脂肪酸分析による深海底生微生物相の生化学的解析
研究担当:高杉 秀美
【序論】
“地球表面は十数個のプレート(剛体の板)から成り立ち、それらが互いに運動している。 また、海底(プレート)は海嶺で生まれ、海溝で地球内部に飲み込まれてゆく”
と考えられている。 その意味で海溝は、プレートの「沈み込み帯」という言葉で表現される。この沈み込み帯ではプレートが衝突し、その現場では地殻表面の堆積物が押しつぶされ、堆積物中の間隙水が絞り出されている。 この間隙水は海底の割れ目(断層)に沿って湧出しており、さらにメタンと硫化水素も含まれており、「冷湧水」または「メタン湧水」と呼ばれている。 日本をとりまく海底には大地震を引き起こす可能性のある活断層が多く存在する。 これら活発な活断層にはメタン湧水帯が存在していることが多い。 すなわち、メタン湧水の存在を知ることは地震を引き起こす可能性のある活断層の発見にもつながると考えられる。
この湧水帯にはメタンや硫化水素をエネルギー源とする化学合成依存性の独特な生物相が形成されている。 このメタン湧水帯の堆積物中に存在する微生物相を推定する方法の一つに脂肪酸分析がある。 脂肪酸は多種多様な生体分子で、微生物の種類によって脂肪酸組成が特徴的である。 堆積物脂肪酸のほとんどは微生物,特に細菌(バクテリア)由来である。 よって堆積物脂肪酸組成を調べることにより、微生物相を推定する手がかりを得ることが期待される。
本研究では堆積物中の脂肪酸組成から深海底微生物相を、特に化学合成・メタン栄養性微生物の増減を推定する手法を検討し、将来的には活断層の存在と活動を推測することを目的としている。
【材料・方法】
*既にメタン湧水域であることが確認されている南海トラフ(水深3700〜3850mと300m)相模湾初島沖(水深1200m)の海底から堆積物を採取した。
*採取した堆積物からBlight - Dyer法の改良法により脂質を抽出、リン脂質脂肪酸をメチルエステル化、精製した。
*ガスクロマトグラフィー・ガスマススペクトロメトリーにて各堆積物試料のリン脂質脂肪酸の同定と定量を行った。
*得られた脂肪酸組成に基づいて、堆積物試料間の類似度をクラスター分析し、デンドログラムを作成した。
【結果・考察】
得られたデンドログラムから堆積物試料は大きく3つのグループに分類された。 それぞれのグループは、サンプリング時に行われた目視観測データからメタン湧水帯、無湧水帯”とした。
メタン酸化細菌および硫酸還元菌の指標となる脂肪酸についてデンドログラムと比較したところ、湧水域でのみ検出される脂肪酸の存在が明らかとなり、この脂肪酸は湧水の有無を示す有効な指標となることが考察された。 また、目視観測ではメタン湧水が確認されなかった場所においても、脂肪酸分析からはメタン湧水の影響を受けていると考えられる結果が得られた。 これらのことから、脂肪酸分析は、これまでの目視観測を補完する手法として有用であることが示唆された。