縄文からアイヌへ
出版社:せりか書房 価格:2100円
「本家のインド仏教や大先輩の中国仏教とはおよそ似て非なるものになってしまった・・・僧職にある者の肉食妻帯を許したり、どんなに深い罪でも一回の念仏を唱えれば極楽浄土間違いなしと説いたりすることは、まず、他の仏教国、特に釈迦の教えを忠実に守ろうとする上座部仏教を信奉する国々の仏教徒にしてみればほとんど外道の教えに近い(P151)」。
日本に受容された仏教は他の仏教に比国には類を見ない変容をした。このような独特の文化変容を見せる日本の精神的風土の根源を探るべく、著者は日本の先住民族アイヌにアプローチした。明治に入るまで、「異族」と認識されていたアイヌは採集狩猟を柱とする自然物に生活を依存する経済社会に生きてきたのであり、その精神世界を知ることは仏教伝来以前の、あるいは弥生時代の米栽培文化伝来以前における古代日本人の精神構造を知る手がかりになると予想した。そして、アイヌの精神世界に触れた実に多くの著作を読みこなし、99年夏には、2ヶ月間を北海道でアイヌの人々と語り合うという作業を通してこの本をまとめている。
著者は、自ら仏教者として20数年を過ごし、さらにアメリカの神学校でキリスト教を学び、また法然研究によって学位を取得する
という、本人の言によれば、「節度の無い宗教遍歴」を送ってきた。その経歴が示すように、本書の中には宗教学、哲学、神話学、言語学など多彩な分野における著作から引用がなされ、それを読むだけでおもしろく、本書のスケールの大きさを実感する。
アイヌは人間(アイヌ)の存在にかかわる自然事象を神(カムイ)とし、人間と神との対等な共存を図ってきた。わけても陸の神の頂点に立つクマに対する儀礼は重要で、「クマ祭り」として一般的に知られてきた。このイオマンテとよばれる儀礼は、その内容から「飼い熊送り儀礼」とするのが適切である。春先に冬ごもりの穴から連れ帰った仔熊を、1〜2年飼育した後に盛大な儀礼とともに殺害し、その霊を神の国に送り返すというものである。アイヌの精神文化が集約されているといってもよいこの儀礼を、著者は民俗学、文化人類学をふまえた独自の、宗教学者の目によって解釈し、儀礼の各プロセスが細かく分析されている。すなわちマルセル・モースの「贈与論」を下敷きにして、イオマンテも人間(アイヌ)が生きていくために必要なカムイとの交換であると結論づけている。そしてまたアイヌの交易も、それが単なる経済行為でなく、当事者のマナ(霊的な力)が込められた品物の交換であったとする。こうした解釈は当事者のアイヌが、現在では当然認識できないであろうし、過去においても明確には認識していなかったであろうと思われるものではあるが、読者になるほどと思わせるには十分である。
第3章では、ギリシャ語のゾーエー(Zoё)と、ビオス(Bios)という言葉について紹介する。ハンガリーの神話学者カール・ケレーニィによれば、ゾーエーは「ビオスの1つ1つが真珠のように通して並べられる糸であり、この糸はビオスとちがって、ひたすら無限に連続するもの(P114〜115)」すなわち、「ビオスである個々の魂の生滅にかかわらず、ゾーエーはタナトス(死)の存在を認めず、永遠に存在しつづける。(P115)」のである。そして言う、「神道の神々もそうであるが、アイヌのカムイも教義を語らない。ユダヤ教や、キリスト教の神のように、人間に生き方としての倫理を説くこともない。」 その特徴のなさは、まさにゾーエーそのものである。その証拠に日本列島には、神話や神謡はあっても、そこで生まれた宗教的教典というものがないのである。神もカムイも、生命の『ひびき』であって…したがって、創造主と被創造主…のようなヒエラルキーが、神と人間の間に介することもなかった。破壊されるビオスは、破壊されないゾーエーの『ひびき』に共鳴することを願っただけである。(P115)
アイヌの精神世界は、人間(アイヌ)の生活に必要な自然物や人工物すべてに霊的な存在を信じ、それらと人間が友好的な関係を維持し続けることにもっぱら関心が持たれ、生活のあらゆる場面でカムイノミ(神への祈り)を欠かさなかった。しかしカムイは、決して人間より上位にあるのではなく、アイヌは人間に悪さをする、カムイを恫喝し懲らしめることさえした。このカムイとアイヌの関係が著者によって、「ゾーエーとビオスの関係」という言葉によって明確に説明される。「アイヌがカムイをいたずらに偶像視しないのは、カムイの実態が破壊されない生命そのものに他ならないことを直感しているからである。」として、この直感を、<ゾーエー的生命感覚>と呼ぶ。
さらに著者は、アイヌの伝統的生活文化のさまざまな場面を切り取って独自の見解を述べ、採集狩猟民族であったであろう縄文時代の精神社会をも推測する。考古学学徒であった評者も、縄文の社会を理解するためには、「伝統的な」アイヌ社会を知ることがもっとも近道であると考え、アイヌ民族学研究に踏み込んできた。評者の目指した方向はもっぱら、厳然と存在する物質文化をとおして、その作り手や、使い手の心や社会を理解するという方法である。それゆえ、本書の著者の方法論には、アイヌ文化を読み解くひとつの思考として非常に興味を覚えるものであった。しかし日本列島に約1万年より2300年前までに存在した縄文文化とおよそ700年前に成立したアイヌ文化をそれぞれひとくくりにして考えることや直接結びつけることなどについても、評者は、著者と意見を異にする点が少ない。「アイヌ文化」を成立させ、その社会と文化を担ってきたアイヌは、北海道を中心としたアイヌモシリ「人間の大地」において、時間の経過とともに変化してきたものであり、少なくとも数百年の間変わらぬ精神文化を維持してきたものではないのである。
結論的には、現在知られているアイヌの精神文化を独自の視点によって分析し、アイヌの生命哲学というものを中心に唱えて、著者は現在の日本人がもはや問い掛けることを忘却したといってよい生きることの自覚、全存在的な生き方をもう一度想いだしてほしいと、読者に呼びかけている。日本の先住民アイヌとその文化の存在に一般の人々の興味を向けさせ、アイヌが今模索している文化の再生と継承への試みに対する共感を生む著作であろう。(了)書評者:国立民俗学博物館教授・アイヌ民俗学 大塚 和義