中山茂著『科学技術の国際競争力--アメリカと日本 相克の半世紀』2006年、朝日新聞社、296頁。


 本書は、半世紀にわたって、科学史家として日本とアメリカを行き来しながら活発な研究執筆活動を続けている著者が、日本とアメリカを互いの合わせ鏡とし、さらに著者自身の経験を織り込みながら、自由闊達に執筆した戦後科学技術史である。

 著者は、アメリカの大学史家・科学政策史家R・ガイガーの時代区分を借用して、第二次大戦後の科学技術を五つの時代に区分し特徴づけている。すなわち、第1期(1945〜1957)非軍事化と冷戦、第2期(1957〜1968)ポストスプートニクの未曾有の科学技術ブーム、第3期(1968〜1970年代)科学批判とエコロジー、第4期(1980年代)アメリカの停滞と日本の興隆、第5期(1990年代)ポスト冷戦期と民営化(本書、8〜9頁)。著者は、1945年から1995年に至る戦後日本の科学技術史を大著『通史 日本の科学技術(全6巻および別巻2冊)』学陽書房(1995年、1999年)にまとめているが、その際の時代区分と本書の時代区分はほぼ重なっている。その意味で、本書の時代区分は学問的にも十分に納得できるものであるとともに、同時代を生きてきた多くの人々の実感にもそくしたものといえよう。さらに著者は、これら五つの時代を特徴づけるイデオロギー(時代精神)があるとして、一覧表にまとめている(12頁)。この表は、本書を読み進むにあたって一種のガイドマップのような役割を果たしてくれる。評者も本書を読みながら、何度もこの表に立ち返った。その結果、第2期の日本のイデオロギーが「科学技術」とされている点に若干の違和感をもった。むしろ、この時期の日本を支配した時代精神は「高度成長」ではなかっただろうか。実際、著者自身も12頁の表の下ではこの時期について「高度成長のイデオロギー」という言葉を用いているのだが、第2期を論じた86頁以下では「科学技術のイデオロギー」と規定している。第3期の「エコロジーのイデオロギー」との対比(119〜121頁)を強調するために第2期を「科学技術のイデオロギー」と規定したのかもしれないが、再考を期待したい。

 などと、勝手なことを書いたのだが、本書を読んでいると、自然と著者との対話に引き込まれ、自由な思考へと誘われてしまうのである。おそらく、これも著者の計算のうちにある。科学技術の歴史・現状・未来に対して、より多くの市民が、納税者・消費者として、自由にそして批判的に思考し議論することが大切だというのが本書全体を通じての著者のメッセージだからである。「もし私がそのままアメリカに留まっていたら、もっと多くの仕事を残して、とっくに死んでいただろう」(46頁)と著者は書いているが、生活の拠点として日本を選択した著者の決断を、一人の日本人読者として、また、著者を高い峰と仰ぎながら、科学技術について考えてきた者として感謝し喜びたい。


『化学』2006年(Vol.61)7月号、p.58.