深海メタン湧水帯における微生物相の分子生物学的解析

暗黒、高圧の深海底。 長い間そこは生物の存在しない場所であると信じられてきた。 しかし、1977年、ガラパゴス沖での世界初の熱水噴出孔の発見に伴い、その考えは一変した。 硫化水素を含んだ熱水を吹き出すチムニー周辺に、非常に高密度な生物群集が存在していたのである。
その生物群集には、二枚貝や深海性エビなどが含まれるが、ひときわ目を引く生物が「チューブワーム(ハオリムシ)」である。 この生物は口も消化器官も肛門も持たない。 そのかわりに、特殊化した器官にバクテリアを共生させ、それらに有機物を生産させている。 その共生バクテリアが有機物合成に用いるエネルギー源は熱水中に含まれる猛毒、硫化水素(H2S)である。 この硫化水素を酸化する際に得られるエネルギーによって有機物(バクテリア本体)を合成しているのであ
る。 他の生物(二枚貝、エビ等)も、このバクテリアを共生させたり、または直接補食している。 つまり、熱水噴出孔の生物群集は、化学合成によってエネルギーを得る、化学合成バクテリアによって支えられているのである。
しかし、目立った熱水活動も無い深海底、とくにプレートの沈み込み帯にも濃密な生物群集が観察されることがある。
そこでは、プレート運動に伴う堆積物の圧縮の結果、メタン、アンモニアを多く含んだ間隙水が沸き出している。 これをメタン湧水帯と呼ぶ。 そこに生息している二枚貝(シロウリガイ)なども体内に共生バクテリアを有しており、そこから有機物を得ているという報告がある。 ここでの共生バクテリアはメタンを酸化すること
で、エネルギーや炭素を得ることができるメタン栄養細菌であった。 よって、メタン湧水帯の生物群集は、メタン、アンモニアを酸化する細菌によって支えられていると思われる。
しかし、16SrDNA(すべてのバクテリアが持つ配列)の解析の結果からはメタン、アンモニア酸化細菌はまだ検出されていない。 そこで本研究では解析する遺伝子に、メタンモノオキシゲナーゼ、アンモニアモノオキシゲナーゼ、すなわち、メタンやアンモニアを酸化する際に不可欠と思われる酵素をコードする遺伝子を用いた。 これにより、メタン、アンモニア酸化細菌を特異的に検出することを目的とした。
「方法」
本研究で用いたサンプルは、日本で初めてメタン湧水活動の発見された、相模湾・初島沖、水深約1200mの地点から得られた堆積物である。 サンプリングには海洋科学技術センター(JAMSTEC)の無人探査機「ドルフィン3K」を用いた。
底泥から、フェノール・クロロホルム法により全DNAを抽出、PCR法によりDNA増幅を行った。
得られたDNAをプラスミドに組み込み、大腸菌に導入し配列を単離、DNAシーケンサーにて配列の解析を行った。
得られた配列を、DDBJ(日本遺伝子データバンク)にて他の配列と比較し、系統樹を作成した。
「結果、考察」
シークエンスの結果、1種類のメタン、アンモニア酸化酵素の遺伝子の存在が確認された。
系統樹にて他のメタン、アンモニア酸化細菌と比較すると右図の様になる。
今回分離された配列は、アンモニアモノオキシゲナーゼをコードしている遺伝子であることが明らかになった。 これにより、メタン湧水帯における、アンモニア酸化細菌の存在が強く示唆された。
今後の更なる解析によって、メタン酸化細菌も検出されると思われる。
Q&A集
Q:解析に遺伝子を用いることの意味は?
A:微生物は顕微鏡で観察しても、様々な形態をとること(多形性)が知られています。
よって、単に外見による種の同定はほとんど不可能です。 また、微生物のほとんどは培養できないので、生理特性による分類は困難です。
そのため、微生物の分類では、遺伝子解析の重要性が他の生物に比べて大きくなっているのです。
Q:どうして、すべての細菌が持っている16SrDNAの解析で、メタンやアンモニアを酸化する細菌が見つからないの?
A:詳しいことは不明ですが、様々なことが考えられます。
まず、ただ単に解析に引っ掛かってきていないということが考えられます。 また、メタンやアンモニアを酸化できるのはメタン、アンモニア酸化細菌だけと決まっているわけではありません。全く違う種類の細菌が、これらの酵素を持つようになることも考えられると私は思います。 その場合には16SrDNAだけでなく、特別な酵素をコードする遺伝子を調べるといったことが必要になるのです。