エチゼンクラゲ大発生:海の豊かさの喪失

1.はじめに

 世界最大級のクラゲであるエチゼンクラゲ(Nemopilema nomurai)大量出現の記録は、1920年に遡る。当時、東京帝国大学の岸上謙吉博士が、その年福井県で採集された標本の形態を記載し、新種として命名し、学術誌に発表した(岸上, 1922)。標準和名「エチゼンクラゲ」はいわば戸籍上の人の姓名と同じであり、勝手に変えられるものではない。本種の大量出現は1958年、そして1995年にも起こった(下村, 1959; 安田, 2003)。以前は数10年に一度の極めて珍しい現象だった。それが今世紀を境として、ほぼ毎年のように大量出現するようになった。2003年の出現規模は当時過去最大級と言われていたが、2005年はそれをはるかに超える桁違いのエチゼンクラゲが出現し、日本近海はクラゲによって埋め尽くされた感がある。クラゲは各地の漁網に入り込み、網を破裂させ、中の魚を殺し、漁獲量の低下をもたらし、漁業者を刺し、彼らの体力を消耗させるなどさまざまな被害をもたらした。2005年の年の瀬を迎えようとする現在でも、漁業者とクラゲの格闘は続いている。今回の大発生に伴う被害金額は空前の額に達するだろう(数100億円とも推定される)。

 海に魚類が溢れていてこそ豊かな海であり、クラゲだらけの海は決して私達にとって有用な海ではない。繰り返されるエチゼンクラゲの大発生は、明らかに海の生態機能の劣化であり、豊かさの喪失を意味する。どうして近年に至ってエチゼンクラゲは大発生を繰り返すようになったのだろうか。実は世界各地の海でクラゲの大量発生や異常発生が起こっている(Arai, 2001; Parsons and Lalli, 2002)。そこには様々な人間活動が関与しているようだ。世界で最も豊かな東アジア縁海域(渤海、黄海、東シナ海、日本海)の漁業生産を、将来にわたって持続させるにはどうすればいいのだろうか。漁業者に対してだけではない、人類全体に対して海の環境保全と食料生産持続性の問題が投げかけられている。

2.20057月、対馬近海にて

 2005719日、広島大学生物生産学部附属練習船「豊潮丸」(324トン)は、長崎県対馬へ向けて広島県呉港を出港した。翌早朝、ベッドの中にいた私は、院生が部屋のドアを叩く音で目が覚めた。「先生、大変です。起きてください。海がクラゲだらけです」。本船は既に対馬の南端をかわして対馬海峡西水道に入っていた。目を擦ると、柔らかな朝日が反射する穏やかな海面に、キャベツ大のピンク色がかったエチゼンクラゲが無数に点在していた。初めて遭遇するこの光景は妙に美しく、私はしばらく船首で見とれていた。本船が数10 m進む間に、1個体以上のクラゲが私の足下を通過し、船底に消え去った。多い時には船首に広がる約15 m四方の視野に20個体以上のクラゲが出現した。2-3時間航走してもクラゲの数は一向に減らなかった。私は次第に恐怖感に襲われ始めた。「一体、このクラゲの多さはどうしたことだ。」

図 2005年7月20日、対馬近海を航行する「豊潮丸」の船首付近に点在するエチゼンクラゲ

 2002年にエチゼンクラゲの大発生が起こっていた。丁度、私は瀬戸内海のミズクラゲの増加に関する調査結果やその原因を論文にまとめている最中だった(上・上田, 2004)。日本海での異変のニュースを聞きながら、今後はエチゼンクラゲが問題化するだろうとの予感を感じた。そして、私達は2003年から対馬でのエチゼンクラゲ調査に着手した。以後、地元の定置網業者からクラゲ入網情報を定期的に得た。2003年の7月下旬?8月上旬の1日当りの平均入網は数個体だった。しかし、2005年では7月中旬以降、少ない日で数10個体、多い日で数100個体にも及んだ。桁違いの多さだった。「これは危ない。対馬のこの状況を一刻でも早く日本海の漁業者に知らせ、対策をとってもらわなければ。」私はあせった。そこで、対馬でのエチゼンクラゲの出現情報とそれを示す写真を新聞社に送ることとした。新聞記事による漁業者への注意喚起を狙ったのである。新聞記事が掲載された直後から、今度はテレビ局の取材が殺到した。その結果、マスコミを通して空前のエチゼンクラゲ大発生の前兆を全国に発信することができた。

 722日朝、豊潮丸は浅茅湾の水崎港を出港した。対馬下島西岸沖の水深65 mの地点(北緯:34°16′、東経:129°10′)で、口径1.4 mの円錐型ネット(目合:1 cm)を103050 m3層で15分間水平曵し、エチゼンクラゲの鉛直分布を調査した。クラゲは水柱全体に分布していた。その様子は魚探像でも観察された。この時の流向流速計の表示は、表層から底層に至る水柱は等しく日本海に向けて流れていることを示していた。この地点でのエチゼンクラゲの平均体重は約3 kg、密度は2.5個体/1000 m3だった。

図 2005年7月22日、対馬近海でのエチゼンクラゲの鉛直分布

 対馬海峡では、対馬海流が東シナ海から日本海に向かって通り抜けている。その流量が、福岡〜釜山間を往来するフェリーに搭載したADCP(電磁式流向流速計)により計測されている(Takikawa et al., 2005)。対馬海流量は、エチゼンクラゲの対馬近海での出現が始まる7月から徐々に上昇し、10月にピークとなる。7?9月の3ヵ月間の平均流量は約2.7 Svだ(Svスベルドラップと読み、毎秒106 m3の水量に相当する)。そのうち東水道から1.0 Sv、西水道から1.7 Svがそれぞれ日本海に流れ込んでいる。クラゲ密度と平均流量を乗じた1日当りのクラゲ輸送量は、実に5.8億個体にもなった。ただし、東水道の最も日本寄りの海域にはエチゼンクラゲはほとんど出現しなかったので、この値は過大評価となる。実際には3〜5億個体の範囲であろう。対馬における定置網へのエチゼンクラゲ入網個体数は、8月末まで平均数10個体のレベルで継続し、9月以降の出現は間欠的となり入網数も次第に減少した。いずれにしても、2005年夏?秋季の期間、天文学的数字のエチゼンクラゲが日本海に入ったのである。

3.200512月現在

 対馬東水道を抜けたエチゼンクラゲの主群は、いわゆる対馬海流第一分枝と呼ばれる最も日本沿岸寄りのルートをたどった。快晴無風の9月13日、広島西飛行場からセスナ機をチャーターし、山陰沖のエチゼンクラゲを上空から観察した。島根県江津市沖から松江市沖にかけて、対馬海流第一分枝が大河のように東に流れていた。その中に無数のクラゲが群泳していた。この時、クラゲの平均体重は約50 kgに成長しており、約100 mの上空から拍動遊泳する姿をとらえることができた。松江市沖で進路を北東に転じ、隠岐の島(島前)に向けた。クラゲの存在は相変わらず続き、島前の水道部には多数のクラゲがトラップされていた。島後からさらに約30分間北方に飛行した。クラゲの密度は低くなったが、数km間隔で疎密を繰り返した。

 対馬海流に乗ったクラゲは、山陰から北陸、東北地方へと徐々に北上し、各地の網漁業に軒並み甚大な被害を与えた。クラゲ先頭集団は早くも9月に津軽海峡を通過し太平洋側へ出た。一方、対馬西水道を抜けたエチゼンクラゲの主群は、大和堆付近の日本海中央部へ輸送されたものと思われる。北西季節風が強くなった11月には、沖合のクラゲが岸近くに吹き寄せられ、岸沿いを輸送されるクラゲと一緒になって巨大な群となり、一晩で数万個体ものクラゲが定置網へ押し寄せた。12月末の現在、北日本での入網数はまだ顕著な減少を見せていない。クラゲの平均体重は約100 kg近くに及んでいる。

 1289日の2日間、私は岩手県久慈市小袖定置網組合の網作業に乗船した。本来の目的は、ここの網に入る最大級のエチゼンクラゲの体重測定であった。しかし、直前まで続いた時化の影響のためか急にクラゲが小型化し、10月に隠岐の島で実測した168 kgを超える大物には残念ながら遭遇できなかった。小袖における主要魚種はサケである。真っ暗な朝3時、震え上がる寒気の中を網起しに出た。最初の網には100個体余りのエチゼンクラゲが入っていた。しかし、船頭は「この位のクラゲなら、いないに等しい」と言う。「先月は、網が沈む程の数千個体のクラゲが入り、網を解いてクラゲもサケも逃がした」とのことだ。3番目の網にはたまたまクラゲが入っていなかった。そして先の2つの網よりもはるかに多い何百本というサケが入っていた。しかし、サケを魚艙に取り上げる作業はあっと言う間に終了した。一方、クラゲの入った網では、乗組員がまずサケを1本ずつたも網ですくい取り、クラゲを竹竿の先に取り付けた鎌で切り刻んだ後に、かぎ棒で網の外に排除するのだ。クラゲ除去は人力作業だから、極寒での長時間に及ぶ作業は乗組員にとって相当な体力消耗だ。寒中での定置網作業への同行は、私にとって貴重な体験となった。クラゲ襲来が早く終了すること祈って止まない。しかし、年明け1月末のサケ漁終了まで彼らとクラゲとの戦いは続くだろう。

図 2005年12月8日、岩手県久慈市小袖定置網組合の網起し作業

 過去のエチゼンクラゲ大発生と比較すると、今回の大発生には下記の特徴がある。1)圧倒的なクラゲ個体数の多さ、2)全体的にクラゲが小型で体が脆弱、3)出現開始時期が例年より半月〜1月早いこと、4)北海道西岸を北上したクラゲは宗谷岬をかわしてオホーツク海に入り、一部は知床半島まで達したこと、5)東シナ海のクラゲの一部は九州南端をかわして黒潮内側水に入り込み、四国沖、東海沖を東に輸送された(豊後水道、紀伊水道に入ったクラゲは瀬戸内海内部にまで及んだ)こと。その結果、今年のエチゼンクラゲによる漁業被害は全国に広がった。

4.エチゼンクラゲの生活史と輸送ルート

 私達が研究を開始した2003年当時、エチゼンクラゲは火星人のようにほとんど謎の生物であった。その後の集中的な調査・研究により、私達はこの生物の生活史や大まかな輸送ルートを解明することができた(Kawahara et al., 2006)。

図 エチゼンクラゲの生活史(Kawahara et al., 2006より改変)

 成熟した雌エチゼンクラゲから卵が、雄クラゲから精子が水中に放出され受精する。受精卵は発生が進んでプラヌラとなる。プラヌラは繊毛で水中を泳ぎ回って基質に付着し、ポリプへ変態する。成長したポリプはポドシストと呼ばれる細胞の一部をイボのように残して移動し、ポドシストから新たなポリプが生じて無性的に増殖する。水温上昇の刺激により、ポリプからストロビラへと変態し、ストロビラは先端からエフィラを放出する。エフィラはメテフィラを経由して約1ヶ月半後に傘径約10 cmのクラゲに成長する。成熟にはそれから3-4ヵ月を必要とする。クラゲとしての寿命は1年未満である。ただし、ポリプの寿命は永遠である。

 

図 エチゼンクラゲの本来の生息海域(渤海、黄海、東シナ海)と日本海近海への輸送ルートの概略図(Kawahara et al., 2006より改変)

 エチゼンクラゲの故郷は、中国本土と朝鮮半島に囲まれた渤海、黄海、北部東シナ海の沿岸部にある。中国、韓国の研究者との共同研究により、私達は少なくとも中国浙江省舟山諸島周辺と韓国群山市沖の2海域が本種の発生場所であることを確定した。しかし、本種のポリプはこの広い海域一帯に付着生活しているはずだ(しかし、野外でのポリプは発見されていない)。毎年初夏(日本のゴールデンウィーク前後)の水温上昇が刺激となって、ポリプから幼クラゲが発生する。韓国西岸で発生した幼クラゲは、成長しながら南下流に乗って対馬海峡付近に輸送される。一方、中国沿岸で発生した幼クラゲは、長江河川水により希釈された低塩分水塊の張り出しに乗って東シナ海沖合へと運搬される。そこには台湾海峡を北上する流れと黒潮を起源とする対馬海流が南方から押し寄せるので(Isobe, 1999)、クラゲは対馬海峡付近に運ばれる。このようなプロセスにより、傘径30-50 cmに育った若いエチゼンクラゲが、7-8月に対馬海峡を通過して日本海に輸送される。対馬海流はまるでエチゼンクラゲを運ぶベルトコンベアーのようだ。10月になると一部のクラゲは津軽海峡を通過して太平洋側へ抜け、その後房総半島にまで南下する。クラゲは水温低下とともに次第に活性を失い、また寿命が1年未満であるので、冬に日本近海で死滅する。彼らは生まれ故郷に帰ることはできない。

5.ミズクラゲの増加原因

 ミズクラゲAurelia auritaは本邦沿岸域に最も普通に見られるクラゲだ。日本最古の歴史書である古事記には、まだ形にならない日本国の始まりのようすが水面に浮かぶミズクラゲに例えられて記載されている。本種が集群するのは初夏から盛夏までの季節で、昔から時に漁ができないほど大量出現したようだ。瀬戸内海各地の漁村には、クラゲが早く消えるよう神社や寺院に祈願し、漁業者同士で飲食する「クラゲ祭」と称する習わしがあった。ミズクラゲの集群行動は自然現象であることの証である。今日、従来の自然現象の範疇を越えたミズクラゲの大規模な出現がしかも異常に高頻度で発生し、漁業被害を始めとするさまざまな社会問題を引き起こしている。

 ミズクラゲの大量発生が顕在化したのは、まず東京湾であった。大正時代の1910年代の東京湾では、夏季の主要なクラゲ類はアカクラゲであって、ミズクラゲではなかった(平坂, 1915)。1960年代にミズクラゲが大量出現し、臨海発電所の取水口を塞いで首都圏を停電に陥れる事態を引き起こし、一気に注目を浴びた。ミズクラゲ増加の原因は、東京オリンピックを控え日本の高度経済成長がもたらした湾内の富栄養化、臨海部の埋立や人工構造物の設置などによる開発行為にあったと思われる。以後今日に至るまで、ミズクラゲは東京湾の動物プランクトン群集の最優占構成者として居座り続けている。

 一方、瀬戸内海でのクラゲ問題が顕在化し始めたのは東京湾よりずっと遅く、1980-90年代になってからのことだ。上・上田(2004)は、漁業者に対する郵送アンケートや直接面談による聞き取り調査によって、ミズクラゲの増加年代や出現期間などに関する情報を収集した。その結果、下記の事実が明らかになった。1)ミズクラゲは最近10年間(すなわち、1992年以降)に急激に増加した。2)以前の季節的消長と比較すると、ミズクラゲは早く出現し、遅くまで消えない。要するにクラゲとして出現する期間が長期化した。3)昔は見ることのなかった越冬ミズクラゲが普通に観察されるようになった。ただし、瀬戸内海中央部では冬を越すミズクラゲの観察例はない。このようなミズクラゲの増加に伴い、クラゲによる漁業被害が急増した。被害は定置網、船曳網、底曵網、刺網などの網漁業で深刻で、釣漁業ではそれほど問題視されていなかった。漁業者からの情報を基に作成した各海域のクラゲ被害の程度を下図に示す。瀬戸内海中央部の備後灘と燧灘東部では被害が最も軽微であり、大阪湾、播磨灘北部、周防灘南部、豊後水道では最も重大である。クラゲ被害の深刻さの違いは、ミズクラゲの大まかな相対現存量を反映していると思われる。

図 瀬戸内海におけるミズクラゲによる漁業被害の程度を示す図。陰影が濃い程被害が大きいことを示す

 ミズクラゲは本邦沿岸域に最も一般的な種類だから、東京湾や瀬戸内海以外の海域でも近年増加していることは容易に予測される。しかし、系統だった出現量データの蓄積がないこと、また、クラゲに興味を示す研究者が存在しないことなどにより、実態は不明のままである。日々海と接している漁業者は、海の変化を最も鋭く見抜いている。彼らの経験に照らして、最近クラゲが増えているとの実感があれば、まずそれは科学的にも確かな事実だろう。

 では一体、東京湾や瀬戸内海のミズクラゲの増加をもたらした原因は何か。実はその原因を厳密に特定するのはなかなか困難である。例えば、水温のみが変化して、他の要因が全く変化していなければ、クラゲの増加原因は水温に求められる。しかし、海の変化は常に複合している。世界各地で起こっているクラゲ大発生事例などを見ると、共通した幾つかの要因が存在する。それらも考慮した上で、瀬戸内海のミズクラゲの増加原因を演繹的に推定した。下記の4つの要因が複合的に関与していると思われる。すなわち、

1)魚類資源の乱獲。ミズクラゲと動物プランクトン食性魚類は餌を巡って競合している。魚類資源が乱獲などにより減少し、余った餌がミズクラゲに利用され、本種の増大につながった。

2)温暖化。特に冬季の水温上昇によりミズクラゲが越冬可能となり、翌年産卵するので個体群全体の再生産力が高まった。また、水温上昇によりポリプの増殖能力が増大した。

3)自然海岸の喪失。渚の埋立、港湾建設などのコンクリート護岸や浮桟橋などの設置によりポリプの付着面積と生残率が増大し、より多くの幼クラゲが放出されるようになった。

4)食物連鎖構造の変化。富栄養化や栄養塩構成比の変化に基づくプランクトン食物連鎖構造の変化により、ポリプやクラゲの餌となる小型動物プランクトンが相対的に増加した。

6.クラゲスパイラル仮説

 ミズクラゲも巨大なエチゼンクラゲも、主要な餌はカイアシ類を中心とする数ミリ以下の中型動物プランクトンだ。イワシ類、アジ類、サバ類などの小型魚類の多くが動物プランクトンを餌としている。また、仔稚魚のほとんどは動物プランクトンが主要な餌だ。これまで海洋生態系の中では、量的に魚類がクラゲより圧倒的優位にあった。しかし、漁船の馬力の上昇や漁具性能の向上などにより、魚類に対する漁獲圧力が高まり、魚類資源が乱獲状態に追い込まれた。これまで魚類が占めていたニッチが空き、その隙間にしたたかなクラゲが入り込んだ。さらに、クラゲは魚卵や仔魚をも捕食するので、一旦クラゲが増加すると魚類の資源回復は益々困難となる。このようにクラゲが次第に優勢となり、魚類が次第に劣勢となるプロセスを「クラゲスパイラル」と名付けた。1990年代以降、瀬戸内海はこのクラゲスパイラルに陥っていると、私は見ている。

図 クラゲスパイラルを示す模式図

7.中国沿岸域の海洋環境変化

 今世紀を境としてエチゼンクラゲの大量出現が頻繁化し、同時に大規模化した原因は、本種の故郷である中国沿岸域(すなわち、渤海、黄海、東シナ海)の最近の環境変化に由来していると見ていいだろう。下記のような変化が起こっている。

1)魚類資源の乱獲。世界食糧農業機構(FAO)が公表する中国の年間漁獲量(淡水漁獲量も含む)約1700万トンは断然世界トップである。実はこの値は余りに過大で、実際には約1/3程度と推定されており(Watson and Pauly, 2001)、中国の漁獲統計には注意を払う必要がある。渤海での単位努力量当りの漁獲量は1959年に最高で、その後急落した(Tang et al., 2003)。1998年の漁獲量は1959年の何と約1/201992年の約1/10である。渤海の漁獲資源量は、最近10年間だけでも約1/10に減少したことを意味する。また、韓国水産科学院が発表している漁獲統計によると、韓国西岸の黄海における魚類年間漁獲量は1980年代中頃には約130万トンあったが、1990年以降急減し、最近では約50万トンである。信頼できるデータは手許にないが、東シナ海での漁獲量も恐らく同様の減少傾向であろう。かつて長崎、下関を中心に展開した我国の以西底曵の隆盛は、今は昔の栄華物語である。中国政府は、2003年からトロールなどの大型漁業を夏季3ヵ月間全面禁止とする処置を取っている。裏を返せば、漁獲資源の減少がいかに凄まじいかを物語っている。

図 韓国西岸黄海における魚類年間漁獲量の経年変動(データは韓国国立水産科学院の提供による)

2)温暖化。黄海における水温が1976- 2000年の25年間に亘って観測されている(Lin et al., 2005)。年間平均水温は最近25年間に1.7℃上昇した。これを冬季水温のみに限ると2.0℃の上昇だ。

図 近年の黄海における年間平均水温の上昇傾向(Lin et al., 2005より引用)

3)自然海岸の喪失。2008年の北京オリンピックを控えて開発計画が目白押しの中国沿岸部で、自然海岸の改変がないとは到底考えられない。本種のポリプはどこに付着するか不明であるが、人工海岸、人工構造物の増加はポリプ付着面積の増大につながる可能性がある。

4)食物連鎖構造の変化。長江(揚子江)河川水は東シナ海への淡水負荷量の大部分を占める。同時に陸からの栄養塩負荷にも重要な役割を果たす。長江河口域の溶存態窒素濃度は、耕地からの流失、都市排水からの流入などにより漸増し、東シナ海の赤潮発生規模の拡大などの富栄養化現象をもたらしている。窒素の増加率に比較すると、溶存態リンやケイ素の増加率が相対的に低いことから、栄養塩の構成比に変化が起きつつある。これらの変化が、植物プランクトンや動物プランクトンの質的量的変化を引き起こしている可能性もある。

図 近年の長江河口域における河川水中の溶存態窒素濃度の上昇傾向(Zhang et al., 1999より引用)

8.エチゼンクラゲスパイラル

 上述のように、「クラゲスパイラル」をもたらした瀬戸内海の環境変化と、現在中国沿岸で起こっている環境変化は、基本的には同一である。いずれも経済発展を目指した人間活動がもたらしたものだ。たまたま前者ではミズクラゲが、後者ではエチゼンクラゲが増加した。中国沿岸域でまさに「エチゼンクラゲスパイラル」が進行中であると私は見る。

 今日の中国沿岸域の海洋環境が直ちに改善されることは、到底考えられない。さらなる経済発展を目指す中国沿岸部での開発行為、人口の集中は続くだろう。その中で、都市排水並びに工場排水の処理のためのインフラ整備が求められるが、そちらへの投資は後回しになるだろう。さらに、2009年から三峡ダムの本格運用が始まる。それに伴い、長江の水質や東シナ海の栄養塩供給はさらなる変化を受けるだろう。それがエチゼンクラゲの増殖にどのように影響するかは現在時点では不明である。水温上昇は地球規模の温暖化の性であり、具体的対策の施しようがない。魚類資源の再生方策として、夏季のトロール漁禁止処置が行われているが、効果が出るには時間を要するだろう。経済的豊かさを手に入れた人達はグルメとなり、以前に増して多くの水産物を求めるに相違ない。水産物に対する需要が高まる中で、実効ある漁獲管理を行うことができるかどうか、中国政府の課題は大きい。要するに、現時点では今後のエチゼンクラゲ大発生を沈静化させる材料は何もない。エチゼンクラゲスパイラルは進行するだろう。

 当然のことながら、クラゲはいない方がいい。エチゼンクラゲによる被害を被っている漁業者にはつらいことだが、私の経験と知見に基づいて敢えて言おう。「エチゼンクラゲ大発生は今後も継続する。これからはクラゲのいる海が普通となる。」漁業者には「クラゲがいなかった海」からの発想の転換を求めたい。今後はクラゲと共存しながら漁業の継続を模索することになるだろう。ミズクラゲに長年悩まされてきた瀬戸内海の漁業者には、既にこの心構えが備わっている。

 このような事態に備えるには、1)漁業者に対するエチゼンクラゲ情報提供体制の確立と、2)クラゲ対策網の改良が最も重要だ。日本海の入り口である対馬近海でのモニタリング体制を構築し、その年のエチゼンクラゲの出現規模を予報できるようにすべきだ。日本海で成長したクラゲは、津軽海峡を通過する時には100 kg位に大きくなっている。巨大化したクラゲによる三陸沿岸の定置網被害を軽減するためには、津軽海峡でのモニタリングも重要である。さらに、物理海洋学の専門家と共同して、流況や風などの情報に基づいた、より短期的あるいは局所的なクラゲ分布予測技術を開発する必要がある。また、定置網における対策網改良の基本姿勢は、クラゲに壊されない網を設計することだろう。そのために魚類の捕獲効率がある程度低下することはやむを得ないと考えるべきだ。

9.おわりに

 自分の定置網だけ大漁であって欲しいとの狭い考えでは、これからの網漁業は持続しないだろう。マグロ、ブリ、サケ、アジ、イカなどの代表的漁獲物の回遊経路を考えただけでも、遠く沖縄近くの亜熱帯海域やベーリング海などの寒帯海域に及ぶ。特に日本海の定置網に入る回遊魚の多くは、東シナ海を生息場としている。彼らが生活史の一部を送る各生息海域の環境はどうか、彼らの資源状態はどうかなどに常に関心を向け、その上で適正な漁獲を行う必要がある。一部の魚種を除けば一般に日本沿岸の魚類資源レベルは低い。漁獲圧が高いためである。クラゲに増加のチャンスを与えないためには、魚類資源は高いレベルに維持されなければならない。瀬戸内海、中国沿岸域に続いて、日本領海内に新たなクラゲスパイラルの海域を作りたくないのだ。

 エチゼンクラゲの発生場所は、確かに日本から離れた他国の領海にある。日本でのクラゲ被害の実態を伝え、大発生の因果関係を理解してもらった上で、先方には可能なところから対策を求めたい。その場合、基本的事項として確認すべきことは、クラゲの海は人間にとって有用な海ではなく、魚類が溢れていてこそ豊かな海であるとの共通認識である。東アジア縁海域は世界トップレベルの漁業生産を誇る海域である。誰もこの海がクラゲだらけになることを望まないはずだ。日本、中国、韓国が東アジアの沿岸環境改善と漁業生産の持続性を目標として国際的協調をより押し進め、その中でクラゲ問題の解決を図るべきだろう。

 エチゼンクラゲによってすっかり影が薄くなってしまったが、東京湾や瀬戸内海のミズクラゲ大発生の問題もこのまま放置しておく訳にはゆかない。地先の海の環境改善と漁業生産の再生、持続に向けて研究者、行政、住民が一体になって取り組む必要がある。

参考文献

Arai, M. N. (2001) Pelagic coelenterates and eutrophication: a review. Hydrobiologia, 451, 69-87.

平坂恭介 (1915) 東京湾のクラゲ. 動物学雑誌, 27, 164.

Isobe A (1999) On the origin of the Tsushima Warm Current and its seasonality. Continental Shelf Res., 19, 117-133.

Kawahara M., S. Uye, K. Ohtsu and H. Iizumiet (2006) Unusual population explosion of the giant jellyfish Nemopilema nomurai (Scyphozoa: Rhizostomeae) in East Asian waters.  Mar. Ecol. Prog. Ser., 印刷中

岸上謙吉 (1922) エチゼンクラゲ. 動物学雑誌, 43, 343-346.

Lin, C., J. Ning, J. Su, Y. Lin and B. Xu (2005) Environmental changes and the responses of the ecosystems of the Yellow Sea during 1976-2000. J. Mar. Systems, 55, 223-234.

Omori, M., H. Ishii and A. Fujinaga (1995) Life history strategy of Aurelia aurita (Cnidaria, Scyphomedusae) and its impact on the zooplankton community of Tokyo Bay. ICES J. Mar. Sci., 52, 597-603.

Parsons, T. R. and C. M. Lalli (2002) Jellyfish population explosions: Revisiting a hypothesis of possible causes. Lar mer, 40, 111-121.

下村敏正 (1959) 1958年秋、対馬暖流水におけるエチゼンクラゲの大発生について. 日水研報, 7, 85-107.

Takikawa, T., J.-H. Yoon and K.-D. Cho (2005) The Tsushima warm current through Tsushima Straits estimated from ferryboat ADCP data. J. Phys. Oceanogr., 35, 1154-1168.

Tang, Q., X. Jin, J. Wang, Z. Zhuang, Y. Cui and T. Meng (2003) Decadal-scale variations of ecosystem productivity and control mechanisms in the Bohai Sea. Fish. Oceanogr., 12, 223-233.

上 真一・上田有香 (2004) 瀬戸内海におけるクラゲ類の出現動向と漁業被害の実態. 水産海洋研究, 68, 9-19.

Watson, R. and D. Pauly (2001) Systematic distortions in world fisheries catch trends. Nature, 414, 534-536.

安田 徹 編 (2003) 海のUFOクラゲ:発生、生態、対策恒星社厚生閣, 東京, 206 pp.

Zhang J., Z. F. Zhang, S. M. Liu, Y. Wu, H. Xiong and H. T. Chen (1999) Human impacts on the large world rivers: Would the Changjiang (Yangtze River) be an illustrations? Global Biogeochem. Cycles, 13, 1099-1105.

(本稿は、「ていち」の投稿原稿を基に改変したものである。2006年1月)