遺伝子増幅って何?

遺伝子の数が増えること。それ以外のなにものでもありません。

大学院入試の面接で、面接官の先生から「遺伝子増幅とは何か?黒板に図を描いて説明せよ」といわれて、面くらい、立ち往生してしまった学生さんがいました。かわいそうに---;僕でも図を書いて説明しろ、といわれたら、面食らう。だって、遺伝子の数が増えるというだけのことだもの。試しに、何かの検索プログラムで「遺伝子増幅」って調べてご覧?PCRが出てきます。これだって遺伝子増幅。だけど、僕らが問題にしているのは、「生きている哺乳動物細胞の中で遺伝子の数が増えること」です。

遺伝子増幅の定義はいたって単純です。しかし、このことは極めて大切な意味を持っています。なぜなら、哺乳動物の細胞内では、全ての遺伝子の数はつねに厳密に一定になるように仕組まれているからです。より下等な生物では、正常な発生過程で特定の遺伝子の数が増える場合があります。これも勿論遺伝子増幅です。その遺伝子産物が、発生過程で大量に必要になった場合に、遺伝子の数を増やすことは、単純に便利です。しかし、正常な発生過程で遺伝子の数を変化させることは、高等哺乳動物では絶対にしないようにと進化してきました。つまり、大切なゲノムが変化しないように、厳密に監視することをより重要視するようになったのです。それは、長命で複雑な体を持つ高等生物をがん細胞の反逆から守るために必要でした。具体的に説明しましょう。遺伝子の数を増やすことは、一回の細胞周期の間にその部分だけを複数回複製すれば比較的簡単に達成できます。しかし、地球上の生物全ては、一回のS期(DNA合成期)に、ゲノム中の遺伝子全てがかならず一回だけ複製されるように、厳密にコントロールする機構を持っています。このような機構が壊れれば、遺伝子増幅は可能だし、ヒトのがん細胞で起こる遺伝子増幅はそのような機構で起こるのでは---と考えていた人はいます。しかし、このような特定の遺伝子領域が複数回複製されるという機構は、少なくともヒトのがんでは起こっていないようです。むしろ、がん細胞中での遺伝子増幅には、染色体DNAの2本鎖切断が関係する「組み替え」の問題として考えています。細胞周期チェックポイントの働きは、遺伝子増幅が起こる原因(DNAの2本鎖切断)を厳密に監視しています。がん化の過程で、遺伝子増幅が起こるようになるのは、このようなチェックポイント機能が壊れることが原因です。がん細胞では、c-mycを初めとして、様々ながん遺伝子が増幅することにより細胞増殖の制御がきかなくなります。がんの化学療法の際に問題になる多剤耐性(どんな化学療法剤も利かなくなる)には、p-glycoproteinという細胞質膜にある薬剤排出ポンプを作るための遺伝子が増幅します。このようながん遺伝子や薬剤耐性遺伝子の遺伝子増幅は、かなりの割合のヒトがんで見られます。増幅したがん遺伝子は、生体内のがん細胞では、多くの場合DM(Double Minutes) に局在します。一方、このような細胞を長期間培養すると、増幅しした遺伝子部分が染色体に組み込まれた均一染色領域(Homogeneously Staining region; HSR)に、一般的になります。どうして、生体内ではDMが増殖に有利で、培養条件下ではHSRが有利なのかは大事な問題ですが、まったくわかっていません。私たちは以前、DMに位置する増幅したがん遺伝子が、細胞から排出されると、がん細胞が脱がん化、分化することを見つけました。このことは、遺伝子増幅が細胞がん化にとっていかに大事なものであるかを示しています。また、増幅したがん遺伝子を細胞からどんどん排出させることができれば、かなりの割合のヒトがんを治療できるかもしれないことを示しています。今、私たちが研究していることの発端です。

 

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