閉鎖性水域
人間活動の影響によるHABの拡大
「赤潮」あるいは有害藻類のブルーム“HAB”は、決して目新しいものではない。 しかし、ここ20年程の間に、その頻度および発生海域ともに世界的規模で拡大しているのではないかと懸念されている(Smayda
1990)。 こうした拡大傾向は、一部には科学的な知見の蓄積や調査分析技術の向上、あるいは沿岸部における魚介類養殖の拡大によって、これまで認識されていなかった現象が表面化したことによるとも考えられる。 しかし、富栄養化、急激な気候変動、船のバラスト水や養殖貝の移植による有害種の移動といった、人為的な影響も無視できない。 ある海域において、これまで存在しなかったか、存在しても極めてマイナーであった種が突然優占するようになった場合、その生態系はある種の撹乱を受けることになる。 短期的には、魚介類の弊死による漁業被害、あるいは貝の毒化による食品衛生上の問題が浮上する。 中長期的には、食物連鎖を通じた毒の影響によって一部の高次捕食者の個体群の減少を招き、一時的な生物資源の減少につながる可能性がある。 さらに長期的には、有害種に適応した生態系へと遷移して行くと考えられるが、それがどのようなものになるのか、果たして私たちにとって好ましいものであるのか全く予想がつかない。
瀬戸内海においては、COD削減対策によって1976年をピークに赤潮発生件数は減少し、1994年にはピーク時の1/3となったが、それでも年間100件程度の赤潮が発生している。 特に、広島湾におけるAlexandrium
tamarenseやHeterocapsa circularisquamaのような、新しい有害種の発生は、魚貝類への影響のみならず、この海域の生態系全体への影響が懸念される。 こうした沿岸域における新しい有害種の発生を招く一つの要因として、ダムや河川開発によるケイ酸塩や微量栄養元素供給量の減少、富栄養化によるSi:N:P比の変化などがあると考えられる。 ライン川やミシシッピー川では、流域の都市開発が進み人為起源の窒素やリンの負荷量が増加したため、河口域の珪素、窒素、リン比が変化し、植物プランクトン構成種が珪藻から非珪酸質の種へとシフトした(Admiraal
et al. 1990, Turner and Rabalais 1994)。 黒海においては、ドナウ川に建設されたダムの影響によって植物プランクトンの構成種が変化したことを示すデータが報告されている(Humborg
et al. 1997)。 ドナウ川は、黒海への河川流入量の70%を占めているが、1970〜72年にかけて1000km程上流に建設されたダムによってその流入パターンが大きく変化した。 年間のケイ酸塩の流入量が、ダム建設前の1/3程度に減少したのに対し、人為起源の無機態窒素の負荷量は増加したため、珪素/窒素比が劇的に低下した。こうした栄養塩環境の変化に同期するように、植物プランクトンのブルームの発生頻度および種数が増加した。 特に、珪藻のブルーム発生頻度が2.5倍になったのに対し、非珪藻種の頻度は6倍となった。 ケイ酸塩の減少は、ドナウ川の河口域のみならず黒海の中央部においても認められ、ダム建設の影響が予想以上に広範囲に及んでいることが示されている。
生態系への影響
新たな有害種の増殖は、生態系にどのような影響を及ぼすのだろうか? 漁業被害や食品衛生上の問題から、すぐに直接的な影響を受ける魚や食用貝類については、多くの知見が蓄積されてきているが、その他の海洋生物への中長期的な影響については十分には検討されていない。植物プランクトンを基礎生産者とする海洋の生態系を考えれば、HAB特に有毒種が、多くの海洋生物に影響を及ぼしうるであろうことは想像に難くない。 このような懸念は、決して架空のものではない。 実際に、植物プランクトンの第一の捕食者である動物プランクトンは、毒を蓄積したり毒の影響で捕食速度が低下することが実験的に確かめられている。 また、植物プランクトンが生産する毒によって、人間以外の最上位の捕食者つまり海獣類や海鳥が弊死したと思われる事例がいくつか報告されている。 ここで言ういわゆる「毒」とは人間にとって毒であるという意味である。 人間にとって毒でかつ他の生物にとっても毒である場合もあれば、人間にとって毒でも他の生物にとっては毒でない場合もあり、当然毒の種類と生物によって影響の度合いは異なってくる。 このような生物による感受性の違いは、生態系への影響を考える上で重要なポイントとなる。 有毒プランクトンを捕食するある生物が、毒に対する感受性が低くこれを蓄積すると、さらに上位の捕食者が毒の影響に晒されることとなる。 反対に、毒に対する感受性が高くすぐに死んでしまえば、上位の捕食者は毒を摂取することはないが、餌生物の減少によってやはり影響を受けることになる。 「毒」の影響は、浮遊生態系だけでなく、二枚貝のような底生性の濾過食者によって底生生態系にも及ぶと考えられる。 今後、生態系を構成する様々な生物種が、植物プランクトン由来の毒によってどのような影響を受けるのか一つ一つ明らかにして行く必要がある。