「敵を知り己を知らば百戦危うからず」と孫子を持ち出すまでもないが、ある物質や現象を科学的に解明しようとする時、真っ先に必要なのは対象についての適切な情報である。その情報を取り出す技術が狭い意味での分析だ。
「分析」の「分」は刀を持って切り分ける事、「析」は斧を持って木を割砕く事であり、英語Analysisの意訳である。Analysisの語源はギリシャ語で、各々に(ana)分解する(lysis)という意味である。この言葉は自然科学・社会科学に限らず現在広く日常的に使用されているが、Analysisとして初めて使用されたのは1680年頃イギリスのR.Boyleによるとの事である。
「分析」が明確な科学思想として現れてくるのはデカルトの[方法序説](1637)からである[1]。デカルトは、複雑な物質・現象も細分化・単純化すれば自ずと中身が見えてくるであろうという要素還元論の立場に立ち、真理を探求するための方法として次の4つの点が重要であると説いたのである。第一は、明らかに真であると認められるものだけを真として受け入れること(速断と偏見を避けること)。第二は、問題の各々を、問題を解くために必要な数の小部分に分かつこと。第三は、その小部分から思想を順序に従って導くこと。もっとも認識しやすいものからはじめて、少しずついわば階段を踏んで最も複雑なものの認識にまでのぼってゆくこと。第四は、全体にわたって良く検討すること。現代の科学は以上の四つの規則の上に積み重ねとして成り立ってきたものであるから、科学の基礎として分析という概念が極めて重要なものであることは言うまでもない。

さて我々自然科学者特に化学に関係する者の立場からすると、狭義の意味における分析の目的は第一に物質系の認識、すなわち物質系の持つ種々の情報を引き出してくる事である。ここで言う情報とは化学情報であって、分析対象物(試料)を再現するのに必要充分な情報である。それは試料構成要素の特性と量に関するものと試料の形態と相互配置に関するものに大別する事ができる。前者は物質を構成する原子、分子、イオンなど化学種の種類と絶対量あるいは濃度であり、それらを明らかにすることを定性分析・定量分析という。後者はそれらがどこにどのような状態で存在するかという情報であり、状態分析と言って区別される。
分析は手法によって大きく化学分析と物理分析に分類できる。化学分析は物質との化学的相互作用(化学反応)を利用する分析であり、中和滴定など高校までで学習する分析法はほとんど化学分析である。一方物理分析とは物質による光などの電磁波の吸収・放射など物理的相互作用を利用して分析を行うものである。
これらは原子レベル・分子レベルの現象であって、例えば光の放射は次のような過程で起こる。まず原子の回りの電子が熱などのエネルギーにより通常の状態からエネルギーの高い状態(励起状態)に移る。
原子が冷えて励起状態から元の状態に戻るとき、エネルギーの差分に相当する波長の光を放出する。この光を分光器という装置を使って光を波長によって分け(プリズムは最も簡単な分光器である)、その後で光の強さを測定する。この波長が物質によって固有なので定性分析ができ、光の強さが物質の濃度に比例するので定量分析が可能になる。例えば炎色反応という良く知られた現象がある。食塩水をつけた針金をガスバーナーの中に入れると炎が黄色くなる。これはNa原子の回りの電子のうちいちばん外側の電子がバーナーの熱で励起され、冷える時にD線と呼ばれる光(波長589nm、nmはナノメートルと読み10−9m)を発したのだ。

組成分析における物理分析法のメリットは化学分析に比べたいへん高感度である点である。つまり低い濃度の試料や極微量の試料でも分析できるということだ。例えば先ほどの炎色反応は原子発光分析として進化し現在有力な機器分析法の一つとなっているが、高感度化のためには試料中の濃度が同じであっても発光強度を高くすれば良い。そのためにはバーナーよりずっと高い温度で試料を加熱し、たくさんの原子を励起状態にすれば良い。こうして現在では高周波加熱で6000゜以上に試料を加熱する発光分析法が使用され[2]、ppbレベル(ppbはppm(1/1000000)のさらに1/1000[3])の分析が可能になっている。
熱による励起の他にも原子の励起の仕方には種々の方法がある。例えば水素をイオン化して数百万ボルトで加速する。この高エネルギーの水素イオンを物質に照射すると原子の回りの電子の一部を弾き飛ばしてしまう。こうしてできた空席を他の電子が埋めるとき同様にして電磁波を発する。その波長は短くX線領域であって、たいへん高感度な分析が可能になる[4]。実際ng(ナノグラム、1/1000000000g)という、いくら高感度な天秤でもどうにもならない領域の定量分析が可能になる。
最近の分析では化学分析の割合が激減し物理分析の割合が非常に高くなってきている。その理由はやはり何と言っても化学分析だけでは不可能あるいは非常に手間のかかる分析が物理分析では容易であるという点だ。例えば物質をガス状態にしてマイクロ波(テレビ電波や電子レンジのような波長の短い電磁波)をあて吸収を詳しく調べると、その物質がどのような構造であるかもわかる。例えばこの炭素とこの炭素の距離は0.154nmであってこの角度は109゜であるとか、大変な計算もいるけれど、まるで見てきたように分かるのである[5]。さらに物質を強い磁場の中に置いてマイクロ波をあて、磁場を少しずつ変化させると特定の構造を持つ特定の原子(例えば水素)についてマイクロ波の吸収が起こる。その磁場の大きさから、水素がメチル基(CH3)として物質に含まれているかあるいはメチレン基なのか(CH2)吸収の強さからその個数は幾つかなどという情報が簡単に分かるのだ[6]。
その他分析には対象物の挙動の予測・制御のための情報取得という工業的に極めて重要な意味がある。また分析装置を制御したり、分析データを取り込んだり、計算や予測等の処理をさせるためにコンピューターの使用が不可欠であるが、これらに関する基礎技術については今回は紹介できなかった。これらは大学で学べる事の一つである。
「敵を知り己を知れば百戦危うからず」・・・我々科学者の戦いは未知との戦いであり、分析は常にその先鋒を切っていなければならない。我々が生命など未だに未知の部分の多い複雑な現象に立ち向かうとき、しかし、はたしてデカルトの要素還元論のみで良いのだろうか。つまりDNAの構造(構成要素の並び方)がすべて解明されたとしても、我々は生命にどこまで迫れるのかということである。我々の科学の歴史は浅く、やっと未知の世界の入り口に立ったに過ぎない。最後まで読んでくれた君、君も一緒に明日の科学技術を支え、未知の世界に迫って見ませんか?
文献と注