山の霊力-日本人はそこに何を見たか-
出版社:講談社選書メチエ 価格:1575円
山が日本の文化、日本人の精神の形成に深くかかわっているという論は、これまであまりなかったように思う。日本では山があまりに身近であるからなのか。あるいは、山を拝むという日本独自の風習がいまでは過ぎ去ってしまったからなのか。
 僧として修行を積み、米国で宗教論を学んで帰国して大学で教鞭(きょうべん)を執る町田さんは、日本文化を内側から形づくったのは、日本全土いたるところにあるそれぞれに個性が豊かな山々であるという。
 日本人は、世界思想史に影響を及ぼすような哲学思想を生みだしていないが、モノ作りにおいて大いに強みを発揮して、技術、産業において目覚ましい貢献をしている。それは、山という具象世界に神の存在を信じ、現実世界から離れた超越的な神を信じることが苦手であったからだと説く。日本人を具象の民に育てあげたのが、山という具体的な神の姿だとするのである。
 その昔、山は動物であったというユニークな見方をまず述べる。熊、鹿、イノシシ、ウサギなどを産み落とし、クリやシイなどの木の実をこぼして、山は食糧庫であった。また山は季節によって緑から赤や黄色にさらに白へと色を変える。音では、春風をそよがせ、木枯らしでため息をつき、吹雪で咆哮(ほうこう)する。古代人は山を生き物のような存在であると感じとっていた。
 その山との日本人のかかわりは、時代とともに変わっていく。神話の時代には「オロチの棲(す)む山」であった。ヤマタノオロチを始め、各地にオロチの伝説があるが、神話の世界では山において、カミの姿とオロチの姿が渾然(こんぜん)一体となっている。それは限りなき産みの力をもつ山を母としてとらえて信仰してきたことを示している。
 西洋の創造神話では、強大な父のイメージを持った神が、産みの力ではなく意思の力を発揮しており、東西の神観念に大きなへだたりがあると町田さんはいう。
 このオロチは、龍に駆逐されて龍神が登場して、「神の座す山」が各地に現われる。その神は八百万(やおよろず)であり、山民、海民、農民がそれぞれに信じる神を持ったが、海の神も山に登って、山は神々の交差点であった。海民にとって山は、広葉樹林で培養された栄養素を運んでくれる産みの母であり、また航海の際の航路を定める目印であった。
 さらに時は降って、「験を修める山」になる。熊野、出羽三山、吉野の大峰山など異様な風体をした山林修行者が蝟集(いしゅう)して、験力(げんりき)獲得にしのぎを削った。その験力は、収穫の予言をし、虫除け、雨乞い、子授けと安産、延命と病気回復などの祈祷をして米や金銭などの施しを受ける現世的な業である。
 そして、皇族から庶民まで詣る「魂が蘇(よみがえ)る山」が生まれる。熊野詣には人々が数珠つなぎになって押しかけた。その引きつけた力は、熊野の地に燦々(さんさん)と降り注ぐ太陽のエネルギーではないかという。太陽の光によるミソギで、魂、いのちを蘇らせた。死者の魂を蘇らせるのが、恐山であり、この最果ての地に無数の庶民が押しかけた。
 この本には、山にかかわる神話、伝説がきわめて豊富に取り上げられていて、その多くは、代表的にはナマハゲなどいまも祭などとして伝えられている。
 いま山は、ダム、リゾートや道路建設で破壊されており、また森林に市場価値がないとして放置され、荒れ果てている。産みの母としての山は、ほとんど忘れられている。古来、日本人の「いのち」の源は山にあったのだと、いまこそ思い起こさねばならない。
(毎日新聞2003年2月16日東京朝刊から) 書評者:森谷正規