研究テーマの基礎には植物生理学があります。植物生理学とは、植物の生きている仕組み(理)を知る学問です。
研究テーマを類別に示すと次のようになります。

1)植物の成長を制御する植物ホルモンの生理作用の解明

特にオーキシンがどのような仕組みで植物の細胞の伸長を促進するかを、細胞壁の物理・化学的側面から分子生物学の手法も駆使して調べます。私がドクターを取ったときのテーマは「Physiological and Biochemical Studies on Auxin-induced Cell Wall Loosening」ですので、このテーマをすでに30年研究していることになります。近年、もう分かったと思った瞬間、これまでの結論がまったく間違っていたことが分かりました。これから心機一転、再度挑戦したいと考えているテーマです。

2)植物のアポプラストの機能解明

ヒトの病気を知るために血液を検査すれば多くのことがわかります。植物はどうでしょう?植物には血管がありませんが、それに変わる場所があります。それをアポプラストといいます。アポプラストとは植物体の内部で細胞膜の外側の場所を指します。この反意語はシンプラストです。シンプラストは細胞膜内の場所です。ですから、植物体はシンプラストとアポプラストから出来ています。アポプラストにはこれまで、イオンと水しか存在していないと考えられてきましたが、最近植物ホルモン、タンパク質、さらには小さなRNAが流れているのではないかと考えられています。たとえば、植物の開花ホルモンとして70年以上前に予想されたホルモン,フロリゲンがいまだに見つかっていない理由は、これまで低分子有機化合物を探していたからだと思われます。アポプラストを流れる物質を解明し、その機能を知ることはこれまで分からなかった植物の生きる仕組みが分かる新しいテーマといえます。

またこれまで、細胞壁の力学的性質やその変化は主要成分である多糖類であると考えてきましたが、それ以外に細胞壁に含まれる成分としてタンパク質に注目しています。現在細胞壁に分泌されるタンパク質のクローニングを行っており、その遺伝子から組み替えタンパク質をつくり、紙や脱タンパクした細胞壁に添加し、力学的性質に変化が起こるかどうかを研究しています。
3)環境ホルモンを浄化する植物の能力解明

広島大学は東広島市に12年前に統合移転しました。東広島市の人口の増加率は一時日本で2番目に高いでした。そのため、多くの問題が起こっています。そのひとつは東広島市を流れる黒瀬川の河川水の汚染問題です。生態系のメス化を引き起こす環境ホルモンがかなりの高濃度で黒瀬川に流れていることが分かりました。しかし、その黒瀬川に生育する水生直物が、人知れずこの環境ホルモンを吸収・代謝・分解していることが分かりました。その仕組みを知ることは、環境にやさしい植物による環境修復技術(ファイトレメディエーション)の利用につながります。

4)果実の品質を非破壊で測定する技術の開発

メロンを3つももらったのに、ひとつ食べると未熟で、しばらく置いて食べたらあとの二つは熟れ過ぎでおいしくなかった、という経験をしたことは無いでしょうか?お店の人に聞けば、メロンの食べ頃はお尻を押せば分かる、といいますが、毎日たくさんのメロンのお尻を押しているわけではないので、普通のヒトにはわかりません。このメロンはいつ頃が食べ頃ですよというシールが張ってあったら、どんなに便利でしょう。そういうシールが張ってあったら、「今度の土曜日に友達が来るからそのときに食べるメロンを買いましょう。」ということが出来るのです。果実の硬さを非破壊で測る方法を10年前に開発しました。レーザードップラー法といいます。果物に微弱な振動を与え果実がどの周波数で共鳴するかを知り、その周波数から果実の熟度を予測する技術です。レーザードップラー装置は大型で、高価(500万円)するので、お店や、生産農家が買えるものではありませんし、畑で使えません。そこで、原理は同じですが小さくて持ち運べる軽さで、値段の安い装置を作りました。(有)生物振動研究所という会社を作りそこで販売しています。装置の名前は「食べ五郎」です。おやじギャグですが、みなにすぐ覚えてもらえました。スイカ生産農家のための「取り五郎」も作りました。

5)植物のUV-Bに対する防御機構の研究

オゾン層の減少により地上に降り注ぐUV-Bの量がこれから多くなります。人類も含めた地球上の生物の食糧生産を支えている植物の成長や分化がUV-Bの影響を受けるとすると大問題です。植物はどれくらいまでUV-Bに耐えられるのか、UV-Bを与えると、その影響を自分で防ぐ仕組みを持っているのかどうかを知ることは21世紀の食糧問題を考えるときに大変重要です。これまで、UV-Bを与えると、われわれが紫外線用のクリームを皮膚に塗るように、植物もUV-Bを防護するための物質生産を増加させることが分かりました。この能力の高い作物をこれから品種改良の際に選抜項目に入れておくことも重要なことです。


植物の能力を知り、それを人類の未来と地球環境の保護のために役立てることを考えて研究するつもりです。

研究関連リンク
・既出文献等一覧1999年以降の論文と総説、著書、国際会議発表、発明・特許)

・(有)生物振動研究所 AVA