2011年度HINDAS第7回研究集会 報告

2011年度HINDAS第7回研究集会
日時:2012年2月5日(日)14:20-17:00
場所:広島大学大学院文学研究科 1階B153講義室



<報告1>
岡橋秀典(広島大)・鍬塚賢太郎(龍谷大)
「現代インドの空間構造と産業集積ーメガ・リージョンとICTサービス産業」


  本報告では、前半部において現代インドの空間構造把握の方法論的検討を行い、それをふまえてメガ・リージョンの重要性を提起し、後半部においてはメガ・リージョンに対してICTサービス産業という特定産業からアプローチしてその構造を解明しようとした。
 まず前半部では、空間構造把握の枠組を構築するために、現代の中国とインドに関する重要著作を検討し、地域構造論の枠組も参照して筆者の現代インドの空間構造研究の枠組を提示した後、全国スケールで現代インドの空間構造を示し、地帯構成論と中心・周辺モデルの2つによる説明が有用なことを指摘した。発展途上国であるインドの場合は、この2つのモデルの併用が有効であるが、今日では都市と農村の分断構造から都市を中心とした求心構造へ移行しつつあることを述べた。それゆえ、現代インドの空間構造にとって中心・周辺モデルの「中心」に位置づけられるメガ・リージョン(mega-region)こそが地域発展にとって重要な意味をもつこと、そしてその実態解明が待たれることを問題提起した。
 続いて後半部では、インドICTサービス産業について、まず当該サービスの州別輸出額とインド大手企業の分布等を検討し、北部インドと南部インドとで異なる空間構造を示した。前者はデリー首都地域への、後者は各州それぞれの州都への一極集中を特徴とする。ただし、フィリピンやスリランカなどの「新興国」の台頭やインド国内向け低価格サービス需要の増大といった当該産業の競争環境変化は、既存集積地から、サービスをより安価に提供できる地方都市へのICTサービス企業の分散を促している。これはまた、産業政策に自律性を持つ州政府が独自に、当該企業の誘致に取り組む契機を与える。こうした構図を端的に示す具体例として、北部インドのウッタラーカンド州におけるICTサービス産業の特性および州政府による産業開発・企業誘致への取り組みについて述べた。最後に、デリー首都地域からの産業の分散とそれを前提に産業開発を進める州政府の行動とが、北部インドの州境を越えた地域間関係をより求心的なものへと方向付けていくことについて指摘した。 (岡橋・鍬塚)

【座長報告】
岡橋報告は、現代インドの空間構造へのアプローチおよびメガ・リージョンの観点の必要性について、先行研究を踏まえながら説いた。現代インドの社会変動は地域格差を伴って起こっており、一般的な経済構造・産業構造の変動の分析だけでは理解できない。その点において、地域の地理・自然・歴史・文化などの初期条件の差異、産業配置、地域政策などの連関として認識される国土の空間構造を捉える経済地理学の地域構造論的アプローチの有効性を強調した。とくに経済自由化後の経済発展に伴うインドの空間構造の変動として、メガ・リージョンの形成に焦点を当てる必要性を指摘した。いずれの指摘も興味深い研究の方向づけであった。
一方、鍬塚報告は、ICT産業の配置からみた全国レベルのメガ・リージョンの比較から始めて、デリー・パンジャッム「メガ・リージョン」の空間構造の特徴について説明した。当該地域でのICTの配置はデリー首都圏への一極集中によって特徴づけられるが、現在はデリーからチャンディガール、デラドゥーンへと拡散する動きが認められる。その意味では、ICT産業もメガ・リージョン的展開を見せている。ただし、ICTの集積に質的な違いがあって、地方都市の地場企業には海外市場を取引先とするような企業がまだ出現していない。鍬塚報告は、岡橋が紹介した地域構造論的アプローチの枠組みで言えば、産業配置論に位置づけられる内容であった。そのため、初期状態や地域特性の集合的表出である地帯構成の影響を尋ねる意見が聞かれた。この点の取り扱いは今後も検討を続ける必要のある興味深い課題であると言える。(日野正輝)



<報告2>
大田真彦(筑波大・院)
「中部インドにおける共同森林管理政策の実施過程とその森林保全と生計向上への影響―部族村落と非部族村落との比較を中心に」


 インドの森林政策は1980年代以降,生産的機能を大きく縮小させ,環境的・公益的な方針に転換している。本発表では,村落レベルでの取り組みとして,1990年代以降全国的に実施されている共同森林管理(JFM)政策を取り上げた。JFMの「記録された林地」に対する実施率が最も高い地域は,森林面積,貧困率,指定部族人口に明確な連関性がある,中部トライバル・ベルトである。本発表では,本地域を構成するマディヤ・プラデーシュ州の西チンドワーラー営林署において,部族村落(R村, Gond)と非部族村落(T村, Pawar)の事例を1つずつ取り上げた。そして,JFMのプロセスと森林保全・住民生計への影響の比較分析を行い,その差異を通して,部族地域におけるJFMの有効性を確認した。
 両村落において,JFM管轄森林の範囲の決定,マイクロ・プランの策定,伐採禁止や薪材採取への牛車の利用禁止といった利用規制ルール,あるいは森番の雇用など,多くの側面が森林官によって決定されていた。T村ではある程度住民の意思決定が見られたが,R村ではほとんど全ての決定を森林官が行なっていた。森林の植生調査からは,両村落ともに,禁止されている生木の伐採が見られた。両村とも,小径木が中心であり,伐採は自給用薪材に留まっていると推察されたが,その割合はR村でより高く,森林依存度の高さを反映していた。生計向上に関しては,州森林局からの物資・インフラ類の提供が中心的に行われていたが,その持続性はR村でより低かった。
 この州でのJFMの実施は,州森林局によるトップダウン式のものであり,利用を促進して生計向上を図るのではなく,利用を統制する方向に展開し,生計向上は非森林部門で主に目指されていた。政府による保護規制は一律に強化されていたが,既存の社会経済構造の変革を伴うものではなかった。それゆえ,特に教育レベルの低さ,森林依存率の高さといった特性を有する部族村落では,JFMの効果はより限定的である傾向にあることが,本発表の事例から示唆された。

【報告での討論,座長所見】
インドの森林の多くは、州森林局によってきびしく利用が規制されているが、そうした中で近年は保全の方向に大きくシフトしている。報告者は新たな森林政策として地域住民と協働する共同森林管理政策に着目し、この政策の効果を現地調査により検証した。調査地域として部族民の多いマディヤ・プラデーシュ州を選び、部族村落と非部族村落の比較という形で検討している点に大きな特徴がある。
次のような質問、意見が出され、報告者の回答を交えて活発な議論がなされた。1)部族村落と非部族村落の比較の狙いは何か。村落の社会構造や社会関係はどうなっているのか。またそれがこの共同森林管理政策の運営にどう結びついているのか。2)2村落の生業、現金収入源、林産物利用はどうか。これらとの関連で共同森林管理政策の実態をどのように説明できるか。
インドの森林政策の実態を現場で検証しようとした貴重な報告であった。ただ、質問、意見に示されるように、研究の枠組みの中に地域の社会経済的条件をもっと取り込むこと、2村落の比較で一般化は難しいと思われるので、統計なども利用してもう少し広域的に検討することが有効なように思われた。今後の研究の発展を期待したい。(岡橋秀典)

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