,それとも教育は格差を増幅させてはいないかについては必ずしも明らかではない。本報告は,この問題に接近するために教育と就業構造の関連についてNSS雇用失業調査を用いた予備的分析である。
(1)近年の教育水準の向上,とくに中等教育のそれは目覚ましい。とくにChattisgarh,Jharkhand,Madhya Pradesh,Uttarkhandにおける中等教育の改善は顕著である.しかしながら教育水準の地域間格差,カースト間格差は依然として残っている。Bihar,Rajasthan(女子),West Bengalにおける中等教育の普及の遅れが目立つ。また,高等教育のカースト間格差は拡大したように見える。
(2)一般教育と技術教育を組み合わせることにより,文系と技術系の就業構造の差異が明瞭となる。教育水準の上昇に伴って,就業状態はCasualからSelf-employed・Regularに,産業別就業構造は農業から製造業・商業,そして金融業・公務へシフトする。しかしながら,教育水準の上昇に伴う就業構造の変化は地域差が大きい。これは地域の産業構造,非農業部門の雇用吸収力に依存している。中等教育は進展したが,中・高校学卒者を恒常的勤務で雇用する非農業(とくに製造業)の雇用拡大の遅れがネックになっている。
(3)就業状態のCasualとRegularの間に平均賃労働所得格差が大きく,かつ年齢階層が上がるにしたがって格差が拡大する。教育水準と経験年数に依存して,Skill Premiumが拡大しているようだ。
(4)教育支出は急速に増大し,家計に大きな負担となっている。一人当たり教育支出は農村・都市間,地域間格差が大きい。これは通学が公立・私立学校かと使用言語に依存する。「安価な公立学校教育→中等教育の普及/しかし質の低さ」であるなら,付加価値をつけるために一層の費用が必要となるが,貧困層には困難である。教育支出の州間格差が各州の中等教育の進展の差の要因の一つである。(宇佐美)




○第5報告:柳澤 悠(東京大)
「南インド村落の30年:職業と教育の変化を中心に」

 1979年-81年に調査した、タミル・ナードゥ州Tiruchirapalli県の都市近郊の水田地帯村落を2007年に再調査を行った。本報告では、職業と教育に関わる収集データを集計し、30年弱の期間における変化を検討した。職業構成では、Pillai/Chettiarは農業への依存度を極端に減少させ(7割の世帯は農業に全く従事しない)、Muthuraja、SCともに、農業を専業とする世帯の比率は37%と32%へ減少したが、農業と非農業とを兼業する世帯は、Muthuraja、SC世帯の4割を占めており、世帯の家計にとって農業就業の重要性は高い。
 全体的に、就学年数の差異は縮小傾向に見えるが、高収入職に必要な13年以上就学者に関しては、Pillai/Chettiarとその他との格差は拡大した。都市非農業職の多くは、農業労働者賃金水準を大きくこえない。かつて、SSLCをとれば、都市のフォーマル部門の職の可能性かなりあったが、今日SSLCではそうした職は極めて困難である。月収5000ルピー以上職に就ける者は、学士では半々、修士でれば可能性はもっと大きいという現状である。こうして高収入都市雇用に必要な学歴はひきあがってきたため、Muthuraja、SCにとっては、高収入都市雇用に入りうる人々が20-25%を超えることは困難な状況で、大多数の世帯にとっては、都市インフォーマル部門就業と農業(経営、賃労働)収入との兼業か、複数世帯員の都市就業で、対応するほかはない状況といえよう。 (柳澤)




○第6報告:日下部達哉(広島大学)
「バングラデシュ農村における進路選択-僻地農村と近郊農村の比較-」

 本報告では、バングラデシュ僻地農村と近郊農村の教育発展と村人の生活の変化の在り方を、追跡調査から明らかにしたものを発表した。内容の骨子は、1999年から調査した西部メヘルプール県カラムディ村(僻地)と、2001年から調査した東部チッタゴン県ゴヒラ村(近郊)における、子どもの進路の在り方を、10年前と10年後の追跡調査データを通じて比較検討を行い、バングラデシュにおける教育歴取得とプレースメントの関係性を析出する、というものであった。
 カラムディ村の10年間の変遷は、農村の在り方として、交通の便、農村の穀物栽培からタバコなどの商品作物栽培への変化、牛飼育の産業化、など非常に大きな変化が見られ、人々が、より現金収入を求めていこうとする姿勢が浮き彫りになった。しかし、村の僻地農村的性格は特に変わっていなかった。ゴヒラ村の10年間の変遷では、村からチッタゴン市までの行きがけに多くの服飾工場が建設された、44標本世帯中、6世帯がチッタゴンに移住、うち1世帯は週末帰村を繰り返している、ダッカ・チッタゴンに職をもつ人々の増加など、カラムディ村以上に変化に富んだ10年であった。近郊農村というよりむしろ都市経済と一体化した地域ととらえられた。各村の調査結果は以下のとおりである。

カラムディ村

  1. 経済状態は進展してきたが、農村的性格に由来するところが大きい。 
  2. 標本調査世帯の現金収入は三倍に。物価もそれなりに上がっているが、世帯員がさほど増えていないので大きな発展といえる。
  3. しかし、低位階層の世帯主たちは、子どもを村外の教育施設に送ることはできない。 なぜならほとんど下位階層の人々の経済状態に変化はないから。
  4. 学校、塾など様々な教育機関ができる一方、それらの施設は十分に機能していない。諸政策の効果もあって教育はそれ自体が、ある種の“産業”として機能しているが、学校に在籍する生徒が次の進路を確保することは容易ではない。マドラサも教育政策に便乗し、「学校化」することで生きながらえている。

ゴヒラ村

  1. より現金経済に依存する経済状態が進行、産業経済、及び都市経済との関わりがより深くなっている。これに伴い、人々の生活も、就農ではなく何らかの「仕事」を得ることが必須になり、サイドビジネスとしての農業が漸減傾向に。 
  2. 標本調査世帯の現金収入は2.5倍に。物価高騰や世帯員の増加を考えると、生活は厳しい。そのため、借金は8.7倍の金額になり理由も「生活のため」というものが多い。
  3. 下位階層の世帯主たちは、子どもを村内外の教育施設に送ることは経済状態からいって難しい。 多くはSSC止まり。ただし、上位のみならず下位階層も中東への出稼ぎで現金を稼げる機会はある。
  4. 教育機関は、十分に機能している。EFA関連政策以前から自立発展的に教育開発が行われ、現在、量的発展は落ち着いている。またコウミマドラサも存在し、人々の寄付によって運営が成り立つ土地柄である。

 2村の調査結果を総括すると、教育、つまり、進路の選択肢は拡充されたといえる。しかし、僻地農村では、1990年から政府がてこ入れしてきた、教育拡充政策が強く作用しており、近郊農村では自立発展的といえた。また、両村ともに、一定の所得層(中の下くらい)以下では進路選択の行き詰まりがみられた。一方、上位階層では、教育拡充政策の有無にかかわらず、昔から教育アクセスは良かったことが指摘できる。 (日下部)



○第7報告:佐々木 宏(広島大)
「北インド地方都市における高等教育修了者の就業―乱立する私立MBAスクールをどう評価するか」


 本報告では、ウッタル・プラデーシュ州Varanasi(UP州VNS)の新興私立MBAスクール(大学院経営学修士課程をもつ学校)を対象に2011年9月に実施した調査の結果を使って、VNSにおける教育と職業の接続において調査対象校がどのような役割を果たしているのかを検討した。
 はじめに先行するインドの高等教育研究を整理した。先行研究においては、現在のインドでは高学歴者の就職難が続くなか、「良い仕事」に結びつきやすい(と人々が期待している)職業的・専門的コースが大衆化しつつ増えていること、またそれをけん引しているのは私立学校であることが指摘されている。調査対象としたMBAスクールはまさにこのような動きを象徴する事例である。
 次いで調査で得られた学生の社会経済的バックグラウンドと修了後の進路(就職率、就職した企業名、勤務地、給与など)データについて考察した。その結果得られた知見は二つある。
 第一は、開発の「遅れた」地域にあるVNSでも、地元の高等教育機関を修了した若者が地元にある新しい就労機会(新興金融業やICT産業など経済発展により躍進する産業での雇用)にアクセスしている事実が確認されたことである。このことはVNSの高等教育と労働市場のミスマッチ状況がある程度好転しつつあることを示唆している。また、私立のMBAスクールは、学歴を得て「良い仕事」を求める若者とそのような仕事の媒介者としての役割を担っていることも示している。
 しかし一方で、地元就職をした調査対象校の多くの修了者の給与水準は必ずしも高いとはいえない。彼らの給与水準は、インフォーマルセクターにおける就労による収入に比べると高いが、VNSの公的セクターの給与水準には届いておらず、MBA取得までのコスト(年間10万ルピー以上かかる学費)に見合うリターンがあるといえるのかどうかは疑問であった。したがって、修了者に高収入が保証されているIIMや難関大学のMBAコース(いわゆる「トップMBA」)と調査対象とした地方都市の新興・私立MBAスクールには大きな違いがあるといえる。これが二点目の知見である。 (佐々木)





会場の様子

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