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研究に関する名言 -

・ 研究家は明暗の境に立っていなければならぬ。明のみにたてば開拓の余地なく、 暗のみにおれば五里霧中に彷徨する。 Counter 

出典:生化学実験講座 第?巻 アミノ酸代謝研究法 20ページ ( 「古武名言録より」と記されている)古武先生は早石修先生の師匠 。「古武語録」は生化学誌(生化学会の機関誌)55巻1102,1983に纏められているそうである。 ncrna.jp/nl/RNA4-1.pdf 市原先生による紹介  

私の解釈:境界面というのはつねに特別な領域であり興味深いことが多く隠されている。これは物質の研究でも、地球大気の研究でも、生物の細胞の研究でも歴史の研究でも人間文化の研究でも同じである。「複数の要素が活発に相互作用する場」と考えてもよいかもしれない。研究の場合、「明暗の境」はつねに変動し揺らいでいるものである。すなわち、研究者は毎日新たな知見、実験結果に対応し自分自身も変化する、 エネルギーの高い状態になければならない。 

どの研究分野にも名言録があるだろう。http://www.lit.nagoya-u.ac.jp/~kamimura/uyeda.htm   上田良二先生『運のよい人は偉い人』上田先生は電子線・X線結晶学の優れた研究者の大山脈を形成された偉い先生だそうである。 

「幻の「田宮語録」」 赤澤 堯先生による、田宮 博教授の語録の紹介 蛋白質核酸酵素2003年11月号 1947ページ 田宮教授は植物生理学、生化学の近代化に巨大な貢献を残した先生である。

「科学者の卵たちに贈る言葉――江上不二夫が伝えたかったこと (岩波科学ライブラリー) [単行本(ソフトカバー)] 笠井 献一 (著)」 というすばらしい本が2013年に発売されている。

・ イノベーションは必ず学問の境界領域で起こる

出典:「パブリックコメント」の一覧に、ある物理学の研究者の方のコメントがあった。その中に「坂田昌一先生が常に申されたこと」として紹介されていた。   http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/seisaku/haihu09/publiccomment2.pdf 224番  
私の解釈:「パブリックコメント」には、いろいろな研究関係者が意見を書いていて面白い文章もほんの少し含まれている。私も進学、就職によりそれまでと異なる研究を始めることになったことがある。確かに他人と異なることを考えるには、それがプラスになっている・元になっていることは間違いない。しかしその代わりに自分では思いつかないこと、出来ないことも出てくるだろう。研究成果の生産性という点において悪い影響があるかもしれない。「生涯同じ分野で研究している研究者には決してイノベーティブな発想は生まれません」と書いてあったりもする。それが本当かは疑問もあるが、異なる分野のことをほんの少しでも知っておいて損することはないだろう。私は今頃になって熱力学を勉強している。

http://www.sciencemag.org/content/342/6157/468.abstract   「Atypical Combinations and Scientific Impact」   Science 25 October 2013: Vol. 342 no. 6157 pp. 468-472    「どんな分野でも、インパクトが高い研究では conventional combinations of prior work に加えて、unusual combinations を部分的に取り入れていることが多い」らしい。それまで関係がないと思われてきた複数の事柄にcombinations が成り立つことを見つけるだけでも価値がある。しかし関係がない複数の事柄を無理矢理くっつけても意味はない。

境界というのは、単一物質の濃度の違いによる境界の場合は別として、複数の構成成分から成り立つ。濃度が違う場合も、空間(場)と分子(要素、状態)があると言うことだから複数の構成成分があると言えなくもない。それらのすべてについて一応の知識がなければ境界を理解することは出来ない。学問の場合なら、複数の分野の学問的知識、発想を兼ね備えていないといけない。そういうことができる、しようとする研究者の数はそうでない人よりも少ないだろう。その分競争相手が少なくなり、研究者として生き残るのには有利かもしれない。素人を煙に巻くのにとても有効なようでもある(玄人まで煙に巻いてしまってはいけない)。しかしそれだけ気の利いた業績を上げるのが難しくなるだろうから、有利なことだけではない。

・ 伝わる面白さは10分の一

出典:歴史社会学者 小熊英二教授のインタビュー記事 日本経済新聞2011年8月5日

何かを研究して「このテーマはとても大切だ。面白いこと、重要なことがわかってきた」と本人は思ったとする。しかし、その面白さ、重要さは、他の人にとっては本人が考える重要さの10分の1に減衰するということらしい。多くの人々に関心を持ってもらうには、それだけ大きなエネルギーを必要とする。 (または強い backing を必要とする。もちろん、一流学者や周囲の関係者に「この人を是非 backup したい」と思わせること自体が才能の一つである。特に21世紀に生きる学者(学者に限らないが)にとって必須の才能であることが実証されてきている。そういう才能がない人物はどうすればよいか。熱力学の法則や原子、電子の運動を表現する方程式はどんな人間も平等に扱う。そういうたぐいのものを backing にするしかないだろう。)

さらに減衰係数は平均値では10分の1なのだろうが人によって異なる。ノーベル賞学者なら1に近くなる。私なら無限小に近くなる。しかしそんなことを気にする必要は全くない。小熊教授は研究のテーマ設定についても話されている。「自分が面白いと思うことと、社会的に意味のある問題であること」「続編を書こうという気が起きないほど、とことんやる」

人に面白さを伝えるのはとても難しいものだが、「役に立つ」とか「お金が儲かる」ということは比較的伝わりやすい。だから科学研究もそういう伝わりやすいことを世間にアピールするようになっている。

・ 研究者の時計は進んでいないといけない

出典:新聞に載っていた、何かで受賞された先生のインタビュー記事
私の解釈:研究は、今現在流行していることをしたのでは手遅れであり、先を読んで、流行を自分で作るくらいでなければならない。そのために日頃からそういう癖をつけておくために時計も進めておくのがよいのかもしれない。

  ・ 勝負とは周囲を信用させることが第一だ。信用されなくなったら勝てない。あの人は強い、とか、指し手の中に間違いがない、あるいは、あの人が優勢になったら頑張っても、もう勝てない、と思われるのが信用で、いろんな信用を作ると、相手の戦う意欲が半減し、こちらの勝ちにつながる。

出典:「大山康晴の晩節」河口俊彦 23ページ
私の解釈:これは将棋の大山名人の言葉だが、「勝負」を「研究」に、「指し手」を「研究の進め方、論文の内容」に、置き換えれば、研究者にも当てはまる名言である。私も、信用を作っていくために、少しずつでも、価値のある間違いのないデータを出し、論文として発表していかなければならない。信用のない研究者では、論文も研究費申請も通るはずがない。また、研究と直接関わらない日々の仕事に対しても、信用を高めるために真摯に取り組まなければならない。

こういう考え方を、「クレジット (credit = 信用)サイクル」というらしい。サミュエル・コールマンという人が本を書いている。

研究の世界と、将棋界、 相撲界 には似たところが多く、何かと参考になる。どの世界にも若い者を養成して強いものだけを残す仕組みがある。相撲部屋には親方がいるが、研究室には教授がいる。権威と実力のある親方についていると年寄株を獲得しやすい、何かと得をするので優秀な人材も集まってくることは大学と同じである。「準年寄」という制度もあった(なくなった)が、これは任期つきの助教のようなものである。大学の任期付きのほうはどうなるだろうか。相撲界は日本人の新弟子の数が減っている。大学、特に大学院博士課程後期もそうなると思われている。相撲界では成功すれば高収入を得られる、強い男として世間に広く認められるので外国から優秀な人材が来る。しかし大学界ではほとんど見返りがないという違いがある。

相撲界は、事件などを受けて改革が成されようとしている。部屋経営のあり方、また相撲界に残るための権利(年寄株)の問題が問われている。年寄株制度に、大きな変更がなされ協会の管理下に置かれることになった。考えてみると、いままでの仕組みがよく今日まで続いてきたものだと思う。 大学業界ではどうか。最近大学で採用される若い先生方は、どの人もすばらしい研究実績があり、しかも社交性もあり学生の面倒見がよく腰が低い、もちろん英語は native よりも流暢、おまけにイベントの開催などの仕事でもリーダーシップを発揮して成功に導く優れた人ばかりである。その面に関して相撲界よりも優れている。変に「大学を改革する!!」と力を入れすぎて若い優秀な先生方の仕事を増やすことはかえってよくない影響があるかもしれない。若い先生方が能力を十分に発揮するための環境が整えばそれでよいだろう。

最近「グローバル人材の育成が必要だ」とよく言われている。   http://souken.shingakunet.com/college_m/2013_RCM180_62.pdf   最近の大学の若い先生方は、この「グローバル人材」に求められる能力をすべて持ち合わせる優れた人々である。 「あらゆる業界で言われていることだが、実は、若年層の人材不足が深刻になりつつある。」と書かれているのを見たことがある。大学の先生に関しては、今のところそうではない。 優れた人材は不足しているのではなく偏在しているのかもしれない。また今後その価値がどんどん高くなることは間違いない。 であるから、大学も「公募をする。おまえらのことを雇ってやってもよいぞ。どんどん応募しろ」と偉そうに構えているだけではもはや優秀な人を採用できなくなるだろう。

大学以外にも、 日本サッカー協会 は若い優秀な人材を育成し世界で戦わせ勝利を収めることに成功している。人材育成のことについても書かれている。学問の世界も日本サッカー協会が作り上げてきたシステムに学んだ方がよいかもしれない。

大学は、博士課程の定員をやたらと増やすこと・デフレ社会の波に乗ることによって優秀な人材をたくさん囲い込みすぎてきたような気もしないわけではない(今後はそうでもなくなるだろうが)。それにもかかわらず、それらの人々にふさわしいポストを十分に用意できるわけでもない。優秀な人材をうまく活用できないと言うことで、日本社会全体にとって悪い影響が既に出ているのかもしれない(今後はそうでもなくなるかもしれないが)。

部屋経営のほうはどうか。こちらは相撲部屋と同じく事件を起こさない限りすべてが親方に任されている。変える必要がある。相撲界と同じように、大学界もさらに改革をしなければならないことになっている。部屋経営のあり方を変えるのは、お金を掛けずにできる改革と言うことで一番ありそうかもしれない。相撲協会も、協会直属の相撲部屋でも作ってみるといいかもしれない。その部屋から強い横綱を輩出し相撲界を力で制圧すれば改革がやりやすくなるだろう。

しかし大学業界と相撲協会、将棋連盟には大きな違いが一つある。相撲協会、将棋連盟は日本に一つずつしかない。しかし大学は日本中に多数あり、それぞれ異なった特色を備えている。その点で言うと金融機関に似ている。世界で活躍する大銀行もあれば、地域に密着する信用金庫もある。大学に多様性があることは、重視されないといけないだろう。どこかの大学が試みて成功したことをそのまま真似てもうまくいくとは限らない。

科学研究の分野で相撲協会や将棋連盟に相当するものとして、理化学研究所が挙げられる。すでに理研では研究力強化のための様々な改革が実行され効果を上げている。大学の研究力を強化しようという試みが始まったが、大学には多様な学問、使命、地域性、伝統があり簡単ではないだろう。理化学研究所を今の規模よりももっと拡大強化して、各大学が強みを持つ研究において提携・共同するようにするのもよいかもしれない。日本中の研究所の研究力が改善強化されれば、それに引きずられるようにして大学の研究力も自ずと高まっていくだろう。

学問、研究環境をどのように構築し、才能ある人材に能力を十分に発揮してもらうかという問題は、全世界で喫緊の課題になっている。   Rescuing US biomedical research from its systemic flaws.   Alberts B, Kirschner MW, Tilghman S, Varmus H.   Proc Natl Acad Sci U S A. 2014 Apr 22;111(16):5773-7. doi: 10.1073/pnas.1404402111. Epub 2014 Apr 14.   PMID: 24733905   

普通の将棋棋士は40歳を超えると急に弱くなるが、真に強い一流の棋士は年を取ってもなかなか弱くならないそうである。研究者も若いときはあまり差がないように思えても、年を取ったときに才能の差がはっきりと現れるのだろう。

・ 技術的な文章では、フォーマルな言い方と、もっとくだけた言い方、両方の言い方で説明するのが最良の説明の方法になる。

出典: ドナルド・クヌース教授へのインタビュー 「Coders at Work」Peter Seibel/著、青木靖/訳 オーム社 558ページ

ある物事を説明する方法は必ず複数存在する。人によって、そのうちどれが頭に入りやすいかは異なる。だから一つの物事をできる限り複数の方法で説明して、それぞれの説明が相補うようにするのがよい。生物学者なら、物事を文章と図面を組み合わせて説明、表現する。冗長と言えばそうだが、それによってわかりやすくなることが多い。生物のしくみも冗長な部分が多いが、それがうまく生きていくために役立っている。

・ 前提条件としてアインシュタインの時代とは違い、我々に残されているのは複雑な現象のみなのです。

出典: 「科学技術未来戦略ワークショップ データを活用した設計型物質・材料研究(マテリアルズ・インフォマティクス)ワークショップ報告書」26ページ 「データ科学による予測と原因究明」津田宏治先生の講演(産業技術総合研究所)   http://www.jst.go.jp/crds/pdf/2013/WR/CRDS-FY2013-WR-03.pdf    この報告書はとてもよくできていて、興味深いことがたくさん書かれている。

今日では化学、物理の研究においてもきわめて複雑な分子、物質を研究対象にすることが必要になってきた。とても複雑な研究対象である生物の分野で発展してきた方法が、マテリアルズインフォマティクスのように他分野にも適用されはじめている。その逆に分子、物質の分野で発展している第一原理計算を生物学に取り入れることにも高い価値があるだろう。

・ This is biology. Theory is always after the fact. Try it.

出典: ずっと以前 bionet newsgroup を見ていた際に書かれていた言葉 いままで、biology では 「theory は後から貨車でついてくる」というのがほとんどだった。しかしいつまでもそのままではいけないだろう。網羅的解析によって得られる、量、質が大幅に改善されたデータが生物学をすでに変えている。しかしまだまだ十分ではないようで、もっと大量のデータをこれからもとり続けないといけないだろう。

・ 新しい研究分野を開拓すれば、二流の研究者でも一流の論文が書ける。限られた市場のシェアの争奪戦では敗者なくして勝者はあり得ないが、拡大する新分野では参加者すべてが勝者になりうる。

出典:「私の履歴書」の江崎玲於奈博士の回
江崎博士は半導体を用いトランジスタがはじめて作成された時期に、いち早く半導体研究に取り組んですばらしい成果を上げられた。その時点では半導体研究が「拡大する新分野」であった。朝永振一郎博士が書かれた本を読んでいたら、「出来たばかりの量子力学に取り組んだ」と書かれていた。研究に取り組むなら「新分野」を選ぶのが得策かもしれない。

新分野なら研究者の数が少ないので、全員が顔見知りでお互いの研究内容をよく把握している状態が実現される。その状態では研究者の業績、実力が正当に評価されやすい。若い人も名前と研究成果を売り出しやすい。19世紀以前の西欧の科学界は、そういう状態だったのではないかと推測している。 「〜の法則」と言えば、すべての研究者の頭に〜という人の顔、研究していること、性格、声と話し方、その人と不仲な研究者の名前、などが浮かんだことだろう。 しかし現在ではそんなわけにはいかない。ある分野の研究者がたくさんいるというのはその業界にとっては良いことであるが、若い人にとってはあまりいいことではないかもしれない。

また、もう研究し尽くされたと思われている分野に新たな知見、研究手法、概念を持ち込んで全く新しい研究展開を引き起こすのもよいことである。しかし大学業界全体が縮小しつつある(「縮小する旧分野」)ので、大学に長々と関わること自体に将来性がないということができる。そのせいか、大学院の人気が落ちてきている。どうにかしなければならないと、大学経営陣はおっしゃっている。どうすればよいか。

大学院に行くことで発生するコストを、メリットが上回ることが必要である(当たり前)。以前のような「みんなが大学院に行くから私も」ということでたくさんの人が進学してくれた、のんびりした時代ではない。どんなメリットがあるだろうか。

メリット:

コスト:

今後有望な新しい研究分野(拡大する新分野)はどんなものだろうか。

最近「量子情報科学」という分野が発展しつつあるらしい。   http://first-quantum.net/newsLetter/index.html   サイモン・シン(青木薫訳)「暗号解読」という本で、量子暗号に関して解説されている。 Nature 464, 7289 (Apr 2010) Highlights: 物理:目に見える量子力学 という記事もあった。生物におけるいくつかの現象には光子、電子が深く関わっている。とくに光合成はそれが顕著である。光合成も「目に見える量子科学」の一つかもしれない。 「二重スリットの実験」では一つの電子が二つのスリットを通り抜ける。光化学系II では、光子に由来するエネルギーがアンテナ色素から反応中心に伝わる際に、複数の経路が同時に生じる。それはいくつかに分割されて伝わるのではなく、二重スリットの実験のように複数の経路を同時に通過するそうである。 そのうちのどれかの経路が一番早く反応中心に伝わる。伝わった瞬間に「観測」されたことになり収縮がおきて、その経路だけを通過したことになる。結果的に、常に最短の経路で反応中心へエネルギーが伝わる。 分子生物学と量子科学の結びつきが重要になることが予想されている。 http://www.nature.com/news/2011/110615/full/474272a.html   Nature 474, 272-274 (2011) News Feature Physics of life: The dawn of quantum biology    光合成の研究では、成長に見かけ上影響がない変化を光化学系に起こしている変異体を、蛍光などを指標として取得する試みが最近なされている。そういう変異体の分析から生物学にとどまらないおもしろいことがわかってくるかもしれない。光合成の際に「二重スリットの実験」のようなことが起きているのなら、植物の葉に光子を一つずつ当てて、それによる応答を見ることで量子的な効果が起きているかどうかが区別できると言うこともあり得なくないかもしれない。

http://www.ryosi.com/qis/201506/01/   分子科学研究所 石崎先生

http://www.riken.jp/Qcybernetics/2_research/osrp_07_2012.html   松岡博士の光合成タンパクと量子情報科学に関する研究

http://physicsworld.com/cws/article/news/2014/jan/22/quantized-vibrations-are-essential-to-photosynthesis-say-physicists   Quantized vibrations are essential to photosynthesis, say physicists.

http://www.rikenresearch.riken.jp/jpn/hom/6146   プロトンポンプは光合成だけでなく呼吸によるエネルギー変換にも必須な重要な分子装置である。プロトンポンプの量子効率を正確に予測できるようになったと書かれている。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu17/010/gijiroku/1378002.htm   量子科学技術委員会(第5回) 議事録

光というものは、生物学において特殊な位置を占めているように思える。生物学では物事の原因と結果が複雑に絡み合ってわかりにくくなっていることが多い。しかし光の場合、細胞に対するシグナル、エネルギー源(物事の原因)になる以外に働きはない。そのため原因と結果がわかりやすくなる。

有機化学、化学反応では電子の運動、エネルギー、スピンがとても重要である。最近の計算機の発達で、簡単な分子なら素人でも分子軌道、原子軌道を計算しグラフィックで表示することがすぐにできるようになっている。プログラムをインストールして原子番号と原子の位置を指定するデータを入力すると答えが出てくる。 「いままでの有機化学の概念、反応をすべて分子軌道を元にして説明し直す」という試みが始められている。「化学」という雑誌の2014年4月号に、稲垣先生、山本先生の対談がある。

電子に関する理論、計算は以前は主に物理の分野で比較的シンプルな物・周期的な構造をもつ物に対して使われていたが、生体内の化学反応などの複雑なものへ適用できるようになりつつあるらしい。化学の分野にも当たり前に適用されるようになった。今後生物の分野(特にタンパク質と低分子、タンパク質と DNA、タンパク質同士の相互作用など・一つのタンパク質はたくさんの数の電子をもつので理論、計算は大変だろう・ノーベル化学賞の対象にもなっている)でも当たり前に使えるようになり、それがすべての生物学の確かな土台・基盤になれば、生物学がこれまでにない進歩をするのではないか。

・ 同じものが違って見え始める。このことは写真を撮る上でとても重要なことだ。当たり前のものが、別の角度から覗くと急に違って見えたり、感じられたりするとき、そこに創作のヒントが大いにあると私は考えるからだ。

出典:写真家 小林 紀晴氏が書かれたエッセイ「石器人が見た夢」 日本経済新聞2016年7月24日

実験をして得られたデータ、論文に書かれている物事を別の角度から見ることができるようになることは、新しい発見につながる。

・ わからないから面白い

出典:直木賞作家である木内 昇氏が書かれたエッセイ「わからないから面白い」 日本経済新聞2013年3月31日
すぐにわかる、わかりやすい物事、仕事はすぐに結果を出しやすい。しかしなかなかわからないこと、わかったと思うとさらにその先にあることが見えてくる奥行きがある世界に関わっていけることこそが至高のぜいたくであるのではないか、と木内氏は書かれている。

・ 研究を進める上で最も重要なのはここは100%確かであるという土台をキッチリと作ることだ。なんでもいいからとにかくこのデータは100% 信頼できるという土台を作りたまえ。焦って前に進むことばかり考えてると経験上ろくな事 はないな。

出典:某掲示板
ゲノムデータベース、マイクロアレイ発現データベース、バイオリソース等は生物の研究のすべての土台となり、きわめて価値がある。土台がしっかりしていれば、そこから自分なりの研究を進めていけるので、今まで出来なかったこと(マップベースクローニングなど)が出来るようになる。そのためにも、ゲノム研究や大規模な発現データベース、変異体ライブラリー、バイオリソースの整備などは大変価値がある。いつもそういった研究の成果を使わせていただき感謝している。

ゲノム研究、リソース研究、網羅的研究を進めることによって生物学の土台全体が徐々に高く、強くなっていく。これは、今までの個別研究では成しえなかった、新しい生物学の進め方である。そこから今までできなかった、わからなかったことが解明されていくだろう。

Science, 28 September 2012 (Volume 337, Issue 6102)  Editorial:「スモールサイエンス」の終焉? Bruce Alberts http://www.sciencemag.org/content/337/6102/1583.abstract  これまでと同じ手法・発想の研究をしているだけでは、「おまえの研究は終焉だ」ということになるだろう。 

変異体を使った研究だと、「こんなにはっきりと興味深い表現型の変化があるのだからおもしろいことがわかるに違いない」ということが研究を進める上で心の支えになる。また戻し交配とマッピングで「このあたりに間違いなく原因遺伝子があり、これまでに見つかったものと異なる」と確かめることができれば、さらに確かな土台を作っていくことができる。

「ある遺伝子のmRNA量は、こういう刺激を加えると3倍に増加した」というような実験結果は、それだけでは「間違いない真実」とは言い難い。そこで何回か実験を繰り返し、よく似た発現パターンを示すことがわかっている遺伝子(発現データベースを土台として)についても調べ、統計的に考える。それでも、主観的な思い込みなどによって間違いが起きることがある。変異体の場合、「この変異体では、この塩基がGからAに変わっている」という形で結果が得られ、それが土台になる。塩基の違いは、はっきりと間違いなく表され、主観が入る余地、ケチをつける余地がない。この点において、自分で見つけた変異体を土台とした研究は有利である。

・ 労働量に依存した研究からの脱却は、喫緊の課題だよ

出典:某掲示板
こういうことが叫ばれているのは、生物学だけではないらしい。 数学の力が求められている・有効に使えるらしい。「数学イノベーション」

・ 開発を阻む壁を三度は乗り越えないと売れる製品は生まれない

出典:株式会社テルモ社長 高橋氏のインタビュー記事
私の解釈:研究の場合は、「問題の解明を阻む壁を三度は乗り越えないと、人を納得させ、研究者としての評価を高める論文を完成させることはできない」ということになるのだろう。 論文を雑誌に投稿したときも、3回くらい書き直しさせられる方が、ずっとよいものに仕上がるのかもしれない。

・ 野球のチームは人間同士が響き合う一種の共鳴装置であり、よい共鳴が起きるチームは強い。

出典:野球評論家 豊田泰光氏の文章
このことは科学研究のグループ、チームにも当てはまる。野球のチームよりも、もっと共鳴の効果が著しく現れるかもしれない。野球とは違い地球の裏側にいる人物との間でも共鳴が起こりうる。優れた、間違いのない研究成果を挙げ、発表することはよい共鳴を発生させるトリガーになる。

・ 多くのアイデアの中から本当にエキサイティングなものが何かを見極め,それをやることが大事なのです。

出典:特定領域研究「タンパク質の一生」領域ニュース 2003年 Dr. Richard I. Morimoto(米国ノースウェスタン大学)インタビュー 「選球眼」が研究生活の成功に一番直結する能力であるのかもしれない。

・ よい研究は常に解決した問題より多くの問題提示を行うものである。

これも「タンパク質の一生」領域ニュース(No.13) から: 自分の研究について、「何を解決したか」「それによって、どのような新しい問題が提示されたか」「どのような、検証可能な予測を新たに可能にしたか(検証できなければ意味はない)」を常に考え、一覧表にしておくとよいかもしれない。その「検証可能な予測」が重要なものなら、さらに検証することで研究を発展させることができる。

「多くの問題提示を行う」と言うことは、それらの問題を解くことで多数の価値の高い論文が生み出されると言うことにつながる。それによって他の研究者によい影響を与える、助けていると言うことになる。「解決された問題」よりも「提示された問題」の方が多いのであれば、その研究分野における「解くべき問題」の数が増加する。新しく発見された「解くべき問題」を解明することで、さらに「解くべき問題」の数が増加する。うまくいけば PCR で DNA が増えるように、指数関数的に増えるかもしれない。実際に様々な分野で「関連論文の指数関数的増加」が観測されている(最近では「オートファジー」の研究がある)。このサイクルが繰り返されることで、関連する分野全体からすばらしい研究成果が大量に生み出されていく。「よい研究は、本人のみならず、他の多くの研究者が行う研究の発展に貢献する。貢献すればするほど、その研究の価値は高いものになる」ということもできるかもしれない。

「タンパク質の一生」や「RNA」のニュースレターはホームページで公開されていて、誰でも読むことが出来た。専門が異なる私が読んでも非常に役に立ち、興味深く、様々な示唆を受ける有用な内容が無料で読めた。他の特定領域でも同様なことを行っていただけると有り難い。

・ 一流選手はそう簡単に出てこない。一流が一流を育てるんだ。

出典: 「松坂選手大リーグ移籍」に対する楽天・野村監督の談話; 一流になろうと望む学生の皆さんは、一流の研究室を選ばなければならない。

・ ある課題を説明する、解決するにはいくつもの仮説が考えられるが、全部を検証するのは多大な労力と時間が必要になる。正解を発見するスピードを上げるためには仮説を絞り込むことが大切になる。

出典: 住友金属工業社長 友野氏が書かれた文章   特に企業においては研究に掛ける労力と時間に対する制限が厳しいだろう。しかし仮説を正しい方向に絞り込むこと自体が非常に難しいことである。様々なプロジェクトにより整備されたバイオリソース、遺伝子データベース、発現データベースは生物学において仮説、研究対象を絞り込む上できわめて有用である。今後もそういったプロジェクトが盛んに行われることを希望している。

・ 失敗を覚えておけない人はよくない。失敗したことをよく覚えておき、それを二度と繰り返さないようにすれば、自然に成果が上がる。

出典:名外科医、研究者である幕内先生の言葉(BS-iの番組「医者がすすめる専門医」で:この番組では、腹を切ったり心臓を切ったりする手術の様子をハイビジョンで見ることができた)。

・ 生物学を研究すると人は謙虚になる ?

生物、生命を研究すればするほど、「細胞の仕組み、生物の仕組みはなんてうまくできているんだろう」とどんな人も感じるようになる。いくら研究してもわからないことがいくらでも出てくる。それによって生物の研究者は謙虚になる。

と思っていたが、必ずしもそうではないらしい。

・ 人の論文審査してわが論文原稿直せ

人の投稿の原稿を見ると、「ずいぶん思い込みの強い人だな」と思ったりするが、よく考えると自分の今書いている原稿もそうだったりする。また、 revise されて再投稿された原稿と Cover letter を見て、「なるほど、このように文句をつけられた場合には、こう反撃すればいいのか」と、勉強になることもある。実際にある先生の再投稿を見る機会があったが、とても参考になった。そのやり方を真似している。

論文を投稿して通すというのは、実験研究とは異なったルールのゲームのようなもので、将棋やスポーツと似ているところがある。将棋で「相手からの攻撃を受けきって勝つ」のが、論文では「指摘された問題点を、すべて、一応、解消して通さざるを得なくする」ことに相当する。テニスの試合にたとえて「相手が打ち返してきたら、こちらはもっと強く打ち返してやればいいんだ」という話を読んだことがある。

効率よく論文を投稿して通すことを極限まで追求すると、「教授は論文を書いてエディターと交渉するだけ」「手下は論文に必要なデータを出すためだけの実験をする(何も考えずに)だけ」というシステムができる可能性がある。それはいろいろと問題があるようである。

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