『科学技術大国ソ連の興亡―環境破壊・経済停滞と技術展開―』



日本科学史学会誌『科学史研究』(第U期第36巻,1997年夏号)に掲載された梶雅範氏(東京工業大学助教授)による本書の紹介

 市川浩著『科学技術大国ソ連の興亡―環境破壊・経済停滞と技術展開―』, 勁草書房,1996年10月,208頁,3811円,ISBN4-326-70047-5.

 ソ連が崩壊してから5年余りが経過した.20世紀の歴史に大きな影響を与え続けた1つの国の歴史が完結した.ソ連とはなんであったのか.その学問的な検討が旧ソ連の内外で始まっている.広島大学所属の技術史家市川浩氏の近著『科学技術大国ソ連の興亡―環境破壊・経済停滞と技術展開―』は,技術史の立場からこの問題に迫った好著である.
 著者は言う.「技術史学はトータルな意味でソ連社会主義とその技術的な経験を「総括」することが求められている」(p.5).ソ連ににおける技術といっても,それは20世紀の新技術(大電力系統,巨大コンビナート,オートメーション,原子力,エレクトロニクス)であり,その共通にかかえる問題点(資源浪費,環境破壊,未完成の技術である原子力技術への危倶など)がそこにはやはり示されている.したがって,ソ連技術史の研究はまず,「現代技術の特質を把握」することから始まるべきだと著者は考える.そのうえで,ソ連の独自の技術展開の経過と帰結,そうした展開の理由を考え,ソ連での「物的財貨の生産過程という国民経済の最も根底的な条件がいかなるものであったかという視点から20世紀社会主義の経験を総括」(P.8)しょうというのが,本書の大きな構想である.この困難な問題に著者は,ソ連の権威ある技術雑誌を丹念に読むことによってアプローチした.これはかつてイギリスのバーミンガム大学のロシア・東欧研究センターが70年代に行った,ソ連工業の技術水準を明らかにしょうとした大規模プロジェクトでとられた手法である.同センターのプロジェクト・チームは,圧倒的に社会科学者が中心であるソ連・東欧研究者が目を通すことのほとんどなかった工学系の文献,技術雑誌を広範に渉猟して詳細に分析した.こうした雑誌類は,著者によれば,情報操作の影響が少なく,叙述が具体的で,月刊で情報量が膨大なゆえに,技術史の通史の記述にはもっとも貴重な基本資料である.本書の最大の特徴は,大阪外国語大学でロシア語と旧ソ連邦経済を学び,大阪市立大学大学院経営学研究科で技術史・技術論を専攻した著者が,従来,一般のソ連研究者からは回避されてきたこの種の大量の文献を読み解いたことにある.
 著者は,以上のような視点と資料的な裏付けからソ連の産業技術体系の骨格をなした部門として,電力技術(原子力発電技術を含む),鉄鋼技術,化学技術,機械技術(とくに工作機械工業,エレクトロニクスを含む)の四つを取り上げ,丹念に分析している.それによって著者は,ソ連が急速な工業生産力の急速な発展に成功しながら,60年代以降,労働生産性が上がらず経済が停滞し,資源とエネルギーの構造的な浪費と深刻な環境破壊につながっていったという過程を明らかにした.
 第1章では第二次世界大戦以前の技術展開を扱い,ソ連における工業化の条件が過剰な農業人口による豊富な労働力資源と資金不足,それに意外にも良質な燃料資源の不足であったとしている.そのために豊富な労働力を前提に,出来る限り資本を節約するために,当時において例を見ないような生産施設の巨大化(スケールアップ)を行った.この路線は当時にあっては効果を上げ,ソ連はその工業生産力を急速に発展させることに成功した.第2章では第二次世界大戦の技術的な影響を扱っている.ソ連は第二次世界大戦中に短期間で「軍事大国」になった.第二次大戦直前の1938年に15万3千人しかいなかった常備軍兵力は,第二次大戦後は平時でも300万から400万人にふくらみ,軍事工業従事者も750万人にのぼる状態になったのである.それゆえ,著者は,ロシアの科学史・技術史雑誌『科学史・技術史の諸問題』(Voprosy istorii estestvoznaniya i tekhniki)にペレストロイカ期以降,掲載されるようになったソ連軍事史に関する新史料に基づいてソ連初期の兵器開発について記述している.最近明らかになったのは,ソ連の通常兵器の兵器技術の飛躍には,「レンド=リース」(lend-lease)と呼ばれる米英によるソ連への武器供与が貢献していたことである.ソ連は,主としてリバース・エンジニアリングで短期間に兵器を開発した.著者はここで,通常兵器として戦車・軍用飛行機・潜水艦の開発を記述し,核兵器の開発についてもまとめている.
 戦中の戦地からの産業施設の東方移転の成功と戦前から養成された高い技能を身につけた大量の労働者,戦前・戦中の技術開発の成果によって戦後,ソ連は急速な復興に成功した.しかし,戦後,ソ連の技術を取り巻く.環境は大きく変化した.まず冷戦体制によって「大規模な貿易制限」下に困難な技術開発を進めなくてはならなかった.さらに戦前の生産力上昇をささえた労働人口の急速な増加はなくなった.1950年代後半からは農業の停滞で工業労働力として農村人口はあてにできなくなり,しかも巨大な常備軍(ピーク時の1955年には580万人もいた)に貴重な就業人口の一定数を割き続けなければならなかったのである.  第3章以降は,こうした戦後の新環境に合わせて,労働生産性の向上を目指したさまざまな政策が挫折していく「失敗」の歴史を記述している.辺境の大規模開発とさらなる巨大施設の建設で労働生産性の向上を図ったが,労働力不足と資材の不足のために,建設が長期化し,さらには中止になった事業も多く出て,労働生産性向上のもくろみは結局挫折した.第3章では燃料・電力技術,第4章は原子力発電技術,第5章は鉄鋼技術,第6章は化学技術,第7章は機械製作技術についてそれぞれ考察している.どの章でも技術的隘路の話しに満ちているが,いくつかの例を取り上げてみよう.
 戦後,ソ連のエネルギー政策はたびたび転換した.1950年代末がらちょうど世界的に石炭から石油への転換がなされたようにソ連でも同様の転換が図られた.ところが東シベリアでの安価な石炭が開発され,また原子力発電も進んで70年代には転換の速度は遅くなり,1983年には石炭と原子力への再転換が決定された.チェルノブイリのあの原発事故は,そうした政策転換による原発の建設ラッシュを背景にしていることが本書において明らかにされている.
戦前にソ連の工業の躍進を支えた大型路線は,戦後になってはかえって生産の行き詰まりを生み出すことが多かった.そうした例として,興味深いのは平炉からLD転炉への転換の遅れである.この遅れは,世界で例を見ないほど平炉の超大型化を推し進めた結果,その生産性が比較的高くなり,さらに塑性加工でなく切削加工中心の遅れた機械工業が平炉の原料となる大量の屑鉄を供給したために,経済的合理性を保ち続けたという皮肉な結果であった.またLD転炉のために必要な発電設備を支えるべき電気機械工業が弱体であったことも転換を遅らせた原因であった.経済的にはある意味で「合理的」といえる選択だったかも知れないが,この選択は重大な環境汚染(大気汚染)につながった.平炉は,転炉に比べ,一回のチャージに非常に時間がかかるために廃ガスの大量排出をともなうのである.また大型化は建設期間の長期化を意味し,古い非効率的で環境汚染型の老朽施設の延命とそのフル稼働につながり,環境汚染がさらに拡大する結果になった.
 以上のように,同じ20世紀のいわゆる現代技術によりながら資本主義国とは別の独自の課題と独自の技術選択の道をとっていく過程が具体的に明らかにされている.本書は,現在入手でき,個人で分析できる史料の丹念な分析に基づいて書かれたソ連技術について初めての通史である.ソ連技術史は,従来,ソ連研究者が,多くの技術・工学文献を読まなければならないゆえに避けてきた分野であり,一方,科学・技術関係者によっては,ロシア語という言葉の壁からごく一部の例外を除いて深く分析のなされることのなかったテーマである.この種の初めての著作として今後の研究の出発点となる貴重な労作といえよう. 本書以降も,「ソ連社会主義」の歴史的な評価のためのさまざまな研究が続いていこう.本書を読んで,ソ連を対象とする科学史・技術史の共通の課題として次のような2つの重要な問題がこれからの研究者に示されているように感じた.
 その第1は,スターリン時代の評価の問題である.ソ連の崩壊直後,一部で,ソ連社会主義を評価するのにかつての「全体主義論」が正しかったかのような論調があったし現在でもあるが,決してそうではないと思う.著者は,膨大な理工学文献に目を通してみて奇妙なことに気づいたとあとがきで書いている.1930年代から50年代前半にいわゆるスターリン時代の理工系の文献の叙述がきわめて具体的で率直であったのに対して,50年代後半以降は,叙述から次第に具体性がうしなわれ,ステレオタイプが目立って来るというのだ.著者は,これを「スターリン体制の一面における強さ,合理性は,この,技術,生産,経済運営の実態に対する厳しいリアリズムに由来していたのではなかろうか」といい,50年代以降の叙述が「スターリン以降の為政者たち,従ってその下僚たちが確実にリアリズムを失っていく過程を反映している」(P.194)ものではないかと指摘している.こうしたことは一面的な「全体主義論」ではスターリン時代は決してとらえられないことを示しているように思う.この時代について一般史では多くの研究が積み重・ねられているが,いまなお結論が出たわけではない.技術史・科学史からもこの時代の精微な研究がさらに求められよう.
第2に軍事技術の問題がある.本書は資料的な制約と理論的な立場から軍要技術の問題を第二次大戦中の初期の歴史だけにとどめて,それ以降は扱っていない.軍事技術が国民経済にとって社会生産からの「控除」=「収奪」として,全体としては間接かつマイナスにしか影響しないとする本書の立場に対しては評者にはやや疑問が残るが,軍事技術を十分に扱っていないといって本書を批判するのはないものねだりだろう.公表史料がまだまだ少ないのである.むしろ,現時点で公開されている史料を手際よくまとめてくれていることをありがたく思う.軍事技術・軍事科学は,ソ連を対象とする技術史・科学史研究者が今後,扱うべき共通の大きな課題の1つであることを本書は示している.ソ連史のさまざまな問題を技術史の立場から示してくれる本書の登場を歓迎したい.

                           (1997.2.21梶雅範)                     

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