DNA解析のニワトリの育種改良への応用。(都築政起)





はじめに

ヒトやマウス・ラットにおけるDNA解析には遠く及ばないものの、ニワトリにおいても、そのDNA解析は近年大きく進歩した。一口にDNA解析といってもいろんな分野を含むが、ニワトリの育種改良を考えた場合、もっとも実用価値が高いのはQTL解析ならびにその解析緕果を応用するマーカーアシスト育種であると考えられる。従って、本稿では、QTL解析およびそれに引き続くマーカーアシスト育種についてその概賂を説明する。


QTL解析とは

QTLはquantitative trait lociの略である。"quantitative"は「量的な」、"trait"は「形質」、"loci"はlocusの複数形で、「遺伝子座(くどく言えば遺伝子座群)」である。よって、"quantitative trait loci"に相当する日本語は「量的形質遺伝子座(群)」である。QTL解析とは、QTLの染色体上の位置を知ることを目的とする解析法である。

遺伝子が支配しているその対象物のことを「形質」と呼ぶ。形質は大きく2つに分類される。1つは「質的形質」であり、他の1つは「量的形質」である。質的形質とは、例えぱニワトリの羽装色に見られるように、赤笹(野生型)と白、白と黒といったように、アレとコレに区別できる不連続な形質のことである。一方、量的形質とは、産卵率とか体重といった連続的な形質のことである。産卵率とか体重は、一群の動物からデータを得た場合、小さな値から大きな値まで連続的な変化を示し、アレとコレには区別できない。

質的形質においては、1つの形質が原則的に1つの遺伝子座によって支配されている。一方、量的形質においては、1つの形質が複数の遺伝子座によって支配されている。質的形質を支配している遺伝子座の染色体上の位置を知ることは、もちろん現在程の精度はないものの、メンデルの法則が再発見された西暦1900年の後、程なく可能となった。一方、量的形質を支配している遺伝子座に関しては、その存在は理論的には認識されていたものの、その染色体上の位置を知ることは近年まで不可能であった。成長率、産卵率、産肉能力、泌乳量など家畜の示す形質のほとんどは量的形質であり、産業・経済に直結することから経済形質と呼ばれている。経済形質を支配している遺伝子座の染色体上の位置を把握することができれば、その情報に基いてこれまでよりも効率的かつ正確に家畜の改良を行うことが可能となる。

経済形質を支配する遺伝子座の染色体上の位置を知る方法がQTL解析法である。このQTL解析を可能にしたのは、分子遺伝学の発展(DNAマーカーの開発)とコンピューターの発展である。1990年代以降、コンピューターの性能の向上には目覚しいものがある。また、同年代以降、各種動物においてマイクロサテライトDNAマーカーが盛んに開発されるようになった。マイクロサテライトDNAとはゲノム(全染色体)上に多数散在する2ないし数塩基の反復配列であり、メンデル型の遺伝をすること、アリル数が多いこと、PCR法により容易に検出できることなどから、遺伝マーカーとしては極めて優れている。

先にも記したが、QTL解析は経済形質を支配している遺伝子の構造や機能などを直接的に明らかにする方法ではなく、その遺伝子座の染色体上の位置を明らかにするための方法である。換言すれば、経済形質を支配している遺伝子が何なのかその詳細は分からなくても、その遺伝子座の染色体上での位置を同定することができる便利な方法がQTL解析法である。構造や機能が分からないままに、とにかくその位置を明らかにしようとする際の強力な武器、すなわち標識・目印(マーカー)となるのが上述のマイクロサテライトDNA座である。遺伝子そのものの構造も機能も分からないのに、遺伝子座の位置だけが分かって何の役に立つか?立つのである。この位置情報を役立たせて家畜改良を行うための方法がマーカーアシスト育種法である。

次に、まずQTL解析法の手順を述べ、その後、実際的な家畜改良のためのマーカーアシスト育種について解説する。


QTL解析の手順

図1にQTL解析からマーカーアシスト育種に至るまでの大きな流れを示した。QTL解析を行うためには、まずは解析用の「資源家系」が必要である、資源家系とは、親世代、F1世代ならびにF2世代もしくは戻し交配世代から構成される1セットのことである(図2)。親世代の雌雄には、異なる品種もしくは同一品種内の異なる系統を用いる。品種にせよ系統にせよ、両者の遺伝的構成に出来る限り大きな差異があることが望ましい。遺伝的な差異が小さい場合には、QTL解析が十分に行えない可能性があるためである。マウスを用いてQTL解析を行う場合には、亜種間交雑がよく行われている。亜種が異なれば遺伝的差異が大きいから、後の解析が効率よく行えるためである。ニワトリの場合には、品種が異なっても、もともとが同一種由来であるため、マウスの亜種間でみられる程の大きな遺伝的差異は期待できない。

資源家系が用意できれば(実際には、親世代、F1世代、F2世代というふうに、経時的に用意されるのであるが)、これらの家系の各世代の各個体から、体重や産卵率など、目的とする量的形質データを採取する。また同時に、同じ個体から血液を採取する(他の臓器でも良いが、血液が一番採取容易である)。採取した血液からDNAを抽出し、PCR法により、マイクロサテライトDNAの増幅を行う。増幅されたマイクロサテライトDNAを用い、自動DNAシークエンサーにより、各座位のマイクロサテライトDNAの型判定(どんなアリルをもっているかの判定)を行う(図3)。マウスの場合には、ほとんどの場合に、通常の電気泳動法で得られたバンドによりマイクロサテライトDNAの型判定が行えるが、ニワトリの場合には、通常の電気泳動法で得られたバンドから型判定を行うのは困難な場合が多い。よって、高価ではあるが自動DNAシークエンサーの使用が必須となる。

量的形質データならびにマイクロサテライトDNAマーカーの型判定データが出揃えば、いよいよQTL解析を行う。解析に先立ち、親−F1−F2の間でマーカーのアリル型に矛盾がないか、言い換えれば、キチンとメンデルの法則に従って遺伝しているか、個体の取り違えは無いかを確認しておく必要がある(図4)。間題がなければ、F2個体の量的形質デ一タとマイクロサテライトDNAマーカーのアリルデータをコンピューターに入カし(図5)、QTL Cartographer, Map Manager QTXなど適当なQTL解析用ソフトウェアーを用いてQTL解析を遂行する(図6)。

ニワトリにおいてQTL解析を行うためには、大まかに言って、最低でもF2個体数が200、マイクロサテライトDNAマーカーが100必要である。F2個体数ならびにマーカー数が多くなればなるほど精密な結果が得られる。現状では、そこそこの成果を得るためには、F2個体数400、マーカー数200は欲しいところである。これらを用いて全ゲノムを対象にQTL解析を行い、目的とするQTLのおおよその染色体上の位置が分かれば、今度は、その周辺部分に存在するさらに多くのマーカーを用いてその染色体についてのQTL解析を行い、目的とするQTLに極めて近く位置するマーカーを見つける。これまで何度か、「QTL解析法は量的形質を支配している遺伝子座(QTL)の染色体上の位置を同定する解析法である」と述べたが、要するにQTL解析法とは、言葉を変えて言えば、「目的とするQTLの極めて近くに存在するマーカーを発見する方法である」ということになる。このマーカーが発見できれば、次にマーカーアシスト育種が可能となる。


マーカーアシスト育種とは

マーカーアシスト選抜といっても同じ事である。英語では"marker assisted se1ection"という。すなわち、マーカーに助けてもらう、お世話になる選抜育種法である。では、何をどのようにお世話になるのか?以下に述べる。

先にも述べたように、目的とするQTLそのものの構造や一次的機能は分からないが、QTL解析により、目的とするQTLの近傍に位置するマイクロサテライトDNAマーカー座を検出できる。このマーカー座をニアリーイコールQTL座とみなし、このマーカー座に着目して選抜育種を行うのである。マーカー座に着目し、マーカーに依存して選抜を行うので、マーカーアシスト選抜(育種)と呼ぶ次第である。

マーカーアシスト選抜の一例を、図7を参照しつつ次に述べる。今、ニワトリの系統にIとIIがあったと仮定する。系統Iは体重は小さいが、その他の形質については素晴らしい性能をもっていると仮定する。この場合に、系統Iの体重以外の素晴らしい形質(性能)はそのまま保持し、かつ体重も大きい新系統を造成したいというような場合にどうするか、について解説する。今、系統Iの他にもう1つ存在する系統IIは体重の大きな系統であったと仮定する。体重を支配している遺伝子座をA、その遺伝子座に存在する体重を小さくする遺伝子をA1、体重を大きくする遺伝子をA2と呼ぶことにする。また、この体重を支配している遺伝子座の極めて近傍に存在するマイクロサテライトDNAマーカー座をMと表すこととする。そして、系統Iのアリル型はM1、系統IIのアリル型はM2であったと仮定する。こう仮定すると、系統IとIIがもつ遺伝子型(アリル型)は、それぞれ、(A1/A1,M1/M1)、(A2/A2,M2/M2)ということになる。図ではA座とM座は便宜上離して描いてあるが、実際は両者は分かちがたいほど近接しているものである。

まず、系統IとIIを交配してF1を得る。F1は両親のどちらとも異なる遺伝子構成をもち、その形質も異なってくる。AおよびM座についてはA1/A2,M1/M2の型をもつ。また、単純に考えた場合、F1動物におけるA遺伝子座以外の遺伝的背景の50%は系統Iと同じである。このF1を系統Iに戻し交配しN2世代を得る(一回目の戻し交配で得られた次世代をN2世代と呼ぶ)。N2世代動物におけるA遺伝子座以外の遺伝的背景の75%は系統Iと同じになっている。AおよびM座については、A1/A1,M1/M1の型をもった個体とA1/A2,M1/M2の型をもった個体が分離してくる。次に行うことは、N2を再び系統Iへ戻し交配してN3世代を得ることである。今、体重を大きくする方向へ選抜を行いたいのであるから、系統Iへの戻し交配に使用するN2個体はA2遺伝子をもったものでなければならない。A1遺伝子は必要ない。さて、どうやってA2遺伝子をもったN2個体を選ぶか?肉眼ではA1遺伝子をもっているのかA2遺伝子をもっているのか分からない。ここでマーカーの登場である。マイクロサテライトDNAマーカーのアリル型は、PCR法および自動DNAシークエンサーを用いることで容易に判定できる。A2遺伝子をもった個体を選びたいと思えばM2アリルをもった個体を選べばよいわけである。A2とM2は分かちがたいほど近接しているので、M2を選べばA2を選んだことになる。すなわち、M2マーカーに依存してA2を選ぶわけである。

このようにして選んだN2個体を系統Iへ戻し交配しN3世代を得る。N3世代個体のA遺伝子座以外の遺伝的背景は87.5%が系統Iと同じになっている。また、AおよびM座についてはN2世代同様、A1/A1,M1/M1の型をもつものとA1/A2,M1/M2の型をもつものとが分離している。N2の場合と同様にしてM2(A2)をもつN3個体を選び、またまた系統Iへ戻し交配を行う。得られたN4個体では、A遺伝子座以外の遺伝的背景の93.75%が系統Iと同じになっている。AおよびM座についてはN2およびN3世代と同様であるため、上記と同様の作業を行ってN5世代を得る。以後、同様にしてN6,N7…世代と得ていく。

戻し交配の回数が増えるに従って、その世代の遺伝的背景は元の系統Iの遺伝子構成に近づいて行く。A遺伝子座については、元の系統Iとは異なるA2遺伝子をもち続けている。換言すれば、もともとはもっていなかった体重を大きくする遺伝子をもちながら、その他の形質(性能)はもとの系統Iのものと同じになってくる。しかし、戻し交配を続けている限りは、A遺伝子座の遺伝子型はA1/A2といつまでたってもヘテロ型のままである。遺伝的背景が十分整ったと判断できた時点でヘテロ型個体同士の交配を行えばA2/A2のホモ型をもった個体を得ることが出来る。ヘテロ型、ホモ型の判定もPCR法および自動DNAシークエンサーを用いることで容易にできる。このようにして、新系統造成の完成をみることができる。

上では、記述の便宜上、体重を支配している遺伝子座を1つと仮定して説明してきたが、体重は量的形質であるので、実際には複数の遺伝子座によって支配されている。従って、実際のマーカーアシスト選抜を行う場合には複数の遺伝子座(マーカー座)に同時に着目しつつ、上記の方法を遂行する必要がある。また、1つの形質のみでなく複数の形質を支配している複数の遺伝子に関してもマーカーアシスト選抜を行うことも可能かも知れない。

また、上では核の遺伝子(あるいはDNA)についてのみ述べてきたが、動物の細胞中のミトコンドリアにも遺伝子は存在する。ニワトリのマーカーアシスト育種を行う場合、厳密にいえばこのミトコンドリアの遺伝子も考慮に入れなければならないが、あまりに煩雑になるのでその方法論については本稿では省賂し、他の機会に譲ることとする。

これまでの家畜の選抜育種は、簡単に言えば、家畜から目的とする経済形質のデータを採り、優秀な成績を示す個体同士を交配して優秀な子孫を得るという方法であり、直接的に経済形質を支配している遺伝子を把握しているわけではなかった。経済形質は環境の影響を受けることも多いため、必ずしも能率的に選抜育種が行われない場合もある。これに対して、マーカーアシスト育種では、好ましい経済形質を支配している遺伝子を(正確にはその位置を)直接的に把握し、環境の影響を受けることなく正確かつ能率的に選抜を行える点が斬新である。マーカーアシスト育種は、望ましい遺伝子を他の品種や系統に正確かつ能率的に導入する方法であるが、遺伝子導入といっても、遺伝子組換え大豆などのように遺伝子工学を利用するわけではない。通常のオスとメスの交配を行うだけである。よってマーカーアシスト育種によって生産された家畜に対し、消費者からの忌避は起こりえない。この点がマーカーアシスト育種の利点である。





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