NMRの原理と構造解析法

 

広島大学大学院統合生命科学研究科

太田 伸二



1.はじめに
 核磁気共鳴 (NMR) 法は,天然有機化合物,合成有機化合物,生体構成成分,高分子化合物などの構造決定及び分子間の相互作用の解明に最も有力で不可欠な測定法である。したがって,化学の分野ばかりでなく,生化学分野の研究にとってもたいへん重要な情報を NMR 測定から得ることができる。この NMR について,できる限りわかりやすく紹介する。
2.NMR とは
 荷電体が回転(スピン)すると磁気モーメントを生じる。原子核は正に荷電しているので,原子核の回転は正電荷の回転ということになる。原子核内の陽子と中性子がスピンしており,同じ核の中で,陽子は他の陽子と互いに逆向きのスピン配向をもって対を形成している。中性子も同様に互いに逆向きでスピン対をつくる。そこで表1に示したように,陽子と中性子のどちらか一方でも奇数であれば,スピン量子数 I は 1/2,1,3/2 などの値となる。酸素16 (16O) のように陽子も中性子も偶数であれば,すべてのスピンが対をつくっているので,スピン量子数 I は0となる。陽子と中性子の数の合計は質量数であるから,1H や 13C のように質量数が奇数であれば,スピン量子数 I は 1/2,3/2 などの半整数となる。質量数が偶数であれば,スピン量子数 I は0か整数となる。スピン量子数 I が0の核(たとえば,12C, 16O, 28Si, 32S など)は磁気モーメントをもっていないので,NMR 的性質を示さない。


表1 スピン量子数( I )と原子番号,質量数との関係

原子番号

質量数

スピン量子数( I )

奇数か偶数

奇数

1/2, 3/2, 5/2など

偶数

偶数

0

奇数

偶数

1, 2, 3など


 
 表2に示すように,0以外のスピン量子数 I をもつ核は原則として NMR 測定可能である。これらのうち,スピン量子数 I が 1/2 である 1H 核と13C 核が構造解析等によく利用される。


表2 主な核の磁気的性質

核種

11.74 T での共鳴周波数(MHz)

スピン量子数

天然存在比(%)

相対感度

1H

500

1/2

99.98

1

2H (D)

77

1

0.015

0.01

11B

160

3/2

80

0.2

13C

125

1/2

1.1

0.02

14N

35

1

99.6

0.001

15N

50

1/2

0.37

0.001

17O

68

5/2

0.037

0.03

19F

470

1/2

100

0.8

31P

202

1/2

100

0.07



 1H 核や 13C 核のようにスピン量子数 I が 1/2 である核を外部磁場の中に置くと,図1に示すように,+1/2 と -1/2 のエネルギー準位が可能となる。熱平衡状態では,低いエネルギー準位である +1/2 の準位の方が -1/2 の準位よりも核の数がわずかに多くなっている。この状態で電磁波を照射すると,ある周波数でエネルギーの共鳴吸収が起こり,+1/2 の準位から -1/2 の準位へと遷移が起こる。熱平衡状態よりも多くなった -1/2 のエネルギー準位にある核は,エネルギーを放出して +1/2 の準位へ戻る。この現象は緩和とよばれる。



 図1 磁場中での I = 1/2 核のエネルギー準位


 
3.一次元NMRから得られる情報
 
 (1) 化学シフト(δ)
1H の場合には外部磁場の百万分の1のオーダー (ppm) というわずかなものである。このわずかな共鳴周波数のずれを精密に測定して,化合物の構造決定を行うことになる。1H 及び 13C の場合には通常,基準物質としてテトラメチルシラン (TMS) が使われる。この TMS の 1H シグナル及び 13C シグナルをδ=0 として,たとえば 10 ppm だけ低磁場側にずれて現れてくる試料分子のシグナルの化学シフト値をδ10 と表記する。
 (2) シグナルの多重度とスピン結合定数(J)
 近くにある他の核と相互に影響しあうことによってシグナルは分裂し,多重線となる。これをスピン-スピン結合あるいはスピン-スピンカップリングとよび,本数は 2nI+1 本となる。ここで,n は相手の等価な核の数,I は相手のスピン量子数である。たとえば,重クロロホルム (CDCl3) の 13C シグナルは,重水素 (D) の I が1であるので,2nI+1=2×1×1+1=3 本に分裂して現れる。また,エタノールの 1H NMR では,メチル基に帰属されるシグナルは,隣接のメチレンの2個のプロトンの影響で 2nI+1=2×2×(1/2)+1=3 本に分裂する。
 分裂幅は,スピン結合定数あるいはカップリング定数 (J) といわれ周波数単位 (Hz) で表される。鎖状のアルキル基のプロトンの場合は,7Hz 程度である。幾何異性体や環状化合物の立体化学を決定するのに重要な情報を与える。
 (3) 積分曲線
 各シグナルの面積比は,水素の個数比に対応している。この面積比は,積分曲線によって求めることができる。
 
4.1H NMR スペクトルのチャートの例
 縦軸はプロトンシグナルの相対強度を示し,横軸は化学シフト (δ) 値である。図2に示したコレステロールの 1H NMR スペクトルでは,最も低磁場側のδ5.35 に現れているシグナルは,炭素-炭素二重結合に結合しているオレフィンプロトン(6位)に由来している。また,δ3.52 に現れているシグナルは,酸素原子に隣接するメチンプロトン(3位)に由来している。一方,高磁場側のδ0.7〜1.0 付近の鋭いシグナルはメチル基由来のものである。


図2 コレステロールの1H NMRスペクトル


 
5.13C NMR スペクトル及び DEPT スペクトルのチャートの例
 13C NMR においても,縦軸はシグナルの相対強度を示し,横軸は化学シフト (δ) 値である。13C NMR では,1H NMR に比べて約 20 倍近くスペクトル幅が拡がっているため,シグナル同士の重なりがかなり少なくなっている。通常,13C NMR は,1H とのカップリングを除いてスペクトルを単純化するために完全デカップリングモードで測定する。図3 (下) に示したコレステロールの13C NMR スペクトルでは,最も低磁場側のδ141 付近に現れているシグナルは,炭素-炭素二重結合を形成している4級 sp2 炭素(5位)に由来している。また,δ122 付近に現れているシグナルは,6位の sp2 メチン炭素に由来している。一方,上記3の (2) で説明したように溶媒である CDCl3 由来のシグナルは3本に分裂してδ77 付近に現れている。そのすぐ高磁場側のシグナルは,酸素原子と結合したメチン炭素(3位)に由来するのものである。最も高磁場側のδ10〜20 付近にはメチル基由来の 13C シグナル,δ20〜60 の間にはメチレン及びメチン炭素由来の 13C シグナルが観測されている。
 図3 (上) に示したチャートは,13C シグナルの種類すなわちメチル,メチレン,メチンいずれの炭素に由来するものかを見分けるために測定された DEPT (Distortionless Enhancement by Polarization Transfer) スペクトルである。フリップ角度とよばれるパラメータを 135°に設定して DEPT 測定すると,メチル (CH3) 及びメチン (CH) 由来の 13C シグナルは上向きに,メチレン (CH2) 由来の 13C シグナルは下向きに現れる。上向きに現れた 13C シグナルのうちどれがメチル炭素由来のものかは,フリップ角度を 90°に設定して DEPT 測定するとメチン炭素由来の 13C シグナルのみが現れることから区別できるが,後ほど出てくる CH COSY あるいは HMQC によっても判別できる。


図3 コレステロールの 13C NMR スペクトル (下) と DEPT スペクトル (上)


 
6.二次元 NMR(平面構造の解析)
 二次元 NMR では,周波数を縦軸と横軸にとってシグナル同士の相関あるいは各シグナルのスピン分裂パターンを二次元に展開して,そのピークの強さを等高線図などにより表示する測定法である。複雑な化学構造をもち,重なり合った一次元 NMR スペクトルを与える化合物の構造解析に不可欠の方法となっている。
 二次元 NMR には,J 分解スペクトル及びシフト相関スペクトルがある。ここでは,構造解析によく用いられるシフト相関スペクトルのうち,まず平面構造の決定に有用な 1H-1H シフト相関二次元 NMR [1H-1H correlation spectroscopy (COSY)],13C-1H シフト相関二次元 NMR (CHCOSY),インバース測定法といわれる 1H 検出の1H-13C シフト相関二次元 NMR [1H detected heteronuclear multiple quantum coherence (HMQC)] 法及び 1H-13C ロングレンジシフト相関二次元 NMR [1H detected heteronuclear multiple bond connectivity (HMBC)] 法について,実際のスペクトルを例にとって説明する。
 (1) COSY
 等高線表示のスペクトルに現れたピーク(クロスピークという)から,互いにカップリングしているプロトン同士の相関が判明する。図4は,コレステロールの COSY スペクトルである。δ3.52 の H3 プロトンシグナルは,δ1.80 及びδ1.50 の H2 メチレンプロトン及びδ2.20-2.30 の H4 メチレンプロトンとカップリングしていることがわかる。また,δ5.35 のオレフィンプロトン (H6) 由来のシグナルは,δ1.95 及びδ1.48 の H7 メチレンプロトンとカップリングしていることがわかる。なお,このδ5.35 のシグナルと H4 のメチレンプロトンとの4結合隔てたロングレンジカップリングによるクロスピーク [図4中の斜体で示した (H6,H4) のピーク] も現れている。こうして,隣り合う炭素に結合したプロトンのスピン系のつながりが判明する。感度はよいので,通常試料が1mg あれば測定できる。


図4 コレステロールの COSY スペクトル


 (2) CHCOSY
 異核シフト相関二次元NMR であり,どの炭素にどのプロトンが結合しているかを直接調べることができる。図5は,コレステロールの CHCOSY スペクトルである。横軸 (f2 軸) に示された各 13C シグナルから下方に直線を引いてクロスピークを探せばよい。見つかったクロスピークを横にたどれば,その炭素と結合しているプロトンのシグナルがわかる。図5のδ121.7 の C6 シグナルは,δ5.35 のオレフィンプロトン (H6) とクロスピークを示し,δ71.8 の C3 シグナルは,δ3.52 のオキシメチンプロトン (H3) とクロスピークを示していることがわかる。さらに高磁場領域 (13C:δ10-60, 1H:δ0.7-2.3) は込み合っているが,f2 軸側の13C シグナルにあまり重なり合いがないことと観測されるデータポイント数が多いことにより,ほとんど全ての炭素-プロトンの相関が明らかとなる。ただし,13C 核を観測しているので,感度はよくない。したがって,通常 10 mg 以上の試料量が必要となる。


図5 コレステロールの CHCOSY スペクトル


 
 (3) HMQC
 試料量が少ないときには, 1H 核で検出して炭素-プロトンの相関を調べる HMQC 法が有効である。CHCOSY と同じ情報が感度よく得られる。ただし,測定時間の関係上,縦軸 (f1 軸) 側のデータポイントをあまり多くできないので,接近した 13C NMR シグナルを与える試料のときは,厳密に炭素-プロトンの相関を決定できないことも多い。図6に,コレステロールの HMQC スペクトルを示す。H3 と C3 並びに H6 と C6 の相関は簡単に判別できるが,高磁場側のメチン及びメチレンに関する相関ピークは炭素側を厳密に判別することが難しい。


図6 コレステロールの HMQC スペクトル


 
 (4) HMBC
 2結合から3結合離れて位置する炭素とプロトンの遠隔相関は,HMBC 法により解明できる。プロトンをもたない4級炭素に対しても相関が現れるため,平面構造の決定を行うことができる。1H 核で検出するために,感度よく測定できる。ただし,HMQC と同様,込み入った 13C シグナルについては,解析が困難となることも多い。図7に,コレステロールの HMBC スペクトルを示す。δ5.35 のオレフィンプロトン (H6) は,C4, C7, C10 とクロスピークを示している。しかしながら,スピン結合によって複雑に分裂しているδ3.52 のオキシメチンプロトン (H3) には,相関ピークが観測されていない。ロングレンジカップリングの大きさは,経由する結合数や結合様式ばかりでなく炭素とプロトンのねじれ角にも依存しているため,そのカップリング定数に応じたパラメータを変えて測定することで,観測できなかった相関ピークが新たに観測できることもある。ちなみに,図7の HMBC スペクトル は,カップリング定数8Hz 前後のロングレンジ相関ピークが出やすいようにパラメータを設定して測定したものである。メチル基のように鋭いシグナルは,逆に相関ピークの強度が強すぎてノイズが多く現れているのがわかわ。


図7 コレステロールの HMBC スペクトル


 
 以上の一次元及び二次元 NMR スペクトルを総合的に解析すると,化合物の平面構造が決定される。図8には,コレステロールの A 環及び B 環に関する1H (赤色)及び 13C (青色)シグナルの帰属と主な HMBC 相関(緑色の矢印)を示した 。
 


図8 コレステロールの AB 環の 1H 及び 13C シグナルの帰属と主な HMBC 相関


 
7.二次元 NMR(立体構造の解析:NOESY 法)
 共有結合を経由した相関ではなく,空間的に近距離(〜5 Å 以内)にあるプロトン核同士の相関を検出するには,核オーバーハウザー効果を利用する二次元 nuclear Overhauser enhancement spectroscopy (NOESY) 法が有効である。
 ここでは,配糖体を例にして説明する。この化合物は,シダ植物から得られた新規な他感作用物質の一種で,図9の化学構造式に示したようにジテルペン骨格の6位と 13 位にそれぞれ2糖が結合している。


図9 配糖体の化学構造


 
 配糖体の NOESY スペクトル(図10)では,α-L-ラムノースの H1' プロトンとアグリコン(配糖体の糖を除いた骨格部分)の H6 プロトンとの間に NOE 相関ピークが観測されている。これは, H1' と H6 とが酸素原子を挟んでいるものの空間的に近い位置に存在していることを示しており,このα-L-ラムノースがアグリコンの6位にグリコシド結合していることを証明するものである。
 また一方,β-D-グルコースの H1" プロトンとα-L-ラムノースの H4' プロトンとの間にも NOE 相関ピークが観測されている。これにより, β-D-グルコースがα-L-ラムノースのの 4' 位にグリコシド結合していることが証明された。
 このように, NOESY スペクトルからは,プロトン同士の空間を隔てた距離情報を得ることができるため,ポリペプチドのヘリックス構造の検出,二重鎖 RNA 等の確認,さらにはタンパク質の立体構造の解析に応用されている。


図10 配糖体の NOESY スペクトル


 
8.その他生体関連物質の構造解析に有用な NMR 測定法(1D HOHAHA)
 複数の糖をもつ配糖体やペプチド類のように,狭い化学シフト領域に複雑に重なり合った 1H NMR シグナルを与える場合には,上述の二次元 NMR 法を駆使してもプロトンシグナルの帰属が困難となる。 このような場合には,一次元の Homonuclear Hartmann-Hahn (1D HOHAHA) 実験が有効である。たとえば,配糖体ではそれぞれの糖のアノマー位(各糖の1位)のプロトンシグナルは独立して現れることが多いので,それらのシグナルを順次選択的にパルス照射して,混合時間と呼ばれるパラメーターを変化させることにより,2位,3位・・・というように隣接するプロトンシグナルを励起させて 1D HOHAHA スペクトルを観測することが可能である。図11に,配糖体の 1D HOHAHA スペクトルを示す。


図11 配糖体の 1D HOHAHA スペクトル:(A) 非照射の 1H NMR スペクトル。(B), (C), (D) は,フコースの 4.66 ppm の H1"' シグナルを選択的に照射した 1D HOHAHA スペクトル, 混合時間はそれぞれ 30,90,180 msec。


 ペプチド類の場合には,アミドプロトンを順次選択的にパルス照射して, 1D HOHAHA スペクトルを測定すると,各アミノ酸残基のスピン結合系が帰属でき,構造解析に非常に有効である。



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